喫茶店ローズ番外編「夏芽の元彼」
夕方の喫茶店ローズは、昼よりも静かだった。
客はほとんどいない。
照明も少し落とされ、窓の外には街灯の光が淡くにじんでいる。
カウンターの奥では、アルフレッドがコーヒーカップを片付けていた。
僕はいつもの席に座り、紅茶を飲んでいる。
そして、店の奥のテーブル席。
そこに、警護隊の面々が集まっていた。
オズワルドは新聞を読んでいる。
美琳はスマホをいじりながらジュースを飲んでいる。
すずらはケーキをゆっくり食べていた。
ロウは静かにコーヒーを飲んでいる。
そして――
夏芽は、少し俯いていた。
「……」
いつもより静かだった。
フォークでケーキをつついているが、ほとんど食べていない。
美琳がちらっと見る。
「どうしたの?」
夏芽は少し迷ってから、小さく言った。
「……元彼が」
美琳の手が止まる。
ジンドウの耳もぴくっと動く。
「元彼?」
夏芽は頷いた。
「また結婚したみたいです…」
テーブルが少し静かになった。
美琳が眉をひそめる。
「また?」
「三回目です」
美琳が呆れる。
「何それ」
すずらが優しく言う。
「大丈夫ですか〜?」
夏芽は苦笑した。
「大丈夫です…」
でも、その声は少しだけ落ちている。
僕はカップを持ちながらその様子を見ていた。
ジンドウが腕を組んでいる。
さっきから黙ったままだ。
ロウがちらっと横を見る。
明らかに何か考えている顔だ。
ジンドウは咳払いをした。
「……まあ」
全員の視線がそっちに向く。
ジンドウは視線を少し逸らしたまま言う。
「なんだ」
言葉を探している。
「その……」
夏芽が顔を上げる。
ジンドウは耳まで少し赤くなっていた。
ロウが静かに目を細める。
ジンドウは言った。
「俺が」
少し間。
「お前を」
さらに間。
「嫁としてもらってやるよ…」
店の空気が止まった。
美琳のジュースがストローの途中で止まる。
すずらのフォークも止まる。
僕は紅茶を飲む手を止めた。
アルフレッドもカウンターで固まっている。
オズワルドだけが新聞を読んでいた。
そして――
夏芽。
彼女は、少し驚いた顔をした。
だが次の瞬間、静かに頭を下げた。
「お気遣いありがとうございます…」
ジンドウの顔が固まる。
完全に想定していた反応ではない。
夏芽は続ける。
「大丈夫です。そこまで気を使っていただかなくても…」
ジンドウの脳が停止する。
美琳が顔を覆った。
「違う」
小さく呟く。
「そうじゃない」
すずらが困った顔になる。
「ジンドウさん…」
ロウは腕を組んで、静かにジンドウを見ていた。
その顔は、はっきり言っていた。
タイミングが悪い…。
ジンドウは何か言おうとした。
「いや、その……」
だが言葉が出ない。
夏芽はまだ勘違いしている。
「本当に大丈夫ですから」
美琳がついに耐えきれず言った。
「夏芽」
「はい?」
「それプロポーズ」
夏芽が止まる。
「……え?」
ジンドウの顔は真っ赤だった。
ロウは目を閉じた。
完全に、やらかした空気だった。
数秒の沈黙。
夏芽はゆっくりジンドウを見る。
「……」
ジンドウは視線を逸らした。
夏芽は静かに言った。
「……そういう意味だったんですか?」
ジンドウは小さく答える。
「……まあ」
夏芽はしばらく考えていた。
そして、少し困ったように言った。
「すみません」
ジンドウの肩がわずかに落ちる。
夏芽は続ける。
「いま頭が回っていなくて…」
美琳がため息をつく。
すずらが苦笑する。
ロウは静かにコーヒーを飲んだ。
僕は紅茶を飲みながら小さく呟く。
「……青春だね」
アルフレッドが笑いをこらえていた。
そして喫茶店ローズは、まだ静かに続いていった。




