喫茶店ローズ22話「…つまらない」
頭を空っぽにして読んでください
結局、その日は何も起きなかった。
路地裏に立っていた“変なおじさん”も、近づけばただの通行人のように脇へ避け、何事もなかったかのように人混みに紛れて消えた。
追う理由も、止める理由もない。
ジンドウは舌打ちし、
美琳は「時間返して」とぼやき、
すずらは「平和でよかったですね〜」と微笑み、
夏芽は何も言わずに周囲の警戒を続け、
ロウは最後までその男が消えた方向を見ていた。
僕はと言えば――
「……つまらない」
ただそれだけだった。
⸻
巡回が終わり、本部へ戻る。
報告は簡単だった。
「異常なし」
それで終わり。
オズワルドは書類に目を落としたまま、短く「了解」とだけ言った。
評価もなければ、感想もない。
それがこの組織のやり方だ。
僕は少し考えてから、言った。
「ねえ」
「何だ」
「僕、辞める」
ペンが止まった。
数秒、沈黙。
オズワルドはゆっくり顔を上げる。
「……何だと」
「退屈だから」
即答だった。
オズワルドの目が細くなる。
「貴様」
「うん?」
「ここは遊び場ではない」
「知ってるよ」
僕は肩をすくめる。
「でも、僕にとってはそうだったみたい」
オズワルドは机を指で叩く。
一定のリズム。
考えているときの癖だ。
「理由はそれだけか」
「十分でしょ」
「ふざけるな」
声は低いが、明確に怒気があった。
僕は少しだけ笑う。
「真面目だね」
オズワルドは立ち上がる。
「貴様のような戦力がどれだけ――」
「必要かって話?」
僕は遮る。
「分かってるよ」
静かに言う。
「でもさ」
少し間を置く。
「必要と、居たいは違う」
オズワルドは黙る。
その言葉の意味を、測っている。
僕は続ける。
「ここ、悪くないよ」
夏芽たちの顔が頭に浮かぶ。
無駄に真面目で、不器用で、でもちゃんと強い連中。
「でも、合わない」
それだけだった。
オズワルドは長く息を吐いた。
そして言った。
「……勝手にしろ」
短い言葉。
だが、それで十分だった。
僕は軽く手を振る。
「ありがとう」
扉へ向かう。
ドアノブに手をかける。
そのとき、後ろから声が飛んだ。
「エドワード」
振り返る。
オズワルドは机の前に立っていた。
その目は、さっきまでより少しだけ鋭い。
「二度と来るなとは言わん」
僕は少し笑う。
「優しいね」
「ただし」
一拍。
「次に来るときは」
オズワルドの声は低かった。
「仕事をする覚悟で来い」
僕は数秒考える。
それから答えた。
「気が向いたらね」
⸻
廊下を歩く。
誰も声をかけない。
食堂での一件が効いているのか、距離を取られている。
そのまま外へ出る。
夜の空気。
少し冷たい風。
僕は空を見上げる。
「……」
静かだ。
それから、小さく呟く。
「帰るか」
喫茶店。それに、チョコタルト。
面倒で、騒がしくて、退屈しない場所。
足を向ける。
その背中は、もう振り返らなかった。




