喫茶店ローズ21話「…このおじさん……?」
市街地の巡回は、拍子抜けするほど静かだった。
人通りはそれなりにある。
商店の灯り、行き交う人々、遠くで鳴る車の音。
だが警護対象になるような異変は何もない。
僕たちは一定の間隔を保ちながら歩いていた。
前に夏芽。
少し後ろに美琳。
さらに後方にすずら。
ジンドウとロウは左右に散って警戒。
そして僕は、適当に真ん中を歩く。
「……」
退屈だ。
僕は小さく呟く。
「平和だね」
美琳が横目で見る。
「文句あるの?」
「ないけど、眠くなる」
「寝たら殴る」
「怖いな」
夏芽は前を見たまま言う。
「異常がないのは良いことです」
「そうだね」
僕は周囲を見渡す。
視線の動き、足音、空気の流れ。
癖で全部拾ってしまうが、引っかかるものは何もない。
「……」
そのまま数分歩いた。
何も起きない。
本当に何も。
ジンドウがぼそりと呟く。
「ハズレだな」
すずらが微笑む。
「いいことですよ〜」
ロウは無言で周囲を見ている。
その琥珀の目は、常に動いている。
そのときだった。
ロウの足が止まる。
ほんのわずか。
だが、この中では明らかな違和感だった。
ジンドウがすぐに気づく。
「……どうした」
ロウは答えない。
ただ一点を見ている。
僕も視線を向けた。
路地の奥。
街灯の下に――
一人の男が立っていた。
年齢不詳。
服装は普通。
特徴も薄い。
だが、妙に“浮いている”。
この空間に馴染んでいない。
僕は目を細めた。
「……あれ」
その瞬間。
ロウが、わずかに前に出る。
そして――
「……」
珍しく、声を出した。
低く、掠れた声。
「……誰?」
一拍置いて、さらに続ける。
「……このおじさん……?」
その言葉に、全員の動きが止まる。
美琳が眉をひそめる。
「は?」
夏芽も視線を向ける。
「……?」
すずらが首をかしげる。
「知り合いですか〜?」
ジンドウは男を見て、眉をしかめた。
「……知らねぇ」
僕は少し笑った。
「僕も知らない」
ロウはさらに一歩前に出る。
その背中に、わずかな戸惑いが滲んでいた。
普段、感情を出さない男が、明らかに“分からない”顔をしている。
「……」
男は動かない。
ただ、そこに立っている。
こちらを見ているのかどうかも分からない。
不自然なほど、普通。
美琳が小さく言う。
「……何あれ」
ジンドウが低く言う。
「気持ち悪ぃな」
夏芽は静かに構えを取る。
「警戒してください」
すずらも一歩下がる。
ロウは動かない。
ただ、その男を見ている。
「……」
数秒の沈黙。
僕は小さく息を吐いた。
「変なおじさんだね」
誰も否定しない。
ロウがもう一度、低く言う。
「……誰……?」
その声は、さっきよりもわずかに強かった。
だが――
男は答えない。
ただ、そこに立っているだけだった。




