喫茶店ローズ番外編「喫茶店ローズについて」
昼過ぎの喫茶店ローズは、客がいなかった。
窓際の席には、金茶色のスーツを着た男が大きく腰を下ろしている。
ゴードン・マクレーン。
派手な金茶色のスーツは光を受けて少しきらめき、髪も同じ色で大きく立ち上げられている。普通の喫茶店なら浮く格好だが、この店ではもう見慣れた光景だった。
向かいには、小柄な男が座っている。
ミントグリーンの髪を片耳にかけた、落ち着いた目の男。
ルシアンだ。
テーブルには紅茶が二つ。
ゴードンはカップを持ちながら、店内を見回していた。
「しかしよ」
軽い声で言う。
「この店、名前が妙に洒落てるよな」
ルシアンは紅茶を一口飲む。
「今さらですか」
「いや、前から思ってたんだけどな」
ゴードンは天井を見上げた。
「ローズ、だろ?」
ルシアンは無言。
ゴードンは指を立てた。
「確か、エドワードのじいさんが命名つけたって聞いたぜ?」
ルシアンは淡々と答える。
「ええ。そうらしいですね」
ゴードンはニヤッと笑った。
「ってことはよ」
少し身を乗り出す。
「あのじいさん、昔、女がいたのか?」
ルシアンのカップが止まった。
数秒の沈黙。
ルシアンはゆっくりカップを置いた。
「……旦那様」
「おう?」
「旦那様は本当に想像力が貧困ですね」
ゴードンは笑う。
「いやいや、だってよ」
指で店内を示す。
「喫茶店の名前が“薔薇”だぞ?」
ルシアンは冷静に言う。
「だから何です」
「男がそんな名前つけるか普通?」
ルシアンは即答する。
「つけます」
「つけないだろ」
「つけます」
ゴードンは腕を組んだ。
「絶対女だな」
ルシアンはため息をつく。
「旦那様」
「なんだ」
「世の中には“雰囲気”という概念があります」
「雰囲気?」
「はい」
ルシアンは静かに続ける。
「喫茶店に“鋼鉄”とか“弾丸”とか“破壊”という名前を付けますか」
ゴードンは想像した。
「……」
少し笑う。
「それはそれでかっこよくね?」
ルシアンは無表情。
「客が来ません」
ゴードンは肩をすくめた。
「まあ、そうか」
紅茶を一口飲む。
それからまた言う。
「でもよ」
ルシアンは嫌な予感がした。
「まだ何か?」
ゴードンは笑う。
「エドワードのじいさん、モテそうじゃね?」
ルシアンは即答した。
「知りません」
「いや絶対モテるって」
「根拠は」
ゴードンは指を折る。
「強い」
「はい」
「渋い」
「主観です」
「あと、なんか悪い男っぽい」
ルシアンは淡々と言う。
「それは否定しません」
ゴードンはテーブルを指で叩いた。
「ほら見ろ」
ルシアンは少し考える。
そして冷静に言った。
「仮に女性がいたとしても」
「おう」
「旦那様が想像するような甘い話ではないでしょう」
ゴードンは笑う。
「なんでだよ」
ルシアンは紅茶を飲む。
それから静かに言った。
「エドワードという人間を見れば分かります」
ゴードンは少し考えた。
確かに。
あの男は、ロマンチックという言葉から一番遠い位置にいる気がする。
ゴードンは肩をすくめた。
「じゃあなんで薔薇なんだ?」
ルシアンは答えない。
代わりに紅茶をもう一口飲む。
そして小さく言った。
「……さあ」
ゴードンは笑った。
「気になるな」
ルシアンは淡々と言う。
「本人に聞けばいいでしょう」
ゴードンは即答する。
「絶対はぐらかされる」
ルシアンは小さく頷いた。
「それは間違いありません」
喫茶店ローズの午後は、いつも通り静かだった。




