表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/46

喫茶店ローズ18話「……うぇっ…」

オズワルドに連行されてから、しばらく経った。


警護隊の建物の一室。重たい机、硬い椅子、壁に並ぶ作戦図。いかにも軍務の空気だ。


僕は椅子に深く腰掛けて、退屈そうに天井を見ていた。燕尾服ではなく警護服というのが、どうにも落ち着かない。


「……本当にやるの?」


呟くが、誰も答えない。


正面に立つオズワルドは腕を組んだまま動かない。黒革手袋の指が机を軽く叩く。


「これから貴様を隊に組み込む」


「七十の老人を?」


「貴様は老人ではない」


同じ返答だ。僕は軽く肩をすくめた。


オズワルドは視線を後ろに向ける。


「入れ」


扉が開いた。


最初に入ってきたのは、小柄な女性だった。


ボブショート。ところどころに混じる白髪。琥珀色の瞳。細身で、警護服を軽くアレンジした戦闘装備。

腰には刀。


静かな気配だが、立ち方が明らかに戦闘者だ。


オズワルドが言う。


「私の部下から紹介しよう」


僕は彼女を見て、軽く目を細めた。


「夏芽ぐらい知ってるよ」


その瞬間。


夏芽の顔が固まった。


「……うぇっ…」


小さく声が漏れる。


完全に想定外の反応だったらしい。


僕は椅子の背にもたれながら言う。


「鷹司から何度も聞いてるからね」


夏芽の目がさらに見開かれる。


「祖父が……?」


「うん。孫がいるって。刀振るうと性格変わるとか、白鬼神とか」


夏芽は耳まで赤くなった。


「……あれ全部言ってるんですか……」


「結構楽しそうに」


「複雑です」


僕は笑った。


オズワルドは無視して続ける。


「次」


今度は別の女性が入ってくる。


黒髪のチャイナ風お団子ツイン。毛先にネオンブルーのメッシュ。片目に薄型バイザー。太腿ホルスターにはサイバー銃。


姿勢は堂々としている。


入るなり僕を見て言った。


「へぇ。この人が例の?」


オズワルドが紹介する。


「美琳。戦術支援」


美琳は腕を組んだ。


「へぇ〜。蒼刃ってやつ?」


僕は軽く手を振る。


「昔の名前だよ」


「ほんとに七十?」


「ほんとに」


「嘘くさ」


僕は笑う。


「君、上司に嫌われてるでしょ」


美琳は一瞬止まる。


「……なんで分かるのよ」


「顔」


「顔って何よ」


「噛みつきそうな顔」


美琳は舌打ちした。


オズワルドが無視して次を呼ぶ。


「入れ」


ゆっくりと入ってきたのは、柔らかい雰囲気の女性だった。


ミント系の長い髪。淡い黄緑の瞳。医療マークの腕章。太腿には救急ポーチ。


彼女は軽く頭を下げる。


「すずらです。救護担当です〜」


声がやさしい。


僕は少し驚く。


「警護隊っぽくないね」


すずらは微笑む。


「よく言われます〜」


オズワルドが続ける。


「次」


床が少し重く鳴る。


入ってきたのは大柄な男だった。


坊主頭。太い眉。日焼けした肌。肩と胸に装甲を追加した警護服。背中には大型火力ユニット。


明らかに戦場の男だ。


「ジンドウ」


オズワルドが言う。


ジンドウは僕を見て、顎を少し上げた。


「……あんたが蒼刃か」


「そう呼ばれてたね」


「見た目は普通のジジイだな」


「君は普通のゴリラだね」


美琳が吹き出す。


ジンドウは少し笑った。


最後に、扉の横に大きな影が現れる。


ゆっくりと歩いてくる。


背が高い。190近い。体は分厚い。


紫寄りのオレンジの髪。顔の半分以上が包帯。全身に火傷の痕。


無言で立つ。


オズワルドが言う。


「ロウ」


ロウは何も言わない。


ただ僕を見る。


視線だけが鋭い。


僕は少し観察して言った。


「面白いね」


ロウは何も答えない。


ジンドウが代わりに言う。


「こいつは喋らねぇ」


「そう」


僕は立ち上がる。


警護服の裾を軽く整える。


目の前には六人。


前衛の刀、電子戦の銃、救護、火力支援、即興戦闘。


そして、合理主義の上官。


僕はため息をつく。


「……喫茶店の方が平和だったな」


美琳が言う。


「辞めれば?」


僕は笑った。


「そうしたいんだけど」


オズワルドが言う。


「出来て当然だ」


僕は肩をすくめた。


「はいはい」


それから、夏芽を見る。


彼女はまだ微妙に固まっていた。


僕は軽く笑う。


「鷹司、君のこと結構自慢してたよ」


夏芽の顔がまた赤くなる。


「……やめてください……」


僕は小さく呟いた。


「面白い隊だね」


そして心の中で思う。


この街。


どうやら退屈はしなさそうだ。

部屋の空気は、どこか張り詰めていた。


紹介が終わったあとも、誰も席を外そうとはしない。警護隊の連中はそれぞれ壁際や机の周りに立ち、静かに様子を見ている。


僕はその中心で、退屈そうに肩を回した。


警護服というものはどうにも窮屈だ。燕尾服ならもう少し優雅に振る舞えるのに、今はどうにも落ち着かない。


「……喉乾いたな」


机の端に置かれていた水差しを見つけ、僕はそちらへ歩いた。


透明なグラスを取り、ゆっくり水を注ぐ。水面が揺れて、薄い光を反射した。


そのときだった。


背後から、低い声が聞こえる。


「……随分余裕だな」


振り返らなくても分かる。ジンドウだ。


僕はグラスを持ったまま、肩越しに軽く言う。


「余裕がないと死ぬからね」


ジンドウの額に、太い血管が浮いた。


「さっきから好き勝手言いやがって」


「君のこと?」


「俺のことだ」


僕は少し考えるふりをした。


「ゴリラって言ったのが気に入らなかった?」


美琳が小さく吹き出す。


ジンドウの拳が机に落ちた。


鈍い音。


「てめぇ……」


「怒ると皺増えるよ」


静かな部屋の空気が、さらに重くなる。


オズワルドは何も言わない。腕を組んだまま、ただ見ている。


夏芽も、すずらも、動かない。


僕はそれに気づきながら、グラスを口元へ運んだ。


水を飲もうとした――その瞬間。


乾いた破裂音。


パンッ。


次の瞬間、グラスが弾けた。


水が空中に散る。


僕は反射的に頭を引いた。


「危なっ」


水滴が顔にかかる。


床には砕けたガラスの破片。


そして、壁に小さな弾痕。


ジンドウの手には、いつの間にか銃が握られていた。銃口から、わずかに煙が立っている。


部屋が静まり返る。


すずらが小さく息をのんだ。


美琳は呆れた顔。


夏芽は眉をひそめている。


僕は手に残ったグラスの柄を見て、ゆっくりそれを机に置いた。


それから、ジンドウを見る。


「……君」


穏やかな声で言う。


「水に恨みでもあるの?」


ジンドウの眉がぴくりと動く。


「外したと思うか」


「いや」


僕は足元の破片を見下ろす。


水滴が床を濡らしている。


「わざとだね」


ジンドウはニヤリと笑った。


「次は外さねぇ」


僕は少し黙った。


それから、軽くため息をつく。


「困ったな」


「何がだ」


「喉乾いてるんだよ」


美琳が笑いをこらえている。


僕は机に置かれた水差しを見て、それからジンドウを見る。


「君、もう一回撃つ?」


「撃つぞ」


「じゃあ」


僕は別のグラスを取った。


「今度は当てないでくれる?」


ジンドウのこめかみに血管が浮く。


その瞬間。


「やめろ」


低い声が落ちた。


オズワルドだった。


部屋の空気が一瞬で止まる。


ジンドウは舌打ちして銃を下げた。


僕は肩をすくめる。


「助かった」


そして水を注ぎ、ようやく一口飲んだ。


冷たい水が喉を通る。


「……うん」


僕は小さく言った。


「生き返る」


その様子を見ながら、ジンドウはまだ睨んでいる。


僕はその視線を受け止め、静かに笑った。


「いいね」


小さく呟く。


「この職場、退屈しなさそうだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ