末路
喫茶店「ローズ」
午後の店内には、穏やかな時間が流れていた。
エドワードはいつものようにソファへ腰を下ろし、届いたばかりの手紙を眺めていた。
差出人は大和。
間羅の国で起きた一連の事件が終わってから、しばらく経っていた。
夏芽とロウは新たな道を歩み始め、霧島もまた、自分の組織へと戻った。鷹司は相変わらず静かに抹茶ラテを飲み、源蔵は茶屋で穏やかな日々を送っている。
すべてが終わった。
少なくとも、そう思えるだけの時間は過ぎていた。
エドワードは封を切り、便箋を広げる。
最初はいつものように、気の抜けた表情で文字を追っていた。
しかし、数行読み進めたところで、その指が止まった。
「……へえ」
声は低かった。
いつもの皮肉めいた調子は、そこにはなかった。
手紙には、九条家のその後が記されていた。
九条玄斎が命を落とした後、九条家に残された者たちは、何者かによって襲撃された。
抵抗する間もなく、一族は次々と命を奪われた。
その有様は、到底まともな人間の仕業とは思えないほど残忍なものだったという。
そして、事件の後始末を任された者たちも、真相を明らかにしようとはしなかった。
九条家は、事実上、消滅した。
エドワードは最後まで読み終えると、便箋を静かに折り畳んだ。
「要するに、九条玄斎の答えのために利用されたってか」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
九条玄斎は、最後まで強かった。
自分の信念を曲げず、誰にも屈せず、己の答えを求め続けた。
だが、その信念の果てに何が残ったのか。
本人は死に、残された家族までが犠牲になった。
彼らが何を思い、何を願い、どんな明日を迎えるはずだったのか。
そんなことは、もう誰にも確かめられない。
エドワードは深く息を吐いた。
「……救いようがないねぇ」
いつもの軽薄な口調だった。
けれど、その蒼い瞳は笑っていなかった。
向かいの席では、アルフレッドがマカロンをつまんでいた。
「何の手紙?」
「間羅の国の後日談」
「へえ。で、どうだった?」
「胸糞の悪い結末だよ」
エドワードは手紙をテーブルへ置いた。
アルフレッドはそれを手に取ろうとしたが、兄の表情を見て、途中で手を止めた。
「……そっか」
それ以上、尋ねなかった。
エドワードは再びソファの背もたれへ体を預ける。
九条玄斎の強さは本物だった。
あの男が最後に何を考えていたのか、エドワードには完全には分からない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
どれほど強くても、どれほど揺るぎない信念を持っていても、それだけで人を救えるわけではない。
そして、信念を貫いた者が責任を負わずに済むのなら、その代償は往々にして、何の罪もない者たちへ押しつけられる。
「……まったく」
エドワードは目を閉じた。
「最後まで、面倒な男だったよ」
その声に、怒りがあったのか。
哀れみがあったのか。
それとも、ただの呆れだったのか。
アルフレッドにも分からなかった。
窓の外では、いつもと変わらない街の景色が広がっている。
客の笑い声が聞こえ、厨房からは食器の触れ合う音が響いていた。
喫茶店ローズの日常は、何一つ変わらない。
間羅の国で何が起きたのかを知らない人々は、今日も平穏な一日を過ごしている。
九条家の者たちがどんな最期を迎えたのか。
その真相が、いつか明らかになるのか。
それすらも分からない。
ただ一通の手紙だけが、彼らの結末を伝えていた。
エドワードは目を開け、テーブルの上の便箋を見つめる。
そして、それを引き出しの奥へしまった。
誰かに見せるつもりはなかった。
今さら何を言ったところで、失われた命は戻らない。
正義を語るには、あまりにも遅すぎた。
「……さて」
エドワードは立ち上がり、燕尾服の裾を整えた。
「仕事でもしようかなぁ」
「エド兄、今日も何もしてないじゃん」
アルフレッドが呆れたように言う。
「うるさい。僕は忙しいんだよ」
「何が?」
「人生について考えていた」
「嘘つけ」
いつものやり取りが始まる。
店内には再び、穏やかな空気が戻っていった。
誰も、引き出しの奥にしまわれた手紙のことなど知らない。
そして、九条家の悲劇を知る者たちも、やがてそれぞれの日常へ戻っていくのだろう。
一つの家が消えたところで、世界は止まらない。
それが、この物語の最後に残された答えだった。
ハッピーエンドにするなんて一言も言ってない。




