三大剣術家
茶屋の一角。
夏芽たちが今後の話をしている一方で、花都と山野治郎は少し離れた場所に座っていた。
花都は湯呑みを片手に、ふう、と息を吐く。
「ねぇー。九条玄斎の件、どうする?」
向かいに座る治郎は、いつもと変わらない笑顔を浮かべていた。丸眼鏡の奥の糸目からは、その胸中を読み取ることができない。
「そうですねぇ」
治郎は湯呑みを置き、ゆっくりと首を傾げた。
「九条玄斎という人物が何を考え、何を背負っていたのか。それを知る者は、もうほとんど残っていないのでしょうねぇ」
「まあ、そうだろうね。本人も亡くなっちゃったし」
花都は頬杖をついた。
「でもさ、だからって全部なかったことにするわけにもいかないでしょ? やったことには責任があるし、裏で動いてた連中だっているわけじゃん」
「ええ。そのとおりです」
治郎はあっさりと同意した。
「ただ、九条玄斎ひとりを悪人として片づければ、それで済む話なのか。私はそこが気になりましてねぇ」
「……へぇ?」
花都の目が、わずかに細くなる。
「治郎。あんた、何か知ってんの?」
「さて、どうでしょう」
「うわ、出た。その言い方。ほんっと、何考えてるか分かんないねぇ」
「よく言われます」
治郎は楽しそうに微笑んだ。
花都は小さくため息をつくと、湯呑みを卓上に置いた。
「私ちゃんとしてはさ、死んだ人間を責め続けるより、生きてる連中がどう責任を取るかのほうが大事だと思うんだよね」
「なるほど。花都さんらしい考えですねぇ」
「でしょ? だから、残ってる連中の話を聞く。必要なら責任も取らせる。でも、関係ない人まで巻き込むのはナシ。そんなところかな」
「筋は通っていますねぇ」
治郎は頷いた。
しかし、その笑顔は少しも変わらない。
「では、私は私で調べてみることにしましょう。九条玄斎が亡くなったことで、都合がよくなった人物がいないか」
「……おいおい。何か出てくる前提で話してない?」
「いえいえ。何もなければ、それでよいのですよ」
「その顔で言われても、ぜんぜん安心できないんだけど」
花都は呆れたように笑った。
治郎は再び湯呑みを手に取る。
九条玄斎の死によって、ひとつの戦いは終わった。
だが、その死が誰にとって都合のよいものだったのか。
そして、彼が最後まで語らなかったものは何だったのか。
治郎が何を探ろうとしているのか、花都にはまだ分からなかった。
ただひとつ確かなのは――この男が、何も考えずに動くような人物ではないということだった。
花都は湯呑みを卓上に置き、どこか腑に落ちないといった様子で首を傾げた。
「それに、変なバランスだったよねー。九条家と山野家と鷹司家が三大剣術家って自体がさ」
治郎は相変わらず、穏やかな笑みを浮かべている。
「ほう。と、言いますと?」
「いや、だってさ。九条家は今回の件で大きく傾いた。鷹司家は鷹司さん本人がいるし、山野家は……」
花都は向かいに座る治郎へ、じっと視線を向けた。
「当主が、あんたでしょ?」
「おや。私では不服ですか?」
「そういう意味じゃないって! あんた、何考えてるか分かんないんだもん。山野家がどう動くか、読めなさすぎるんだよねー」
「それは困りましたねぇ」
口調こそ困ったようだったが、治郎の表情には変化がない。
花都は頭を掻いた。
「三大剣術家って、実力だけじゃなくて、互いに牽制し合うことで成り立ってたんじゃないの? それなのに、その一角が崩れた。残った二家がどうするかで、間羅の剣術界も変わるかもしれない」
「ええ。確かに、そう考えることもできますねぇ」
「……あんたは、どうするつもり?」
治郎は少しだけ黙った。
それから、湯呑みの中の茶を眺めながら、静かに答えた。
「さて。山野家として何をすべきか、考える必要はあるでしょうねぇ」
「それだけ?」
「今のところは」
花都は目を細めた。
「……ほんっと、食えない男だねぇ」
「ありがとうございます」
「褒めてないから!」
花都の声が茶屋に響く。
治郎はくすくすと笑った。
しかし、その笑顔の奥にある考えを、花都が知ることはできなかった。




