間羅の国編25話「当然だよ」
エドワードは、その一瞬を逃さなかった。
「――そこだ!」
刀を振り抜く。
玄斎は身体を捻ってかわすが、完全には避けきれず、着物の袖が切り裂かれた。
だが、玄斎は止まらない。
「……!」
即座に反撃へ移る。
しかし――。
「させないよ」
エドワードが再び間合いへ入った。
ガキィンッ!
玄斎の刀を受け止める。
「……!」
玄斎が横へ動く。
エドワードも追う。
右へ、左へ。
後ろへ下がれば、一歩詰める。
踏み込めば、その瞬間に刀を合わせる。
玄斎が攻撃へ転じるための時間を、一切与えない。
「……見事だ」
玄斎が呟いた。
「だが――」
玄斎の身体が突然沈む。
「!」
エドワードの目が見開かれる。
次の瞬間、玄斎が低い姿勢から一気に踏み込んだ。
「――!」
エドワードは咄嗟に刀を下げる。
ギィンッ!
強烈な一撃。
腕が痺れる。
それでもエドワードは退かなかった。
「……まだだ!」
刀を押し返す。
「僕が退いたら――」
玄斎の刀を弾く。
「君は、また誰かを傷つける!」
さらに一歩。
「だから……!」
エドワードの刀が玄斎の刀を絡め取るように滑る。
「ここから先へは――」
玄斎の懐へ踏み込む。
「行かせない!」
その瞬間、玄斎の動きが止まった。
ほんの一瞬。
だが、エドワードにとっては十分だった。
「今だ!」
鷹司が動く。
「――任せろ」
鷹司が玄斎の側面へ回り込む。
玄斎は即座に反応し、二人を同時に捉えようとする。
しかし――。
エドワードは再び前へ出た。
「鷹司、今だ!」
「分かっている」
二人の刀が、ほぼ同時に玄斎へ迫る。
玄斎は辛うじて受け止めた。
ガァンッ!
「……!」
玄斎の足が、初めて僅かに後退する。
それを見た花都が息を呑む。
「……押した?」
源蔵が拳を握る。
「ようやくじゃ!」
霧島も静かに玄斎を見据える。
「……あの男、強いだけじゃない」
夏芽が父を見る。
霧島は続けた。
「自分が倒れるまで、相手に考える時間すら与えないつもりだ」
エドワードは息を荒くしながら、それでも刀を下ろさない。
玄斎を見据える。
「……どうした?」
口元に、いつもの不敵な笑みが戻っていた。
「まだ僕に問い足りないんじゃないのかい?」
玄斎は黙ってエドワードを見つめる。
そして――ゆっくりと刀を構え直した。
「……ならば、最後の問いだ」
エドワードの目が細くなる。
玄斎は静かに問う。
「お前は――何のためなら、命を懸けられる?」
エドワードは、玄斎の問いを聞くと――しばらく黙っていた。
荒い呼吸を整えながら、刀を握る手に力を込める。
そして、静かに顔を上げた。
「僕は――」
青い瞳が、真っ直ぐに玄斎を捉える。
「守りたいと思った人たちのためなら、何度だって命を懸けるさ」
一歩、踏み込む。
「それが僕の選んだ生き方だからね」
エドワードは刀を構え直す。
「……だから君には負けない」
そして、いつもの不敵な笑みを浮かべた。
「何度でも立ち上がってやるよ」
玄斎は、エドワードの答えを聞いても何も言わなかった。
ただ、その瞳だけが静かにエドワードを見据えている。
そして――。
「……そうか」
玄斎が刀を構え直した。
「ならば、最後まで問おう」
エドワードも刀を握り直す。
「来い」
二人が同時に踏み込んだ。
ガァンッ!!
激しい金属音が廊下を震わせる。
玄斎の一撃。
エドワードが受ける。
二撃目、受け流す、三撃目。
エドワードが踏み込み、逆に玄斎の間合いへ入り込む。
「――ここだ!」
刀が交差する。
しかし玄斎は、それすら読んでいた。
エドワードの刀を弾き、身体を回転させる。
「!」
玄斎の刀が迫る。
だが――。
「させるか!」
鷹司が横から割り込んだ。
玄斎の刀を受け止める。
「鷹司!」
「気にするな。お前は前だけ見ていろ」
「……言われなくても!」
エドワードが踏み込む。
玄斎は二人を相手にしても、一歩も引かない。
そこへ――。
「私ちゃん達も忘れないでよね!」
花都と治郎が飛び込む。
玄斎が治郎の攻撃をかわす。
「そろそろ終わらせましょう」
「おおおっ!」
源蔵も続く。
霧島も、傷を負った身体を引きずりながら前へ出た。
「……終わらせる」
夏芽も刀を握る。
「私も……!」
玄斎は迫り来る全員を見渡した。
それでも、退かない。むしろ――笑った。
「これが……お前たちの強さか」
その瞬間。
玄斎の身体が大きく踏み込む。
「――ならば、全て受けてみせよう!」
凄まじい一撃が放たれた。
エドワードが真正面から受ける。
「ぐっ……!」
足が床を滑る。
鷹司が支える。
「エドワード!」
「まだだ……!」
エドワードは刀を押し返す。
その瞬間、玄斎の身体が僅かに崩れた。
ほんの一瞬。
だが――。
「今じゃ!」
源蔵が叫ぶ。
花都と治郎が動く。
霧島も続く。
そして最後に――夏芽が踏み込んだ。
「――お父さんを、もう苦しませない!」
夏芽の刀が、玄斎の刀を弾き飛ばした。
カラン――。
刀が床へ落ちる。
玄斎は静かに立ち尽くした。
誰も動かない。
長い沈黙の後、玄斎は自分の空になった手を見つめた。
「……負け、か」
エドワードは刀を下ろした。
「そういうことだね」
玄斎はエドワードを見る。
「お前は……最後まで、誰かを守ることを捨てなかった」
「当然だよ」
エドワードは疲れ切った顔で、それでも笑った。
「僕はもう、一人で戦うつもりなんてないからね」
鷹司が隣で小さく息を吐く。
「ようやく分かったか」
「何が?」
「一人で格好をつける必要などないということだ」
「……君にだけは言われたくないな」
花都が思わず吹き出す。
「こんな時までそれ言う!?」
源蔵も笑った。
「まったくだ」
「ですが、あなた達らしい」
霧島は何も言わず、夏芽を見る。
夏芽も父を見る。
そして――玄斎はゆっくりと目を閉じた。
23年間、追い続けてきた「絶対的な強さ」。
それが何だったのか。
ようやく、ほんの少しだけ理解したようだった。
その場に、静かな風が通り抜けた。




