間羅の国編23話「鷹司啓扇」
「た、鷹司啓扇…!」
エドワードは、玄斎の手から解放されると、乱れた髪を軽く整えながら鷹司を見た。
「遅いよ。君が来るまでの時間稼ぎ要員も楽じゃないんだよ」
鷹司は肩に脇差を突き立てたまま、玄斎から視線を逸らさない。
「ほお。それは悪いことをしたな」
淡々とした声だった。
そして、ほんのわずかに口元を緩める。
「だが、お前が守りたい物はその程度か?」
「……」
エドワードの目が細くなる。
一瞬だけ、鷹司と視線が交わった。
そこには言葉以上のものがあった。
――まだやれる。
――当然だ。
互いに、それを理解していた。
エドワードの口元にも、僅かな笑みが浮かぶ。
負けた直後だというのに、不思議なほど嬉しそうだった。
「……ほざきやがれ」
鷹司の口元がさらに僅かに上がる。
「その顔なら、まだ大丈夫そうだな」
「君に心配されるほど落ちぶれちゃいないよ」
エドワードは床に落ちていた刀を拾い上げる。
鷹司も脇差を握り直す。
二人の老人が、並んで九条玄斎を見据えた。
玄斎は肩に刺さった脇差を抜きながら、二人を静かに見つめる。
エドワードは刀を構えた。
「さて……」
鷹司も静かに構える。
「今度は二人だ」
その声に、玄斎の表情が初めて僅かに変わった。
九条玄斎は、肩から脇差を引き抜いた。
傷口から血が滲む。
それでも、玄斎の表情は変わらなかった。
「二人……か」
低く呟き、抜いた脇差を床へ投げ捨てる。
「ならば、二人まとめて問おう」
エドワードと鷹司は、それぞれの刀を構えた。
玄斎が二人を見据える。
「お前たちは、何故そこまでして誰かを守る?」
鷹司が静かに答えた。
「……守りたいと思ったからだ。それ以上でも、それ以下でもない」
「曖昧な答えだな」
「そうか?」
鷹司は琥珀色の瞳を細める。
「人生というものは、案外そういうものだ」
エドワードが横から口を挟む。
「珍しく意見が合ったね、鷹司」
「私とお前が意見を合わせることなど、そう珍しくもないだろう」
「そうかな?」
「そうだ」
ほんの一瞬だけ、二人の間にいつもの軽口が戻る。
だが――次の瞬間。
玄斎が消えた。
「――!」
エドワードと鷹司が同時に反応する。
ガキィンッ!
玄斎の刀がエドワードへ迫る。
エドワードが受け止めた。
その横から鷹司が踏み込み、玄斎へ斬り込む。
玄斎は身体を捻ってかわす。
「なるほど……」
エドワードが低く呟く。
「一人なら僕の動きを読めても――」
鷹司が玄斎の退路へ回る。
「二人なら、そう簡単にはいかないな」
玄斎は二人の間合いを見極める。
エドワードと鷹司。
かつて幾度となく互いの技を競い合ってきた二人だからこそ、言葉など必要なかった。
一人が攻めれば、もう一人が隙を塞ぐ。
一人が受ければ、もう一人が斬り込む。
玄斎はその連携を見ながら、静かに問いかける。
「それが……お前たちの言う強さか?」
鷹司は刀を構えたまま答えた。
「違う」
「……何?」
鷹司の琥珀色の瞳が、玄斎を真っ直ぐ射抜く。
「これは強さではない」
エドワードが続ける。
「信頼だよ」
二人は同時に踏み込んだ。
「――そして、それもまた強さだ」
九条玄斎が迎え撃つ。
三人の刀が、再び激しく交差した。
花都は、エドワードと鷹司、そして九条玄斎の戦いを少し離れた場所から見つめていた。
三人の間を駆ける刀の動きはあまりにも速い。
一歩踏み込めば斬撃が飛び、受ければ即座に次の攻撃が来る。そこへエドワードと鷹司の連携まで加わっている。
花都は思わず目を見開いた。
「すごっ……私ちゃん達が入れる隙がない……」
源蔵も二人の戦いを見ながら、唸る。
「だったら、ワシらも強引に参加すればいい!」
「えっ、強引に!?」
花都が振り向く。
源蔵はすでに腰を落としていた。
「細かいことを考えている暇はないじゃろ!」
「いやいや、あの三人の間に入るの、普通に危ないって!」
そのときだった。
「……なら、俺も入る」
低い声が響いた。
花都と源蔵が振り返る。
そこには霧島が立っていた。
夏芽に支えられながらではあるが、その目には先ほどまでの疲労とは違う鋭さが宿っている。
夏芽が驚く。
「お父さん……?」
霧島は前方の九条玄斎を見据えた。
「俺も、あいつには借りがある」
「でも、今のお父さんは……」
「問題ない」
短く答える。
「俺は戦うために来たんじゃない」
霧島は静かに袖を整える。
「状況を終わらせるために来た」
その言葉を聞き、源蔵がニヤリと笑った。
「おお、そういうことなら話は早い!」
花都も拳を握る。
「じゃあ、私ちゃん達も行くよ!」
夏芽は父の横顔を見る。
霧島は娘に一度だけ視線を向けた。
「夏芽」
「……はい」
「ここにいろ」
「……嫌です」
即答だった。
霧島の眉が僅かに動く。
「……そうか」
そして霧島は、再び前を向いた。
「なら、せめて俺の背中から離れるな」
夏芽は刀を握り直す。
「はい」
その頃――。
エドワードと鷹司は、玄斎との激しい攻防を続けていた。
「……二人でも止められないか」
鷹司が呟く。
エドワードは僅かに笑った。
「だから言っただろう?」
「何をだ?」
「守りたい物が増えすぎたってね」
その背後から、源蔵の声が響く。
「だったら増えた分だけ、力を貸してもらえばいいんじゃ!」
エドワードが一瞬だけ振り返る。
「……源蔵。君まで来るのかい?」
「当たり前じゃ!」
花都も続く。
「私ちゃんもね!」
霧島と夏芽も歩み寄る。
玄斎は集まってくる者たちを見渡した。
そして――静かに問いかける。
「これだけの人数で、何を証明する?」
エドワードは刀を構え直す。
「決まっているだろう」
鷹司が隣に並ぶ。
源蔵、花都、霧島、そして夏芽も、それぞれ戦う構えを取った。
エドワードは玄斎を見据える。
「一人で立つことだけが、強さじゃないってことをね」




