間羅の国編22話「僕はね、守りたい物が増えすぎたんだよ!」
二人の間に、張り詰めた沈黙が落ちた。
次の瞬間――九条玄斎が踏み込んだ。
「――!」
エドワードは即座に刀を振る。
金属音が廊下に響いた。
一撃、二撃、三撃。
エドワードは玄斎の攻撃を受け流しながら、反撃の隙を探す。
だが――
「……なるほど」
エドワードの目が僅かに細くなった。
思っていた以上に、九条玄斎は強かった。
ただ速いだけではない。
力任せでもない。
エドワードが刀を振るより先に、玄斎はその動きを読んでいる。
「……君は……」
エドワードが一歩後ろへ下がる。
玄斎は追撃しなかった。
ただ刀を構えたまま、エドワードを見つめている。
そして、問いかける。
「お前は……何のために戦う?」
「……」
「守るためか?」
エドワードは答えない。
玄斎は再び踏み込む。
刀が交差する。
「ならば問おう」
鋭い一撃。
エドワードは受け流す。
「守るとは何だ?」
さらに一撃。
「誰かを守ることで、自分が傷つくことを恐れないのか?」
エドワードは刀を弾き、距離を取る。
「……ずいぶんと質問の多い男だね」
しかし玄斎は表情を変えない。
「答えろ」
また一歩、踏み込む。
「お前の言う強さとは何だ?」
「…………」
「誰かを背負うことか?」
「…………」
「それとも、誰かに背負われることを受け入れることか?」
エドワードの瞳がわずかに動く。
玄斎は、ひたすら問い続ける。
「お前は何を守ってきた?何を失った?何を恐れている?そして――」
玄斎の刀が、エドワードの刀と激しくぶつかる。
「お前は最後に、誰のためにその刀を振るう?」
エドワードは歯を食いしばる。
――この男は、ただ強いだけではない。
相手の心そのものを試している。
九条玄斎は、なおもエドワードへ問い続けた。
「さあ、答えろ……」
エドワードの表情が変わった。
エドワードは、玄斎の刀を受け止めた。
ギィンッ――!
鋭い金属音が廊下に響き渡る。
玄斎は間髪入れずに問いかける。
「ならば、何故戦う?」
エドワードは刀を押し返し、玄斎との距離を取った。
その表情には、先ほどまでの余裕がなかった。
そして――叫ぶ。
「僕はね、守りたい物が増えすぎたんだよ!」
玄斎の動きが止まる。
エドワードは刀を握り直す。
「昔の僕なら……守るものなんて、ほとんどなかった」
静かな声だった。
「自分が生き残ることだけを考えていれば、それでよかった」
エドワードの脳裏に、これまでの日々がよぎる。
喫茶店ローズ。
レティシア。
アルフレッド。
そして――アレクシア。
そこにいる仲間たち。
「でもね……気づいたら、僕の周りには大切な人間が増えていた」
エドワードは玄斎を真っ直ぐに見据える。
「守りたいと思う人が増えるたびに、背負うものも増えた」
「…………」
「だから僕は、今さら一人には戻れない」
刀を構える。
その眼差しには、迷いがなかった。
「それが弱さだと言うなら――僕は、その弱さごと背負って戦う」
玄斎が静かに問いかける。
「それがお前の強さか?」
エドワードは答える。
「そうだよ」
そして、ゆっくりと前へ踏み出した。
「僕が守りたいと思ったものを――僕自身の手で守り抜く」
「それが、僕の強さだ」
だが――。
エドワードの言葉を嘲笑うかのように、九条玄斎が踏み込んだ。
「――ッ!」
速い。
エドワードが刀を構えるよりも早く、玄斎の一撃が迫る。
ガキィンッ!
エドワードは受け止めた。
だが――重い。
「……っ!」
さらに玄斎が畳みかける。
一撃、二撃、三撃。
エドワードは必死に捌くが、徐々に押し込まれていく。
「……なんだ、この力は……」
玄斎の動きは明らかに異常だった。
23年前から積み重ねてきた剣技だけでは説明できないほどの身体能力。
まるで身体そのものが、限界を無視しているかのようだった。
エドワードは一瞬だけ、玄斎の様子を観察する。
「……まさか……あの薬の……」
しかし、考えている暇はなかった。
「――そこだ」
玄斎の一撃がエドワードの刀を弾き飛ばした。
「しまっ――」
次の瞬間、エドワードの身体が大きく吹き飛ぶ。
ドンッ!
壁に叩きつけられ、エドワードはその場に膝をついた。
刀が床に転がる。
「エドワードさん!」
廊下の奥から、夏芽の声が響いた。
霧島を支えていた夏芽達が、エドワードのもとへ駆け出そうとする。
「エドワードさん!」
しかし――。
エドワードが顔を上げた。
「来るな!」
鋭い声が廊下に響き渡る。
夏芽の足が止まった。
「でも……!」
「来るな、夏芽!」
エドワードは苦しそうに息を吐きながら、それでも立ち上がろうとする。
九条玄斎は、そんなエドワードを静かに見下ろしていた。
「……まだ立つか」
エドワードは床に落ちた刀へ手を伸ばす。
震える手で柄を握り――ゆっくりと立ち上がった。
「……当然だろう」
エドワードの青い瞳が、再び玄斎を捉える。
「僕には……まだ、守らなきゃならないものがあるんだからね」
九条玄斎は、立ち上がろうとするエドワードの前まで静かに歩み寄った。
「……まだ、立つか」
玄斎の手が伸びる。
次の瞬間――エドワードの髪を掴み、そのまま強引に顔を上げさせた。
「ぐっ……!」
エドワードは玄斎を睨みつける。
玄斎は冷たい目で問いかけた。
「それでもなお、お前は強さを語るのか?」
「……ああ」
エドワードは苦しげに息を吐きながらも、目を逸らさなかった。
「何度でも……語ってやるよ」
九条玄斎は、立ち上がろうとするエドワードへ一気に距離を詰めた。
「――!」
次の瞬間、玄斎の手がエドワードの髪を掴む。
「ぐっ……!」
そのまま強引に引き起こされ、エドワードの身体がよろめいた。
「お前の言う強さ……」
玄斎は低い声で問いかける。
「その程度のものか?」
エドワードは苦しそうにしながらも、玄斎を睨み返した。
「……さあね」
その瞬間だった。
玄斎の背後から――
「――待っていたぞ」
低い声が響いた。
玄斎の目が僅かに動く。
次の瞬間、一本の脇差が玄斎の肩へ突き立てられた。
「……!」
玄斎がエドワードから手を離す。
その脇差を握っていたのは――鷹司だった。
重傷を負い、動けないはずだった鷹司が、ふらつきながらも立っている。
その手には、かつて自分が使っていた脇差。
「おじいちゃん…!」
「鷹司さん!?」
夏芽と花都が驚きの声を上げる。
鷹司は玄斎を睨みながら、静かに言った。
「……私を忘れてもらっては困るな、玄斎」
玄斎は肩に刺さった脇差へ手を伸ばす。
だが、その表情に浮かんだのは怒りではなかった。
――驚きだった。
鷹司は息を整えながら、さらに言う。
「お前が強さを求めるというのなら……」
そして、エドワードへ一瞬だけ視線を向ける。
「私も、まだ終わってはいない」




