間羅の国編20話「君の相手は僕だ」
建物の奥へと続く長い廊下を、エドワード、夏芽、源蔵、花都、治郎の五人が進んでいた。
先ほどまで一緒だった美琳たちの姿は、もうない。
夏芽は黙ったまま歩いている。
「……」
刀を腰に差したまま、周囲を警戒していた。
花都が隣から夏芽を見る。
「夏芽、大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
返事はいつも通りだった。
だが、エドワードはその声の微妙な硬さを聞き逃さなかった。
「……無理してないか?」
「してません」
即答だった。
「そう」
エドワードはそれ以上追及しなかった。
ただ、前を向いたまま言う。
「ならいいけどね」
源蔵も後ろから夏芽を見ていた。
「夏芽」
「はい」
「お前さんは、少し周りを頼ってもよいんじゃぞ」
夏芽は一瞬、足を止めかけた。
「……」
その言葉が、先ほどの美琳たちのことを思い出させる。
自分を頼ってくれていた仲間たち。
そして、自分自身もまた、祖父やエドワードたちに頼っている。
夏芽は小さく息を吐いた。
「……分かっています」
治郎が穏やかに笑う。
「分かっていても、なかなか難しいものですよ」
「……そうですね」
花都が肩をすくめる。
「まあ、夏芽は昔からそういうところあるしね」
「花都さんまで……」
「だって本当じゃん」
夏芽は困ったように目を伏せた。
そのときだった。
エドワードが突然、足を止めた。
「……待って」
全員が止まる。
花都が前方を見る。
「何かいる?」
「いや」
エドワードは廊下の壁へ視線を向けた。
そこには、古びた木製の壁に埋め込まれた小さな電子端末があった。
美琳が言っていたものと同じだ。
治郎が近づく。
「やはり、この建物は見た目以上に複雑ですね」
「そうみたいだね」
エドワードが端末を見つめる。
「表は古い建物。でも中身は別物だ」
源蔵が低く唸る。
「……誰かが、意図的にこうしておるのかのう」
「おそらくね」
エドワードは端末から視線を離し、廊下の先を見る。
「問題は――誰が、何のために」
夏芽が刀の柄へ手を添えた。
その瞬間。
廊下の奥から、微かな足音が聞こえた。
コツ、コツ、コツ
花都が表情を引き締める。
「来るよ」
夏芽も静かに刀を抜いた。
エドワードは白い手袋を整える。
「……ようやく、お出ましか」
五人はそれぞれ身構えた。
そして、暗い廊下の奥から――一人の人影がゆっくりと姿を現した。
廊下の奥から、ゆっくりと人影が現れた。
白髪。鋭い灰色の瞳。
その姿を見た瞬間、夏芽の表情が固まった。
「……九条、玄斎……」
源蔵も目を細める。
花都はすぐに構えを取り、治郎も静かに相手を見据えた。
玄斎は五人を見回した。
その視線には、感情らしい感情がほとんどない。
「……強さだ」
突然、玄斎が呟いた。
「私が探しているのは、絶対的な強さだ」
エドワードは黙って玄斎を見る。
玄斎は続けた。
「誰にも負けぬ強さ。何者にも揺らがぬ強さ。己の意思だけで、全てを切り開ける強さ……」
そして、玄斎の視線が夏芽へ移る。
ほんの一瞬、夏芽を見た。
「……お前の父なら、あの部屋におる」
夏芽の瞳が大きくなる。
「……父が?」
玄斎は廊下の奥にある扉を指差した。
「だが――弱い父を持ったな」
夏芽の表情が僅かに曇る。
「……」
エドワードが一歩前へ出た。
エドワードは刀を構えた。
「絶対的な強さを求めると言いながら、君はずいぶんと周りに振り回されているじゃないか」
玄斎は黙っている。
エドワードは続けた。
「本当に強い人間は、自分の強さを探し続けたりしない」
その声は静かだった。
「ましてや、他人を傷つけてまで証明する必要もない」
夏芽はエドワードの背中を見つめる。
玄斎の灰色の瞳が、僅かに細くなった。
「……ならば、お前は何だ」
エドワードは刀を握り直す。
「僕かい?」
口元に僅かな笑みを浮かべた。
「ただの喫茶店の老人だよ」
花都が思わず振り返る。
「いや、今その名乗りは無理があるでしょ……」
治郎は小さく笑った。
源蔵は何も言わない。
夏芽だけが、玄斎を見つめていた。
父が――この先にいる。
その事実だけが、彼女の胸の中で大きく響いていた。
エドワードは刀を構えたまま、背後にいる夏芽へ視線だけを向けた。
「行けよ、夏芽」
夏芽が目を見開く。
「……え?」
エドワードは玄斎から視線を外さない。
「父親に会いに行ってきなよ」
「でも……」
夏芽は玄斎を見る。
その先には、父親がいる。
二十三年間、一度も会えていない父親が。
だが、目の前には九条玄斎がいる。
「私だけ……行くわけには」
「いいんだよ」
エドワードが遮った。
「君がここに残っても、気になって戦えないだろ」
「……」
図星だった。
夏芽は刀の柄を握る。
「でも、エドワードさんは……」
「僕なら大丈夫だ」
エドワードは淡々と言った。
「それに、君には僕と違って、今しかできないことがある」
夏芽は黙ってエドワードを見る。
「……父に、会うこと」
「そう」
エドワードは少しだけ笑った。
「二十三年も待ったんだろ?」
その言葉に、夏芽の胸が詰まる。
源蔵が静かに頷いた。
「行ってこい、夏芽」
花都も背中を押すように笑う。
「うん。ここは私たちに任せて」
治郎も穏やかに続けた。
「あなたが会うべき人は、その先にいるのでしょう」
夏芽は三人を見た。
そして最後に、エドワードを見る。
「……ありがとうございます」
エドワードは玄斎へ刀を向けたまま答えた。
「礼はいい。さっさと行きな」
夏芽は一度だけ深く頭を下げた。
「……はい」
そして、父親がいるという部屋へ向かって走り出した。
その背中を玄斎は追おうとする。
しかし――。
エドワードが一歩前へ出た。
「悪いね」
刀の切っ先が、玄斎を捉える。
「君の相手は僕だ」
玄斎の足が止まった。
エドワードの青い瞳と、玄斎の灰色の瞳が真正面からぶつかった。




