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喫茶店ローズ  作者: 環状線在住送り犬
喫茶店ローズ第3章
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間羅の国編19話「なっちゃんを思ってくれる人、私以外にもいてくれて」

ロウが倒れたことで、部屋の空気が一変した。

すずらは必死にロウの状態を確認しながら、ふと胸の奥に浮かんだ名前を口にしそうになる。


「……なっちゃん……」


美琳も同じだった。


「なっちゃん……」


ジンドウだけは、低く呟く。


「……夏芽」


三人とも、そこで動きを止めた。

――なぜ、自分たちは今、夏芽の名前を思い浮かべたのか。

もちろん、夏芽は頼れる仲間だ。

だが、それだけではない。


前線で迷ったとき。

危険な状況になったとき。

誰かが判断に困ったとき。

いつの間にか、夏芽に任せていることが多かった。

美琳は歯を食いしばる。


「……私たち、今まで……」


ジンドウも拳を握る。


「……夏芽に頼ってばっかだったのか」


すずらはロウの処置を続けながら、静かに目を伏せた。


「……わたしも、そうだったんですね」


そのときだった。

沈博が三人を見据えた。


「だからお前らは変わらねぇんだよ!」


鋭い声が響く。

美琳が顔を上げる。


「……兄貴?」


沈博は一歩踏み出した。


「いいか!」


そして、ジンドウの前へ迫る。


「強くなりてぇなら、人に頼ってばかりするんじゃねぇよ!」


強烈な蹴りがジンドウへ入る。


「ぐっ……!」


ジンドウが大きく後退する。

美琳が驚いて沈博を見る。


「ジンドウ!」

「来るな!」


ジンドウは踏みとどまり、沈博を睨み返した。

沈博は冷静だった。


「仲間を頼ること自体が悪いんじゃねぇ」

「……」

「だがな、自分で立つことまで他人に任せるな」


その言葉に、美琳は黙り込んだ。

すずらもロウのそばで手を止めず、沈博の言葉を聞いていた。

沈博は続ける。


「夏芽に頼るなとは言ってねぇ。あいつだって仲間を頼るだろうよ」


「……」

「だが、お前ら自身が強くならなきゃ、いつまで経っても同じだ」


美琳は拳を握る。

悔しい。

反論したい。

けれど――言い返せなかった。


「……くそ兄貴」


小さく呟いた美琳の目には、先ほどまでとは違う光が宿っていた。


「言ってることだけは……ムカつくほど正しいじゃん」


ジンドウも立ち上がる。


「……だったら、俺たち自身でやるしかねぇな」


すずらはロウを見てから、静かに頷いた。


「はい。まずは、ロウさんを守ります」


三人はそれぞれ、自分の足で立ち直した。

美琳は強く拳を握りしめた。


「だから!」


声が部屋に響く。


「兄貴と紫鈴を倒す!」


美琳は真っ直ぐ二人を見据えた。


「なっちゃんを……お父さんに会わせる!」


その声には、迷いがなかった。


「そう、自分で!勝手に約束したんだもん!」


美琳はサイバー銃を構える。


「だったら――私がやる!」


そのまま紫鈴へ向かって駆け出した。


「美琳!」


ジンドウが叫ぶ。

だが――。

紫鈴は攻撃を避けようとしなかった。

美琳が目の前まで迫った、その瞬間。

紫鈴は両腕を広げ――美琳を抱きしめた。


「……え?」


美琳の動きが止まる。

紫鈴はそのまま、美琳を大切にするように抱きしめる。

そして、ゆっくりと頭を撫でた。


「よかった」

「……紫鈴?」


紫鈴の声は、先ほどまでの戦闘時とはまるで違っていた。


「なっちゃんを思ってくれる人、私以外にもいてくれて……」


美琳は何も言えなくなった。

紫鈴は、美琳の髪をそっと撫で続ける。

まるで母親が、大切な子どもを安心させるように。


「……ずっと心配だったアル」

「……」

「なっちゃんは、ずっとお父さんに会いたがってる。私も、それを知ってたヨ」


美琳の目が揺れる。


「だから……」


紫鈴は少しだけ微笑んだ。


「ありがとう、美琳」


美琳は拳を握ったまま、動けなくなった。


「……なんだよ、それ」


その声は、さっきまでの強気なものではなかった。


「急にそんなこと言うなよ……」


その少し離れた場所で、沈博が小さく息を吐く。


「はぁ……お前たちもか」


ポケットからタバコを取り出し、火をつける。


「俺らもだよ」


煙を吐き出しながら、沈博は静かに続けた。


「親父を…娘の夏芽に会わせたい。その一心だったんだよ」


ジンドウが沈博を見る。

すずらも黙って聞いている。

沈博は視線を落とした。


「親父も……分かんなくなったんだろうな」


一度言葉を切る。


「娘を守るやり方。これで合ってるのか、間違ってるのか」


その言葉に、美琳の表情が変わった。

紫鈴も美琳を抱いたまま、静かに沈博を見る。

沈博はタバコを持ったまま、遠くを見るように呟いた。


「俺たちだって、夏芽に親父を会わせたかった」


そして、沈博は美琳へ視線を戻す。


「だからこそ、お前らが夏芽のために動いてるって分かって……少し安心したんだよ」


美琳は紫鈴の腕の中で、俯いた。


「……だったら、最初から言ってよ」

「言える状況じゃなかっただろ」

「それでも!」


美琳は顔を上げる。


「私たち、ずっと敵だと思ってたじゃん!」


沈博は少し黙ってから、答えた。


「……悪かったな」


美琳は驚いたように兄を見る。

その場に、しばらく静かな沈黙が流れた。

沈博は煙を吐き出すと、部屋の隅で倒れているロウへ視線を向けた。


「……あのデカいやつは、俺たちがなんとかするから」


美琳たちへ向き直る。


「お前達はいけよ」


美琳が目を見開く。


「……兄貴?」


「夏芽のところへ行け。あいつには、まだお前らが必要だろ」


紫鈴も頷いた。


「そうアル。ここは私たちに任せるネ」


すずらはロウの状態を確認しながら、沈博を見る。


「……本当に、任せてもいいんですか?」

「ああ」


沈博は短く答えた。


「こいつをこれ以上戦わせるつもりはねぇ。そっちは任せろ」


ジンドウも沈博を睨む。


「……信用していいんだな?」

「信用するかどうかは好きにしろ」


沈博は淡々と言った。


「ただ、今は時間がねぇ」


美琳は少し迷ったあと、頷いた。


「……分かった」


そして、大和を見る。


「大和。あんたも来て」

「お、おう!」


大和はすぐに立ち上がった。

しかし――。


「……っ」


足元がふらつく。

さっきの戦闘で何度も攻撃を避けきれず、身体には疲労が溜まっていた。

大和は壁に手をつく。


「大丈夫か?」


ジンドウが声をかける。


「大丈夫……だ」


そう言ったものの、明らかに無理をしていた。

美琳は大和を見る。


「……」


そして、とうとう口にしてしまう。


「……やっぱり、足手まといだったじゃん」

「うっ……」


大和の顔が固まる。


「さっきは強がってたけど、実際そうじゃん……」

「……」


大和は何も言い返せなかった。

悔しそうに拳を握る。


「……分かってるよ」


その声は小さかった。


「俺が弱いことくらい……分かってる」


美琳は一瞬だけ黙る。

だが、すずらが優しく声をかけた。


「大和さん」

「……?」

「弱いことと、役に立たないことは同じではありませんよ」


大和が顔を上げる。

すずらはロウの処置を続けながら、穏やかに言った。


「今は、できることをしてください。それだけで十分です」

「……できること」


大和は小さく呟いた。

沈博も大和を見る。


「だったら、夏芽のところへ行ってやれ」

「……!」

「お前ができることは、戦うことだけじゃねぇだろ」


大和はしばらく黙っていた。

そして、拳を握り直す。


「……分かった」


美琳も頷く。


「行こう」

「おう」


二人が廊下へ向かう。

その背中を見ながら、紫鈴が小さく笑った。


「……これで少しは、前に進めるアルね」


沈博は煙を吐き出す。


「そうだな」


そして、倒れているロウへ目を向けた。


「さて……」


沈博の表情が変わる。


「こいつをどうするかだ」

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