間羅の国編17話「敵!」
カチッ、と響いた機械音に、全員が身構えた。
しかし――。
「……?」
数秒待っても、何も起こらなかった。
扉が開くわけでもない。誰かが飛び出してくるわけでもない。罠が作動する気配すらない。
エドワードは目を細めたまま、扉へ近づく。
「……なんだ。何もないじゃないか」
「いや、警戒はしといたほうがいいって」
花都が周囲を見回しながら言う。
美琳もバイザーを操作し、建物内部を確認する。
「……反応はある。でも、攻撃用のシステムが起動した感じじゃない」
「じゃあ、あの音はなんだったんだ?」
ジンドウが低く尋ねる。
「さあ。古い機械が勝手に動いたんじゃない?」
「お前、さっきから適当だな……」
「適当じゃない。分からないだけ」
美琳が淡々と言い返す。
そのやり取りを横目に、エドワードは扉の取っ手へ手を伸ばした。
「まあ、入れば分かるだろ」
「エドワードさん、待ってください!」
すずらが声を上げる
だが、エドワードはすでに扉を開けていた。
ギィ……。
拍子抜けするほど普通の音がした。
「……開いた」
夏芽が呟く。
「そうみたいだね」
エドワードは中を覗き込み、それから肩をすくめた。
「見たところ、普通の建物だ」
「普通に見えるのが一番怪しいんだけどね」
美琳が続いて中を確認する。
内部は外観と同じく、古い日本家屋を思わせる造りだった。木の廊下に、障子、古びた柱。ところが、ところどころに小型の電子端末が埋め込まれている。
古い建物と最新の機械。
その妙な組み合わせだけが、この場所の異様さを物語っていた。
「……本当に誰もいないね」
夏芽が小さく言う。
源蔵がゆっくりと中へ入る。
「じゃが、誰かが使っておる気配はあるのう」
「そうだね」
治郎も後ろから入ってくる。
花都、大和、ジンドウ、ロウ、すずらも続き、最後に美琳が入口付近を確認してから中へ入った。
エドワードは廊下の奥を見つめる。
「さて……」
白い手袋を整えながら、静かに呟いた。
「何が出てくるかな」
夏芽は少し緊張した表情で、その背中を見つめる。
「……エドワードさん」
「ん?」
「私も、ちゃんとついていきます」
エドワードは振り返ると、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「それでいい。勝手に先へ行かなければね」
「はい」
その直後。
廊下の奥から――。
コツン。
小さな音がした。
全員の視線が、一斉に奥へ向いた。
廊下の奥から聞こえた音を追い、エドワードたちは一つの部屋へたどり着いた。
エドワードが襖に手をかける。
「ここか」
静かに開いた、その瞬間だった。
「――ッ!」
影が二つ、部屋の奥から一気に飛び出してきた。
エドワードは即座に身を引き、飛来した攻撃をかわす。隣にいた花都も反応し、夏芽を庇うように前へ出た。
「なっ……!」
ジンドウが構え、ロウも無言のまま身を低くする。
美琳は反射的に武器を構えた。
「敵――!」
しかし、攻撃してきた二人の姿を見た瞬間、美琳の表情が凍った。
黒い服に身を包んだ長身の男。
そして、その隣には紫色の長髪を揺らす女性。
美琳は目を見開く。
「兄貴……!」
男――沈博は、美琳を見ても表情を変えなかった。
「……美琳」
その声を聞いた瞬間、美琳の手が僅かに震える。
「なんで……兄貴がここに……?」
隣にいた紫鈴が眼鏡を押し上げる。
「まさか、こんなところで会うとは思わなかったアル」
「紫鈴まで……」
夏芽が二人を見ながら困惑する。
「知り合いなの?」
「知り合いどころじゃない!」
美琳が声を荒らげる。
「兄貴だよ! 私の――」
そこまで言って、美琳は口を閉じた。
沈博は静かに美琳を見つめている。
エドワードはそんな二人を交互に見て、白い手袋を整えた。
「……なるほど」
その目が鋭くなる。
「君が、美琳の兄か」
沈博はエドワードへ視線を移した。
「そうだ」
短い返答。
紫鈴がため息をつく。
「いきなり攻撃する必要あったアルか?」
「先に入ってきたのは向こうだ」
「それはそうだけどネ」
美琳はまだ武器を下ろせないまま、沈博を睨んでいた。
「兄貴……ここで何してるの?」
沈博はしばらく黙っていた。
そして、低い声で答える。
「……それを話すために、ここにいる」
エドワードの目が細くなる。
どうやら、この建物には偶然ではなく、彼らがここへ来る理由があったらしい。
美琳は沈博を睨みつけたまま、しばらく黙っていた。
やがて、意を決したように振り返る。
「……行ってよ」
エドワードたちが一斉に美琳を見る。
美琳は夏芽、エドワード、花都、治郎、源蔵を順番に見た。
「ここは私がなんとかするから!」
「美琳……」
夏芽が心配そうに声をかける。
しかし、美琳は首を横に振った。
「大丈夫。兄貴のことは、私が話をつける」
「だが――」
エドワードが口を開く。
すると、美琳は強い口調で遮った。
「お願いだから行って!」
その声には、普段の強気な態度とは違う切実さが混じっていた。
花都が腕を組み、沈博と紫鈴を見る。
「……私ちゃんとしても、ここは美琳に任せたほうがよさそうだね」
治郎も静かに頷く。
「そうですね。彼女にしかできない話もあるでしょう」
源蔵も美琳を見つめる。
「無茶はするでないぞ」
「分かってる」
エドワードは少し黙ったあと、美琳へ視線を向けた。
「……死ぬなよ」
「誰に言ってんの」
美琳は苦笑する。
「私を誰だと思ってるの?」
エドワードはそれ以上言わなかった。
夏芽たちが廊下へ向かおうとした、そのときだった。
「待ってくれよ!」
大和が声を上げた。
美琳が振り返る。
「俺も残る!」
「大和?」
夏芽が驚く。
大和は拳を握りしめた。
「俺も手伝うから。美琳一人じゃ危ないだろ」
美琳はしばらく大和を見つめた。
そして――。
「引っ込んでよ!」
「えっ」
「……あんた弱いんでしょ!」
あまりにも真っ直ぐな一言だった。
大和が固まる。
「…………」
花都が思わず顔を背ける。
「うわぁ……」
治郎も何も言わない。
源蔵だけが静かに目を閉じた。
「大和……」
「じいちゃんまでその顔するなよ!」
大和は悔しそうに叫ぶ。
美琳はため息をついた。
「別に馬鹿にしてるわけじゃない。今のあんたじゃ、この場に残っても足手まといになる」
「……」
「だったら、なっちゃん達と一緒に行って」
大和は唇を噛んだ。
だが、やがて小さく息を吐く。
「……分かった」
しかし、エドワードが廊下へ向かおうとしたところで、大和がもう一度口を開いた。
「……いや」
美琳を見る。
「俺は残る」
「は?」
「弱いのは分かってる。でも、だからって逃げる理由にはならないだろ」
美琳は一瞬だけ目を見開いた。
「……勝手にすれば」
「そうする」
こうして、エドワード、夏芽、花都、治郎、源蔵は先へ進むことになった。
部屋に残ったのは――美琳、ジンドウ、ロウ、すずら、そして大和。
沈博と紫鈴を前に、美琳はゆっくりと武器を構え直した。
「……さて、兄貴」
沈博は黙って美琳を見る。
美琳の目が鋭くなる。
「今度こそ、ちゃんと話してもらうからね」




