間羅の国編16話「よくないよ」
間羅の国の夜道を、一行は並んで歩いていた。
先頭を歩くエドワードは、後ろをちらりと振り返る。
そこには、夏芽、源蔵、花都、治郎、大和。そして少し離れたところには、美琳、ジンドウ、ロウ、すずらの姿まであった。
エドワードは足を止める。
「……なんで源蔵達までついてくるのさ」
源蔵はいつもの穏やかな笑みを浮かべたまま、頭のタオルを軽く直した。
「ほっほっほ。別にいいじゃろう」
「よくないよ。僕は一人で動くつもりだったんだけど?」
すると花都が、あっけらかんと笑う。
「別にいいじゃん!」
「いや、よくないって言ってるんだけどね」
「だって私ちゃんたち、間羅のこと結構知ってるし。道案内くらいできるよ?」
「それなら治郎だけでも十分じゃないかい?」
「えー、私ちゃんもいたほうが楽しいじゃん!」
「君は遠足にでも行くつもりなのかい?」
花都はケラケラ笑う。
「まあまあ、細かいことは気にしない!」
その隣では、治郎がいつもの笑顔を浮かべていた。
「私も花都さんと同意見ですよ。人数が多いほうが、情報も集まりやすいでしょう」
「君までかい……」
エドワードが呆れたように息を吐く。
すると、大和が少し申し訳なさそうに口を開いた。
「俺も行く。夏芽を一人にしたくないから」
その言葉に、エドワードは夏芽を見る。
夏芽は黙っていた。
いつもの強気な表情はなく、どこか不安そうに前を見つめている。
自分の父親、鷹司。
二十三年前の事件。
そして、間羅で起きている不可解な出来事。
いくつもの問題が一度に押し寄せてきて、何から考えればいいのか分からなくなっているようだった。
エドワードはそんな夏芽を見て、少しだけ表情を和らげる。
「夏芽」
「……はい」
「そんな顔をするなよ」
「でも……」
夏芽は俯いた。
「私のせいで、みんなまで巻き込んでしまって……」
すると、源蔵が静かに口を挟んだ。
「夏芽」
「……はい」
「お前さん一人のせいではない」
穏やかな声だった。
夏芽が顔を上げる。
源蔵は笑っている。
「わしらが自分で来たんじゃ。誰かに無理やり連れてこられたわけではない」
「源蔵さん……」
「それにのう」
源蔵は夏芽の髪を見る。
そして、少しだけ目を細めた。
「……また増えたのう」
「え?」
「若白髪じゃ」
「……!」
夏芽が慌てて髪を押さえる。
大和も横から覗き込んだ。
「ほんとだ。前より増えてる」
「大和まで言わないでください!」
「いや、だって……」
「二人して私の髪を見ないでください!」
花都が吹き出した。
「相変わらずだねー、夏芽!」
「笑わないで!」
そのやり取りを見ていたエドワードが、わずかに口元を緩める。
しかし、美琳は周囲を警戒しながら歩いていた。
「……まあ、和んでる場合でもないけどね」
彼女の声に、全員の空気が少し引き締まる。
「この先、何があるかわからない。薬の件も、九条玄斎の件も、まだ何も片付いてないから」
ジンドウが低い声で続ける。
「だからこそ、固まって動く。勝手に離れるな」
「はーい」
花都が軽く手を上げる。
「俺も同意だ」
大和も頷く。
ロウは何も言わず、周囲を見回している。
すずらは夏芽の隣に近づき、柔らかく笑った。
「大丈夫ですよ〜。なっちゃん、一人じゃありませんから」
夏芽は少しだけ目を伏せる。
「……ありがとうございます」
エドワードはその様子を見てから、再び前を向いた。
「まったく……」
そして、小さくため息をつく。
「僕が蒼刃として動こうと思ったら、いつの間にか大所帯になってるじゃないか」
花都が笑う。
「いいじゃん! 大人数!」
「君は本当に緊張感がないねぇ」
「だって、仲間が多いほうが安心でしょ?」
その言葉に、エドワードは一瞬黙った。
そして、ほんの少しだけ笑う。
「……まあ、そういうことにしておこうか」
一行はそのまま、夜の間羅の街を進んでいった。
だが、その先に何が待っているのか。
誰にも、まだ分からなかった。
一行はしばらく歩き続けた。
夜の間羅は昼間とは違った顔を見せている。古い木造の家々が並ぶ通りには、所々に見慣れない機械が設置されており、淡い光を放っていた。
エドワードは歩きながら、周囲を注意深く観察していた。
「……妙だね」
美琳が反応する。
「何が?」
「人が少なすぎる」
エドワードが足を止める。
確かに、先ほどまで通っていた大通りとは違い、この辺りには人影がほとんどない。
花都が周囲を見回す。
「この辺、普段からこんな感じだよ」
「そうなのかい?」
「うん。まあ、夜だからってのもあるけどね」
治郎が静かに口を挟んだ。
「ですが、少し前まではこの辺りにも人の出入りがあったはずです」
「治郎?」
花都が振り向く。
治郎は笑顔のまま、道の端に設置された小さな機械を見つめていた。
「この装置、以前とは違いますね」
美琳が近づく。
「……ちょっと見せて」
美琳は片目のバイザーを起動させ、装置を調べ始める。
数秒後。
「……これ、監視用だ」
ジンドウが眉をひそめる。
「監視?」
「うん。ただの防犯装置じゃない。周囲の人間の動きを記録してるっぽい」
エドワードの目が細くなる。
「なるほどね」
夏芽が不安そうに装置を見る。
「じゃあ、私たちも……」
「すでに見られている可能性はあるね」
エドワードは淡々と言った。
「だったら、急いだほうがいいんじゃない?」
花都が刀に手を添える。
「そうだね」
源蔵も杖をつきながら周囲を見る。
普段の穏やかな笑顔は変わらない。
しかし、その目だけは鋭かった。
「……誰かおるな」
全員が動きを止めた。
大和が息を呑む。
「じいちゃん?」
源蔵は答えない。
路地の奥を見つめている。
「一人……いや」
少し間を置いて。
「二人か」
ロウが静かに前へ出る。
ジンドウもすぐに後衛へ回った。
「ロウ」
ロウが振り返る。
ジンドウは短く指示する。
「右」
ロウは頷いた。
美琳が反対側へ移動する。
「じゃあ私は左を見る」
すずらは夏芽の近くに残った。
「なっちゃん、こちらにいてくださいね〜」
「はい」
エドワードだけは動かなかった。
ただ、路地の奥をじっと見つめている。
やがて。
足音が聞こえた。
……コツ。……コツ。
ゆっくりと、こちらへ近づいてくる。
花都が小声で言う。
「誰?」
治郎は笑顔のまま答えた。
「さあ」
足音が止まる。
路地の奥から、一人の人影が姿を現した。
その人物は、一行を見るなり立ち止まった。
エドワードの手が、静かに刀へ伸びる。
夏芽は息を呑む。
「……誰なの?」
エドワードは答えなかった。
ただ、その人物を見ながら低く呟く。
「……僕たちを待っていたのかもしれないね」




