↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喫茶店ローズ  作者: 環状線在住送り犬
喫茶店ローズ第3章
PR
109/129

間羅の国編15話「まだ、終わっていない」

間羅の国の、とある古い屋敷。その一室には、アーサー、九条玄斎、霧島、沈博、紫鈴の五人しかいなかった。

部屋の空気は重い。

霧島は壁際に座り、煙草を咥えていた。白い煙がゆっくりと天井へ昇っていく。

向かい側では、アーサーがいつもの穏やかな笑みを浮かべていた。


「いやぁ……それにしても、アレクシアは本当に素晴らしい子だよね」


その声には、老人らしい柔らかさがあった。

だが、話している内容は異様だった。


「昔からそうだった。自分が何をすべきなのかを、自分で考えて決める。あの強いところも、少し困ったような顔をするところも……全部、僕はよく知っているよ」


アーサーは楽しそうに語り続ける。


「きっと今頃も、僕のことを探しているんじゃないかな。いや……違うかな。あの子は僕を嫌っているからね」


口ではそう言いながら、アーサーはニタニタと笑っていた。


「でも、いつかきっと分かってくれる。僕がどれだけアレクシアのことを大切に思っているのかをね」


霧島は煙草を灰皿へ押しつけた。

表情は変わらない。

だが、内心では明確な嫌悪を抱いていた。


(……反吐が出る)


アーサーの話を聞いているだけで、不快感が増していく。

霧島はアーサーを信用していない。

むしろ、心底嫌っていた。


アレクシア本人がどう思っているのかなど、この男には関係ない。

自分の中で作り上げた「アレクシア」という存在だけを見ている。

霧島はそれを理解しているからこそ、余計に気に入らなかった。

隣にいた紫鈴も、眼鏡越しにアーサーをじっと見ている。


「……聞いているだけで、頭痛くなるアル」


沈博がわずかに紫鈴へ視線を向ける。


「無理に聞くな」


「当然アル。こんな話、好きで聞いているわけじゃないヨ」


沈博はそれ以上何も言わなかった。

ただ、紫鈴が不快そうにしていることを察すると、自然に彼女の前へ少し身体をずらした。

そのときだった。

部屋の隅に座っていた九条玄斎が、ゆっくりと顔を上げた。

光の失われた灰色の瞳が、沈博のほうへ向く。


「……使えそうだ」


沈博の眉がわずかに動く。


「何がだ」


玄斎は答えない。

ただ、沈博を見つめながら、静かに続けた。


「あの男は……使えそうだ」


沈博は玄斎を見る。

その言葉の意味を測るように、しばらく沈黙した。


「……俺のことか?」


玄斎は答えなかった。

ただ、光のない目で見つめ続けている。

その視線に、沈博は明確な気味悪さを覚えた。

そして、無意識に紫鈴を庇うように一歩前へ出る。


「紫鈴。行くぞ」

「おや?もう行くアルか?」

「ここに長居する理由がない」


紫鈴はアーサーと玄斎を一度だけ見た。


「まあ、私も賛成ヨ」


二人が部屋を出ようとしたところで、アーサーが振り返った。


「じゃ、今日はここで失礼するね」


まるで何事もなかったかのような、穏やかな声だった。

アーサーは白いローブの裾を整える。


「また近いうちに会おう。まだ、話したいことはたくさんあるからね」


沈博は振り返らない。


「……そうか」


短く答えるだけだった。

霧島は黙って煙草を消す。

アーサーが部屋を出ていく。

その背中を見送りながら、霧島は低く呟いた。


「……あいつと長く話すと、ろくなことにならん」


九条玄斎は何も答えない。

ただ、閉じられた扉をじっと見つめていた。

やがて霧島は新しい煙草を取り出す。

火をつけ、煙を吐き出す。


「……厄介な奴らばかり集まったもんだ」


その声には、珍しくわずかな苛立ちが混じっていた。

九条玄斎は、誰にも何も告げなかった。


ただ静かに立ち上がる。


「……」


沈博が横目で見る。


「どこへ行く」


玄斎は答えない。

そのまま襖を開け、ゆっくりと外へ出ていった。

夜の間羅の街は静かだった。

古い町並みの中に、独自の機械設備から漏れる淡い光が点々と浮かんでいる。

玄斎はその中を、目的地があるのかないのか分からない足取りで歩いていく。


ふらり。ふらり。

足取りこそ不安定だったが、その身体には一切の無駄がない。

灰色の瞳には、相変わらず光がない。


「……」


玄斎は立ち止まった。

しばらく何もない路地を見つめる。


二十三年前の出来事。

鷹司を襲ったこと。

そして、今も続いている何か。

それらが頭の中にあるのかどうかすら、表情からは読み取れない。


やがて玄斎は、再び歩き始めた。

一方、屋敷の中。

沈博は玄斎が出ていった方向をしばらく見ていた。


「……あの爺さん、何を考えてる」


紫鈴が眼鏡を押し上げる。


「さあ? あの目を見ていると、何も考えていないようにも見えるアル」

「それが一番厄介だ」


霧島は煙草を咥えたまま、玄斎が消えていった扉を見つめていた。


「……放っておけ」

「ボス?」

「今のあいつを追う理由はない」


霧島は淡々と言った。


「ただし、何か起こしたら話は別だ」


沈博は短く頷く。


「……わかった」


その頃、玄斎はすでに屋敷から離れた場所まで歩いていた。

誰もいない道。

静かな夜。

玄斎は立ち止まり、遠くに見える間羅の街並みを眺める。


そして――


「……まだ、終わっていない」


誰に向けた言葉なのか。

玄斎自身にも分からないような、低い呟きだけが夜の街に消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。