↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喫茶店ローズ  作者: 環状線在住送り犬
喫茶店ローズ第3章
PR
107/129

間羅の国編13話「そろそろ、本題に入ろうか」

民家の中に、静かな時間が流れていた。

鷹司の呼吸が落ち着いたのを確認すると、花都はそれまでの砕けた表情を引き締めた。


「……そろそろ、本題に入ろうか」


その声に、部屋にいた全員の視線が花都へ集まる。

エドワードも鷹司の頭から手を離し、ゆっくりと姿勢を正した。アレクシアは黙って腕を組み、夏芽と大和は緊張した面持ちで花都を見つめる。


花都は一度、鷹司へ視線を向けた。

そして、重い口調で告げる。


「鷹司さんを襲った犯人は、もうわかってる」


夏芽の表情が強張った。

花都は、短く息を吸う。


「……九条玄斎よ」


その名前が出た瞬間。


「……え?」


夏芽の目が大きく見開かれた。

隣にいた大和も、驚愕に息を呑む。


「九条……玄斎?」


大和の声が、わずかに震えた。

夏芽は言葉を失ったまま、布団に横たわる鷹司を見つめる。

花都は二人の反応を確認しながら、静かに続けた。


「2人は知っていると思うけど……23年前に突然発狂して、32人。老若男女問わずに斬り殺した男だよ」


部屋の空気が、一気に冷え込んだ。


アンナが小さく息を呑み、オスカーは不安そうに視線を伏せる。エリオットとセドリックも表情を硬くし、ガブリエルは静かに鷹司へ目を向けた。


夏芽の手が、ぎゅっと握り締められる。


「……九条玄斎が……おじいちゃんを?」


その問いに、花都はすぐには答えなかった。

代わりに、治郎が穏やかな声で口を開く。


「墓参り中の鷹司さんを襲ったようです」

「墓参り……」


大和が呟いた。

治郎は眼鏡の奥の細い目をわずかに伏せる。


「鷹司さんが墓地を訪れていたところへ、九条玄斎が現れた。そこで襲撃を受けたと聞いています」

「聞いているって……治郎、現場を見たわけじゃないの?」


花都が横目で尋ねる。


「ええ。私が到着した時には、すでに戦いは終わっていましたから」


治郎はいつもの笑みを浮かべたまま答えた。


「鷹司さんは重傷を負い、九条玄斎はその場から姿を消していた」


夏芽は唇を噛み締めた。

二十三年前。

間羅の国を震撼させた事件。

突然、理性を失ったかのように人々へ刃を向け、三十二人もの命を奪った男。

その名は、夏芽にとって決して遠い昔の話ではなかった。


「……どうして、今になって……」


夏芽の声がかすれる。

大和は拳を握りしめ、俯いた。


「九条玄斎は、もういなくなったと思っていた。あの事件の後、ずっと……」

「私ちゃんたちも、そう思ってた」


花都は苦い表情を浮かべる。


「でも、違った。あいつは生きていた。そして、鷹司さんを襲った」


その言葉に、エドワードの瞳が冷たく細められた。


「……三十二人を斬り殺した男が、今もこの国のどこかにいる」


エドワードの声は静かだった。

だが、その静けさの奥には、鋭い殺気が潜んでいる。


「それで、鷹司を襲った理由は?」


花都は一瞬、口を閉ざした。

治郎の笑顔も、わずかに意味深なものへ変わる。


「それが……まだ、わかっていません」


治郎が答えた。


「九条玄斎が何を目的としていたのか。なぜ、墓参り中の鷹司さんを襲ったのか。そして、なぜ二十三年もの間、姿を隠していたのか」


治郎は、鷹司へ視線を向ける。


「その答えを知っているのは、おそらく……鷹司さんご本人でしょう」


部屋の全員の視線が、鷹司へ集まった。

鷹司は目を閉じたまま、静かに横たわっている。

やがて、ゆっくりと瞼を開いた。

琥珀色の瞳が、まっすぐに天井を見つめる。


「……九条玄斎か」


その名を口にした瞬間。

鷹司の表情から、先ほどまでの穏やかな余裕が消えた。

だが、それを治郎は遮るように口を開く。


「それに面白い話がありましてね。この国におかしな薬が流れているようです。23年前、突然現れたおかしな集団によって」

「おかしな集団…?」

「そうだよ。百花繚乱と治郎の調べで唯一わかったこと。本当にそれだけ…」

「はい。これで私たちの知っている情報はここまで」

「……おかしな薬?」


大和が聞き返した。

治郎は、いつもの穏やかな笑みを浮かべたまま、静かに頷く。


「はい。正確には、薬物と呼ぶべきかどうかも、まだ判断できていません。しかし、通常の薬とは異なる作用を持つものが、裏の取引を通じて流通しているようです」

「どんな作用なんですか?」


颯太が尋ねる。

治郎は少し考えるように黙った。


「そこまでは、わかっていません。入手した情報があまりにも断片的でしてね」


花都が腕を組み、ため息をついた。


「百花繚乱で調べても、手がかりが少なすぎるんだよ。薬の出所も、作ってる連中の正体も、はっきりしない」

「23年前に突然現れた集団」


アレクシアが、治郎の言葉を繰り返した。


「つまり、その集団が薬の流通に関わっている可能性があるということね」

「可能性の一つです」


治郎は眼鏡を指で押し上げる。


「ただし、確証はありません。薬が集団によって作られたものなのか、彼らが単に流通させているだけなのかも不明です」


エドワードは黙って話を聞いていた。

鷹司の横たわる布団。 九条玄斎の襲撃。 二十三年前の大量殺人。 そして、正体のわからない集団と薬。

それぞれの情報が、頭の中で静かに繋がっていく。


「……23年前、か」


エドワードが呟いた。


花都が彼を見る。


「気になる?」

「気にならないほうがおかしいだろう」


エドワードは、鷹司へ一瞬だけ視線を向けた。


「九条玄斎が突然おかしくなった事件も、薬の流通も、同じ時期に現れた集団も。偶然で片づけるには、少し話が揃いすぎている」


「私ちゃんも、そう思ってる」


花都の表情から、いつもの明るさが消えていた。


「でも、証拠がない。だから、今のところは何も断言できないんだよ」

「なるほど。珍しく慎重だね」

「珍しくって何さ」


花都が眉をひそめる。

エドワードは返事をせず、鷹司の方へ歩み寄った。


「鷹司」

「……何だ」


鷹司は目を開けた。

エドワードは布団の脇に腰を下ろし、低い声で尋ねる。


「君は、九条玄斎と再会した時、何か気づかなかったのかい?」


しばらく沈黙が続いた。

鷹司は天井を見つめたまま、ゆっくりと息を吐く。


「……あいつの目は、二十三年前と変わっていなかった。とても深い、底なしのような…いや、何もない空っぽの目をな…」


夏芽が身を乗り出す。


「おじいちゃん……」

「だが、あの時のあいつと今のあいつが、同じ人間なのか。それは私にも判断できん」


鷹司の声は落ち着いていた。

しかし、その言葉には重みがあった。


「九条玄斎は、私を斬る前に……妙なことを言っていた」


エドワードの目が細くなる。


「何と言った?」


鷹司はゆっくりと瞼を下ろした。


「……『まだ終わっていない』と」


部屋の空気が止まった。

夏芽は息を呑み、大和は拳を握りしめる。

花都は表情を険しくし、治郎の笑みも消えた。

エドワードだけが、静かに鷹司を見つめていた。


「まだ終わっていない……ね」


その声には、先ほどまでの怒気とは異なる冷たさがあった。


「だったら、終わらせればいい」


エドワードは立ち上がる。

アレクシアが、すぐに彼を見た。


「エドワード。勝手に動くつもり?」

「僕はいつだって勝手に動いているだろう」

「開き直らないで」

「はいはい」


エドワードは軽く肩をすくめた。

だが、蒼い瞳は笑っていなかった。


「……ただし、今回は少しばかり本気で調べる必要がありそうだ」


その言葉に、鷹司が小さく笑う。


「お前が本気になると、周囲が迷惑する」

「君が寝込んでいるせいで、僕の仕事が増えたんだよ」

「それは悪かったな」

「まったくだ」


エドワードは鷹司の頭を軽く撫でた。

そして、静かに付け加える。


「だから、さっさと治せ。君がいないと、ビリヤードの相手が減ってつまらない」


鷹司は目を閉じたまま、口元をわずかに緩めた。


「……それだけか?」

「それ以上、何を言えというんだい」


部屋の中に、ほんのわずかな笑いが生まれた。

しかし、その裏側で。

二十三年前から続く謎は、まだ誰にも知られない場所で動き続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。