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喫茶店ローズ  作者: 環状線在住送り犬
喫茶店ローズ第3章
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間羅の国編11話「少しくらい文句を言わせてもらうよ」

エドワードは刀を鞘に収めた。

しかし、怒りが収まったわけではなかった。

むしろ、静かになったことで、その場にいる全員が彼の機嫌の悪さをはっきりと感じ取っていた。


「さて」


エドワードは花都と治郎を見据える。


「さっきの続きをしようか」


花都の肩がわずかに跳ねた。


「え、まだ怒ってるの?」

「怒っているとも」


エドワードは微笑んだ。

その笑顔には、普段の軽さがまるでない。


「僕の孫娘に刃を向けたんだ。まさか、今の程度で許されたと思っていないだろうね?」

「いやいや、だから本気で傷つけるつもりはなかったんだって!」


花都が両手を上げる。


「私ちゃんたちは、あんたたちが敵かどうか確かめたかっただけ。ちょっと手荒だったのは認めるけどさ」

「ちょっと?」


アレクシアが冷たく言い返す。


「私たちに刃物を向けて、街中で襲ってきたのが?」

「……うん。言われてみると、ちょっとじゃないかも」

「反省しているようには見えないね」


エドワードが一歩踏み出す。

花都は反射的に身構えた。

その動きを見て、エドワードの目が細くなる。


「おい。まだやる気かい?」

「いや、違う違う! もう戦う気はないって!」


花都は慌てて両手を振った。

隣では、治郎が刀を納めていた。


「花都さん。ここは、こちらの非を認めるべきでしょう」

「治郎、あんたはあんたで、さっきから他人事みたいな顔してるけど?」

「私は事実を述べているだけです」


治郎は穏やかに笑う。


「それに、私もあなたと同じように攻撃しましたから」


エドワードは治郎へ視線を向けた。


「君も、ずいぶんと落ち着いているね」

「そうでしょうか?」

「僕の刀を受けて、まだ笑っていられる人間は珍しいよ」

「それは光栄です」

「褒めていない」


エドワードの声が低くなる。

治郎の笑顔が、ほんの少しだけ薄れた。

夏芽はその様子を見ながら、緊張した面持ちで立っていた。


「エドワードさん……」

「夏芽」


エドワードは彼女を見る。


「怪我は?」

「私は大丈夫です」

「本当に?」

「はい」


エドワードは夏芽の腕や肩を目で確認する。

それから、大和へ視線を移した。


「君は?」

「お、俺も大丈夫です!」


大和は慌てて背筋を伸ばした。

しかし、先ほど治郎の攻撃を受け続けた腕は、まだわずかに震えている。

エドワードはそれを見逃さなかった。


「……無理をするな。強がりは、怪我をしてからでもできる」

「はい……」


大和は素直に頷いた。

花都がその様子を見て、少し気まずそうに頭を掻く。


「……悪かったね。大和」


大和が顔を上げる。


「花都姉ちゃん……」

「まさか、あんたがまだ剣を握ってるとは思わなかったよ。いや、握ってるだけで精一杯だったけど」

「そこは言わなくていいだろ!」

「でも、逃げなかったのは偉いじゃん」


花都は明るく笑った。


「昔から、逃げないところだけは変わらないね」


大和は複雑そうな顔をした。

エドワードは二人のやり取りを見て、わずかに眉を上げる。


「……知り合いなのかい?」

「幼馴染だよ」


花都が答えた。


「夏芽も大和も、私ちゃんが小さい頃から知ってる。まあ、夏芽は昔から強かったけどね」


夏芽は少し視線を逸らした。


「花都さんも、昔から無茶ばかりでした」

「えー? 私ちゃんは今も無茶してるけど?」

「自慢することではありません」


セドリックが静かに突っ込む。

花都は笑ったあと、改めてエドワードたちへ向き直った。


「じゃあ、ちゃんと自己紹介するね」


花都は胸に手を当て、堂々と名乗った。


「私は花都。百花繚乱っていう自警団の団長をやってる。間羅の国では、それなりに名前が知られてるほうかな」

「自分で言うんだねぇ」


アルフレッドが口を挟む。


「だって本当のことだし?」


花都は悪びれずに笑う。


「それと、夏芽と大和の幼馴染。二人のことは昔から知ってるよ」


続いて、治郎が一歩前へ出た。


「私は山野治郎。山野家の現当主であり、剣術家です」


治郎は穏やかに頭を下げた。


「先ほどは突然の襲撃、失礼いたしました」


エドワードは腕を組んだまま、治郎を見つめる。


「失礼で済ませるには、少し物騒だったけどね」

「おっしゃる通りです」


治郎はあっさりと認めた。

その態度に、エドワードの眉間にわずかな皺が寄る。


「……君は、本当に読めない男だね」

「よく言われます」

「嬉しそうに言うことじゃないよ」


花都がため息をつく。


「治郎はいつもこんな感じ。笑ってるけど、何考えてるのか分かんないんだよね」

「花都さんも、私のことをよく観察していますね」

「警戒してるだけだよ」

「それは結構なことです」


二人の会話を聞いていたエドワードは、深く息を吐いた。


「それで?」


エドワードの声が再び冷たくなる。


「自己紹介が終わったところで、僕たちを襲った理由を聞かせてもらおうか」


花都と治郎は顔を見合わせた。

先に口を開いたのは花都だった。


「……鷹司さんのことを話したい」


夏芽の表情が変わる。


「おじいちゃんのことを?」

「そう」


花都は真剣な顔になった。


「鷹司さんは、今も生きてる」


夏芽が息を呑む。


「……本当ですか?」

「うん。ただし――」


花都は一度言葉を切った。


「かなり危ない状態だよ」


広場の空気が重くなる。

エドワードの瞳から、さらに温度が消えた。


「……どこにいる?」


花都は周囲を確認してから、声を落とした。


「ここから少し離れた場所にある、小さな民家。そこで治療を受けてる」

「案内しろ」


エドワードは即座に言った。


「今すぐ」

「分かった。でも、覚悟はしておいて」


花都の声が低くなる。


「鷹司さんは、かなりの重症だから」


エドワードは返事をしなかった。

ただ、アレクシアたちを振り返る。


「全員、僕の後ろから離れないように」

「エドワード」


アレクシアが声をかける。


「分かってるわ。今度は勝手に先に行かないで」

「……善処するよ」

「それ、守る気がない人の返事よ」

「大丈夫だよ。僕は正直者だからね」


アレクシアは呆れたように息を吐いた。

その間にも、夏芽は拳を強く握り締めていた。


「……おじいちゃん」


大和が隣に立つ。


「夏芽。俺も行く」

「大和さん……」

「今度は、ちゃんと役に立つから」


夏芽はしばらく黙っていたが、小さく頷いた。


「……はい」


花都が先頭に立ち、治郎がその隣を歩き始める。

一行は広場を離れ、入り組んだ路地を進んでいった。

間羅の国の華やかな街並みから離れるにつれ、建物は少しずつ古くなっていく。

やがて、花都が足を止めた。


目の前にあったのは、周囲の家々よりもさらに小さな民家だった。

壁には補修の跡があり、軒先には乾かされた布や薬草が吊るされている。

入り口には、簡素な見張り用の機械が設置されていた。

エドワードはそれを一瞥する。


「……ここか」

「うん」


花都が扉に手をかける。


「中にいるよ」


扉が開く。

室内には、薬草と血の混じったような匂いが漂っていた。

アンナが思わず口元を押さえる。


「……っ」


エリオットが彼女の肩に手を添えた。


「アンナさん、無理に近づかなくても大丈夫ですよ」

「でも……」


室内の奥。

簡素な布団の上に、一人の老人が横たわっていた。

白い髪は乱れ、顔色は悪い。

身体には包帯が巻かれ、胸元はゆっくりと上下している。


かつて剣士として名を馳せた男とは思えないほど、弱々しい姿だった。

夏芽の足が止まる。


「……おじいちゃん?」


返事はない。

夏芽は震える足で、一歩ずつ近づいていく。


「おじいちゃん……」


その声に、布団の上の老人の指がかすかに動いた。


「……なつ、め……?」


夏芽の瞳が大きく開かれる。


「おじいちゃん!」


駆け寄ろうとした夏芽を、花都がそっと制した。


「待って。まだ動かさないで」

「でも……!」

「傷が深いんだ。今、無理に触ったら危ない」


夏芽はその場で立ち止まり、唇を震わせた。

鷹司はゆっくりと目を開く。

焦点の合わない瞳が、夏芽の姿を探す。


「……来て、しまったのか……」

「おじいちゃん……どうして……」


夏芽の声が震える。

鷹司は答えようとした。

だが、喉から漏れたのは苦しげな息だけだった。

エドワードは黙って鷹司を見つめていた。

そして、ゆっくりと布団のそばへ歩み寄る。


「……鷹司」


鷹司の目が動いた。


「……エド、ワード……」

「久しぶりだね」


エドワードは静かに言った。

しかし、その声には抑え込まれた怒りが滲んでいた。


「ずいぶんと派手にやられたじゃないか」


鷹司はかすかに笑おうとする。


「……お前は……相変わらず……口が悪い……」

「君に心配をかけられたからね。少しくらい文句を言わせてもらうよ」


エドワードは鷹司の傷を確認する。

表情は冷静だった。

だが、握り締めた拳には力がこもっていた。


「誰にやられた?」


室内が静まり返る。

鷹司は答えようとした。

しかし、その前に源蔵が低い声で言った。


「……エドワード」

「何だい?」

「今は、まだ聞くな」


エドワードは源蔵を見た。


「……また、それか」


穏やかな声。

それでも、誰もが分かった。

エドワードは、まだ怒っている。

そして今度は、アレクシアたちに向けられたものではない。

鷹司を傷つけた何者かへ向けられた、静かで冷たい怒りだった。

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