二章・8
家に帰って、テレビを見て、本を読んで、ゴロゴロして、そして晩御飯を食べて、風呂に入り、風呂から上がると、一通のメールが届いていた。
『今日は急に帰っちゃってごめんね。実は……急に生理が来ちゃったんだ!! 今度出かけるときは周期をちゃんと調整するねっ!』
……高三男子がこれになんて返せばいいんだ。
『とりあえずお金は今度返すから』
これだけを送り、僕は電気を消してベッドに入り布団をかぶった。その中で僕は、今日のことについて考えた。
そう言えば、僕は今まで誰かと休日を過ごすことはめったになかった。たまにクラスの人たちと出かけることがあったとしても、それはそれは気を遣う。そういう日は学校にいるときと同じだから。
そういう日は帰った後、嫌な疲れが体に残った。
だけれど今日は、そういった疲れは全然なかった。いや、まあ彼女の相手をしたんだから疲れはしたんだけれど。
気持ちよく遊んだあとの疲れだ。心地よい疲れだ。
もしかしたら、普通に友達と過ごす休日ってこういうものなのかもしれないと、ふと思った。
また、誘われるのかな。まあ、嫌じゃないんだけれど。
悔しいことに、楽しくないわけではなかったから。悔しいことに。
○
休みが明けた月曜日。
登校すると昇降口で須藤君が声をかけてきた。
「よう翔太郎」
「おはよう、須藤君」
「ああ、えっとよ、この前のことはこれで頼むわ」
彼はそう言うと口の前でバッテンを作った。
「お口ミッフィーちゃん? わかってるよ。誰にも言わない」
言う必要がない。そんなことでクラスの中の語り部になりたくないし。正直興味ないし。
「へへ、サンキュー」
彼は白い歯を見せて笑い「俺部室よってくから」と言って部室棟の方に歩いて行った。
僕は今日提出の宿題を優に見せるという仕事があるので教室に向かった。優に宿題を見せると、お昼ご飯にパンが一つ増える仕組みとなっている。
教室のドアを開けると、そこにはいつも通りのクラスメイト達の姿があった。
その中には当然、幡宮の姿もあった。
おととい突然姿を消したわけだけど、ちゃんと彼女は学校に来ていた。
幡宮は自分の席で静かに本を読んでいた。彼女と取引をするまでは、あれが彼女のすべてだと思っていた姿。
「優、今日のノート」
僕は席に座っていた優にノートを渡した。
「おう、悪いな。もう全然わからないんだよ。一応自分でやってはみるんだけどな」
「それは困る。優が宿題を自分でやったらお昼が少なくなる。今日はメロンパンでいいよ」
「はあ、百円もするじゃん」
「宿題見せてあげてるんだから、むしろ安いくらいだと思うんだけど」
そんな軽口を叩き合って、僕は自分の席に着いた。
幡宮は、友人とこんな会話をしたりはしない。しているところを見たことがない。
だけれど、できないわけじゃないと思う。現に僕とはできていたんだから。
とりとめのない話を、できていた。
ふと、僕は疑問に思った。
どうして彼女は、誰かと仲良くなっていないのだろう、と。
人見知りということはあり得ないと思う。それはこの前のことでよくわかっている。最初に話しかけてきたのはあっちだし。
よくしゃべり、よく笑う。そういう人には、自然と人が集まるんじゃないだろうか? たとえば優なんかはそういうタイプの人間だ。
ああ、でも、彼女は教室ではしゃべらないし、笑わないな。
学校の外でしか、彼女は笑顔を見せないし、声も出さない。
やっぱり小さい頃、体のことでいじめられていたから、それで他人とのかかわりを拒んでいる? でも障害に対して甘えたくないとか言っていた彼女が、素直に、というとおかしいけど、黙っていじめられていたんだろうか? 僕の中にある彼女のイメージだと、問答無用で反撃していそうなんだけど。それに、彼女はなんだかんだで人との会話を好んでいる節があるのに。
僕の思考が、ぐるぐる、ぐるぐる、まとまらない。
それは授業が始まってからも続いていた。
どうして僕が幡宮のことでここまで頭を使っているのか、正直自分でもわからない。
でも、考えることをやめることも、できなかった。