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二章・7

 バスで駅前まで戻ると、僕たちはお昼を食べられるところを探して歩いていた。


 「どこがいいかなあ。ねえねえ、君は何が食べたい?」


 「安いところがいいな」


 「あはは! どーいー」


 幡宮も同意してくれたことなので、僕たちは緑色のファミレスに入った。基本的に五百円以下で何でも食べられるここは、僕たち高校生の財布に優しい。

 お昼時だったけれどそれほど混んではおらず、僕たちはすぐに席に着くことができた。僕の席の後ろにはおなじみの大きな絵画が掛けられている。


 僕はパラパラとメニューをめくり品定めして、注文するものを決めた。僕はこういうときはあまり悩まない。今まで食べたことのあるものを注文するだけだ。

 代わり映えのしたものは頼まない。普通が一番。いつものが一番。


 だけれど僕の正面に座る彼女は、やはり僕とは違った。


 「うーん、これはこの前食べたしなあ。これにしようかなあ……。でもこっちもおいしそうなんだよなあ。うあーん、どおうしよっかなあ!」


 彼女の顔が隠れてしまうほど大きなメニューを何度も行ったり来たりしながら彼女は悩んでいた。


 「僕はもう決めたんだけど、ボタン押してもいいかな?」


 「や、ちょっと待ってよお。わたしまだ決めてないからさあ」


 「じゃあ店員さんが来る前に決めてね」


 「え?」


 僕は彼女の疑問の声は聞かず、ボタンを押した。


 「なっ!? え、ちょっとお!」


 「ほら、早く決めなよ」


 「悪魔だなあ、君は」


 君に言われたくないよ。

 できる店員さんは僕たちをまったく待たせずに注文を聞きに来てくれた。


 「お待たせいたしました。ご注文をお伺いいたします」


 「ミラノ風ドリアを一つ。ほら、君」


 「あ、えっと、それじゃあ……」


 幡宮はミックスプレートとライス、そして小エビのサラダと辛味チキンを頼んだ。

 ……多いな。けっこうしっかり食べるんだな。彼女の体は普通の女の子と同じくらいか、むしろ少し小柄に見えるんだけど。


 「あ、それとわたし腕こんなんなんで、ミックスプレートと辛味チキンは食べやすいように切っといてもらっていいですかあ?」


 「はい、かしこまりました」


 彼女の聞きなれない注文にも、店員さんは笑顔で応対した。


 「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」


 「はあい」


 「それでは少々お待ちくださいませ」


 店員さんはそう言って去っていった。


 「…………仕返しのつもり?」


 その後彼女は恨みがましい目で僕を見てきた。


 「何のこと?」


 「ボタンをさっさと押したことだよお。わたしが君をからかった、その仕返しのつもりかい?」


 「違うよ。ああでもしないと君はいつまでも決めかねていそうだったから、善意で押したんだよ」


 「うっそだあ、うっそだあ! まったくう、おかげで前来たときとほとんど同じものを頼んじゃったよお。他のも食べたかったのにさあ」


 「いやいや本当だよ。それにしても君はよく食べるね。大食い?」


 「そういうわけじゃないんだけど、食べられるときに食べておかないと、正直持たないからねえ」


 「ああ、そっか」


 そうだった、そうだった。


 彼女は、そうだった。


 しばらくすると、幡宮が頼んだサラダとチキンが運ばれてきた。


 「それじゃあ、お先にいただきまーす」


 そう言って幡宮はサラダをフォークでかき込み、そして、骨を取られて小さめに切られた辛味チキンを、まだサラダが口に残っているだろうに、強引に口に詰め込んだ。


 「食べ方がすごいな。ご先祖はクジラ?」


 「もみゅうるいまふぁらほうふぁも…………うっ、うぐっ!」


 すると突然、彼女は顔を青ざめさせた。


 「ああ、もしかして喉に詰まった?」


 僕が聞くと彼女は涙目で首を縦に振った。


 「水持ってこようか?」


 幡宮が何度も首を縦に振ったので、僕は席を立ち、水を取りに行った。ここで水を持って来てあげないとか、そんな無駄ないじわるはしない。するならもっとほかのところでする。


 あんな一気にかきこむからだ、と、呆れながら水を汲んでいると、トントンと肩を叩かれた。


 「え?」


 「あ、やっぱり翔太郎じゃんか。何してんの、こんなところで」


 そこにいたのは僕のクラスメイトの須藤君だった。彼は元気で明るいんだけど、少し不良みたいなところがある。先生にも突っかかるし、運動部に所属しているんだけどあまり練習に参加していないといううわさを聞いたことがある。正直、苦手だ。


 それにしても、まさか、クラスメイトと鉢合わせになるなんて。僕はどうしたものかと悩んだ。そう言えば入る時に確認しなかったな。ミスだ。僕のミスだ。


 「誰かと来てんの?」


 正直に答えるわけにはいかない。


 女子と二人きりで出かけていることでさえ、クラス内では目立ってしまうことなのに、よりにもよって相手は幡宮だ。幡宮と休日に一緒に出かけているなんて知られたら、来週から僕の高校生活がどうなるか、わかったもんじゃない。


 「えっと、僕は一人なんだけど、ちょっと……えっと、用事があって。須藤君は?」


 と、聞きながら、僕はちらりと幡宮のいる方をうかがった。


 だけど。


 「ん、俺? 俺はその、誰にも言わないでほしいんだけどよ、実はS高の女子と付き合ってて……」


 その後も彼の話は続いていたんだと思うけど、僕の頭には入ってこなかった。


 なぜなら、幡宮がいなくなっていたからだ。


 席から、いなくなっていた。


 忽然と、消えていた。


 「ところでお前はどこに座ってたんだ? 気づかなかったんだけどよ」


 「あ、えっと、あそこなんだけど」


 僕は目でその場所を指した。


 たしかに僕はさっきまであそこに座っていて、それでその向かいには幡宮も座っていたはずなんだけど。


 「うお、すげえ量食うんだな、お前」


 僕が席をはずしている間に料理が全部運ばれてきたのだろう。僕と幡宮が注文した分の料理がテーブルの上に並んでいた。


 だけどそこには、それを注文したはずの人がいなくなっていた。


 「ちょっとー、ケンー、なにしてんのー?」


 「おう今戻る。わりぃ、彼女に呼ばれたから、またな!」


 「う、うん、また」


 須藤君は手を振ると自分の席に戻っていった。


 そこには、なんて言うか、少しやんちゃな雰囲気の女の人がいた。正直得意ではないタイプだ。


 僕は水を持って自分の席に戻った。二つのグラスを持って戻った。

 そこにはやっぱり幡宮の姿はなかった。もしかしたらと思いテーブルの下を覗いてみたけど、そこにも幡宮はいなかった。


 ただその代わりに、テーブルの上には注文した分の料理と、それと千円札が二枚置かれていた。


 ……もしかしたら、僕が水を持ってくるのを待ちかねてトイレに行ったのかもしれない。


 そんなことを考えてしばらく待ってみたけれど、いつまでも幡宮は戻って来なかった。


 『どこ行った?』とメールを送ってみたけれど、返信は来なかった。


 仕方がないので僕は少し冷めてしまったテーブルの上の料理を全部食べ、会計を済ませて店を出た。小さく切られた肉料理は食べやすかったので、今度来たときは僕ももしそうしてもらえたら、してもらおうかなと思った。


 僕は重たいお腹をさすりながら駅の方に向かった。

 その道中も幡宮の姿を探してはみたけれど、見つからなかった。


 どうしようもなくなったので、『僕はもう帰るよ』というメールを幡宮に送り、自分の家の方に向かう電車に乗って帰った。


 電車に乗っている間も何度かメールをチェックしてみたけど、幡宮からの連絡はなかった。

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