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三章・1

 平日が普通に、なんの問題もなく過ぎ去っていき、平穏な時間が過ぎ去っていき、僕は週末を迎えた。


 そして、幡宮からのメールが届き、平穏な日常の終末も迎えた。


 僕がそう思ったことを素直に彼女に伝えると、彼女は不満そうに言った。


 「失礼だなあ、君は。誰が『終焉をもたらす者』なの?」


 「誰もそんなかっこいい名前で呼んじゃいない」


 「これをかっこいいと思える君の感性について小一時間ほど話し合いたいんだけど? もしかして君の部屋のタンスの中に、真っ黒なロングコートと指貫グローブとかあったりしない?」


 「ないよ」


 「あ、そうだ。今度吉野家にお宅訪問しよう」


 「牛丼チェーン店に訪問するの? それは企業見学とか?」


 「わたしは『や』じゃなくって『け』って言ったんだけどなあ」


 「と言うか僕たちはいったいいつまでこんな不毛な会話をしているの? 早朝の駅前で」


 メールで僕は日曜日の早朝に駅前に呼び出された。始発も動いていない時間だ。おかげでまだ眠たい。


 ちなみに、この前僕は待ち合わせ時刻の十五分前に来たんだけど、幡宮は僕より先に来ていた。なんだか悔しかったので、今日は三十分前に来てみたんだけど、彼女は先に来ていて、僕を待っていた。行動が早すぎる。社会人か。


 「女子高生だよお」


 「知ってるよ。で、今日もまたどこか適当に向かうの?」


 「いや、今日はちゃんと目的地があるよお。ちょっと遠いんだあ」


 幡宮の話によると、どうやら今日は県を二つまたいだところに行くらしい。なかなかの遠出ではないかと思う。

 始発で行かないと間に合わないからこの時間に待ち合わせたそうだ。


 何があるのか聞いてみたけれど、案の定彼女は答えてくれなかった。ニタニタと、意味ありげに笑うばかりだ。なんだその顔は。腹立つな。


 僕と幡宮は駅で切符を買った。特急券だ。しかも彼女の体のことも会って指定席を取った。ちょっと財布に痛いけど、まあ仕方がない。鈍行では間に合わないんだそうだ。


 「わたしはこういうとき安くなるんだよねえ」


 彼女は障害者手帳を持っているので、普通乗車券の分が半額になっていた。


 「どう? うらやましい?」


 「うらやましくなんかないよ」


 それをうらやましいと思うのは、なんか違うだろ。


 「あはは! そっかあ。まあ正直わたしとしては普通の料金でもいいんだけど、向こうが気ぃ使って聞いてくるからさあ。ああそうだ、言わなかったけど、吉野くんを介護者として扱えば君の運賃も半額になったんだよ」


 「なんでさっき言わなかったんだよ。なんで買ってから言うんだよ。さっき言えよ」


 高校生の金銭事情は常にギリギリなんだぞ。


 「だってえ、この前君はわたしを障害者として扱わないって言ったじゃん」


 「言ったけどさ」


 「お金にうるさい男はモテないぞお」


 「うるさいな」


 余計なお世話だ。


 「はあ、まあもういいや。君の介護なんてしたくないし」


 「あっはっは! わたしも君に介護されたくなあい」


 珍しく両者の意見が一致した。


 僕たちは改札を抜けてホームに移動し、電車が来るのを待った。


 「あ、そうだ。はい、これ」


 僕はお金の話で思い出して、彼女に二千円を差し出した。


 「んんん? なあに、これ? 買春? わたしは二千円じゃ買えないなあ」


 「ち、違う! 朝っぱらから何言ってんだ、君は。メールでも言っただろ。先週ファミレスに置いて行ったお金返すって」


 「ええ? いいよ、そんなの。勝手にいなくなったのはわたしだし」


 しかし彼女は受け取ろうとしなかった。


 「でも実際に食べたのは僕だ」


 「え? もしかして自分の分とわたしの分全部食べたの?」


 彼女は驚いたように言った。僕はふと、彼女のこういう普通に驚いた顔は珍しいなと思った。


 「まあ、うん。残すのもったいないと思ったし」


 「……君は意外と真面目ないい人なんだねえ」


 「馬鹿にしてんの?」


 「してないよお。本心だよお」


 「とにかくお金は返すから。ほら、受け取って」


 「うーん、でもなあ。……あ、そうだ! わたしが返してって言ったらさあ、その時返してよ。それまでは持っててよお」


 「え、なんでだよ? 意味わかんないよ」


 「まあまあまあ、いいからいいから。ほら、電車来たよ」


 彼女の言う通り、ホームに電車が入ってきた。


 なんだか釈然としないけれど、彼女が受け取ってくれないなら仕方がない。


 こんなところで押し問答してもしょうがないので、僕はいつか必ず返すと決めて、お金を財布にしまった。


 電車に乗って座席を探し、僕たちは座った。僕が通路側。幡宮が窓側だ。車内は早い時間だからか空いていて、僕たちのほかには三人くらいしか座っていなかった。


 発車メロディーが鳴り、ゆっくりと電車が動き出す。


 「……ねえ吉野くん、窓側がよかったりする?」


 突然、幡宮がそんなことを聞いてきた。


 「別にどっちでもいいけど、なんで?」


 「いや、別に何でもないけどさあ」


 そう言うと彼女は窓枠に肘をついて、流れる景色に顔を向けた。


 なんだったんだ、急に。


 らしくないと、そう感じた。


 幡宮ならむしろ、窓側は譲らんわ! みたいに言うんじゃないだろうか?


 「吉野くん、何か失礼なこと思ってない?」


 「いや、まあ、うん」


 「正直だなあ」


 彼女はそう言って呆れたように笑った。


 「だって、急に君が、なんだか変に僕に気を遣ったから」


 「わたしだって、たまにはそういうこともあるんじゃない?」


 自分のことなのに、彼女の語調は疑問形だった。


 「まあいいじゃん、そんなこと。それよりもさあ、わたしお菓子持ってきたんだあ。食べたい?」


 誰が見てもわかるように、彼女はごまかして違う話題を振ってきた。


 これ以上は、触れてほしくないんだろう。


 なら僕は、彼女の内面に深く立ち入ったりしない。友達や恋人じゃ、ないんだから。


 「……バナナはあるの?」


 「バナナはおやつに入りませーん」

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