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三章・4

 明日は月曜日なので、学校がある。授業がある。だから今日中には帰らないといけない。

 僕と幡宮は体育館を出るとすぐにバスに乗り、駅を目指した。


 「この時間なら九時くらいには帰れそうだねえ」


 幡宮は携帯電話を操作しながらそう言った。


 「晩御飯はどうする? 食べて帰る?」


 「君が急にいなくならないならどこかで食べて帰ろうかな」


 「それはどうだろうなあ。魔法が解けたら帰らないといけないからなあ」


 「十二時までにはさすがに僕も帰るけどね」


 そんな話をしながらバスに揺られること数十分。僕たちは今朝来た駅に戻ってきた。


 ここでも彼女は僕に正規の料金を払うことを強要し、自分は少し安い料金で切符を買っていた。公平か不公平かは、判断の分かれるところであると思う。


 「来週からしばらくは、遠出は無理だよ」


 「なんでえ?」


 「お金がないからだよ」


 「おごってやろうかあ?」


 「嫌だ。それよりも二千円受け取れよ」


 「まだやだねえ」


 いつになったら彼女は僕に借金を返すことを認めるのだろうか? というか、そもそも借金じゃなくて彼女に押し付けられたようなもんなんだけど。僕がしているのは借金じゃなくって貸金、いや、貸され金なのか。


 それから僕たちは自分たちの暮らす県に帰る電車に乗った。来たときと同じで、彼女が窓側。僕が通路側。


 僕はどこかに遊びに出かけて行くときの移動の時間が好きだ。何かが待っているって思えるし、それにその時点では、まだまだ楽しいことは終わっていないから。


 だけど反対に、帰りの移動の時間が少し苦手だ。楽しい時間が、一秒ごとに無くなっていく感じがするから。進行形で終わっているから。寂しい気持ちになってしまう。


 だから僕は、感傷的になっていたんだろう、こんなことを彼女に聞いた。


 直接彼女の顔を見ながらは聞けなかったから、自分の手元に視線を落として。


 「……ねえ、どうして君は学校で誰とも話さないの?」


 「…………」


 「僕と話しているみたいに誰かと話してみれば、誰か気の合う人が見つかるかもしれないじゃないか」


 「…………」


 「そりゃあ、君はなんだか言動とかがちょっとアレかもしれないけれど、それでも僕とみたいに普通に話せる人がきっといるよ」


 「…………」


 「僕は……その……勝手かもしれないけど、君に誰かと仲良くなってほしいと、思うんだけど」


 「……すぅ」


 「へ?」


 横を見ると、彼女は目をつむり、寝息を立てていた。いや寝てるんかい。まあ、長い移動とか試合の観戦で疲れたんだろう。


 僕はさっき言ったことを思い出し、少し顔が熱くなった。


 なんだか妙なテンションで変なことを言っていたかもしれない。僕らしくもない。誰かの深いところに関わろうとするなんて。


 そう考えると、幡宮が寝ていたことはむしろ良かった。

 誰かに僕の本音を聞かれなくてよかった。


 本音と言うのはその人にとっての弱点になりうる。人気者やクラスの中心の存在は本音を垂れ流してもダメージはない。なぜなら反撃が可能だから。


 だけれど僕みたいに人気者の陰で自分を取り繕って毎日を生きているようなやつは、本音なんか言ってしまったら、特にそれがクラスや学校の風潮に反するような本音だったら、排斥されてしまう。ちょうど戦時中の言論弾圧みたいに。


 僕らは一つ一つの発言に気を遣う。毎日を平穏に過ごすために。


 『空気』に書かれた台本を正確に読みとって、教室や学校という舞台の上で上手に発言する。それができなかったり沈黙したりすると、舞台から降ろされる。横で寝ている彼女のように。


 「……ううん」


 するとその舞台の外にいる彼女は、電車に揺られてか徐々に体勢を崩していき、とうとう僕の肩に頭を乗っけてきた。


 僕の心臓が一瞬、爆発しそうなほど鳴ったけれど、僕はこれまでのことを思い出して冷静になった。


 「ねえ、君。そういうのはいいから。もうそんなからかいじゃ動揺しないよ」


 僕は彼女の心を見透かしてそう言ったけれど、彼女は僕の言葉には反応せず、ただ穏やかな寝息を立てていた。


 「君、狸寝入りしているの? そういうのいいから、早く頭をどけなよ」


 だけど彼女から依然反応はなかった。ただ僕の肩から彼女の体温や重みが僕の脳に伝わってきて、僕の鼻から彼女の匂いが僕の脳に伝わってきて、僕の脳が処理を放棄したみたいにぼうっとしてきた。いかん、いかん、気を確かに。


 彼女は本当に寝ていた。だけれど僕に体を預けてきてくれている。それは寝ている状態での無意識のことなのかもしれないんだけど、それでも僕は少しうれしく感じた。


 彼女はとうとう降りる駅までまったく目を覚まさず、ずっと僕の肩に頭を置いていた。起きた時、彼女は自分が僕の肩を枕にしていたなんて気づいていない様子だった。僕は彼女を起こさないようにと、体をなるべく動かさないようにしていたので、少し体が痛くなった。


 目を覚ました彼女は猫のように気持ちよさそうな伸びをすると「よく寝たあ」と言った。勝手なもんだ。


 「これは夜寝なくてもいいかも」


 僕と彼女は電車を降りたあと、駅の中の立ち食いそば屋で夕食を食べた。久しぶりに食べた駅の安いそばは、お腹の奥の方から僕の体を温かくしてくれた。


 食べ終わった後僕たちは駅の前で解散をした。


 「じゃあまた」


 「うん、またねえ」


 そう言って互いが後ろを向いて自分の家に帰ろうとしたとき、後ろから「あ、そういえば」と言う彼女の声が聞こえた。


 振り返ると、少し遠くで彼女は意地悪そうな笑顔で立っていた。もうそれだけで嫌な予感しかしない。


 「何?」


 「君の枕、よく眠れたよお。ありがとねえ」


 そう言って彼女は「あはは! ばいばあい」と言ってすたすたと夜の中に消えて行った。


 ……気づいていたのかよ。


 気づいていて僕の肩に頭を置いていたのかよ。


 僕はそれから家に帰って風呂に入って部屋のベッドにもぐりこむまで、ずっと魂が抜かれたような状態だった。

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