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三章・3

 音のした方を見ると、車いすが選手ごと横転していた。


 「な、何が?」


 「接触したんだよお。ゴール下は特に激しいんだよねえ」


 倒れた選手は人に手伝ってもらいながら起き上がると、何事もなかったように試合に戻っていった。いやいや、大丈夫なのかよ。


 よく見てみると、選手の車いすどうしはガシャガシャと激しく何度もぶつかりあっていた。特にゴールの下は本当に激しい。


 「ああやってポジションを保とうとするんだあ。あれが車いすバスケの魅力だったりするんだよねえ」


 「あ、あんなにぶつかって車いすは壊れたりしないの?」


 なんかもう、軽い事故みたいなぶつかり方をしているけど。


 「けっこう頑丈にできてるからねえ。そうそう壊れたりしないと思うよお」


 「そうなんだ……」


 「わたしがさっき、修羅の世界の人って言った意味わかったでしょお?」


 「うん、十分わかったと思う」


 彼らは息を切らし、大量の汗を流しながら、全力で車いすを動かしゴールを目指す。時には激しい接触で転倒もするけれど、すぐさま起き上がって走り出す。


 「見てるイメージの何倍も疲れるんだよお、あれって。わたしも一度車いすに座らせてもらったことがあるんだけど、もうホント、少し走っただけで腕がくたくたになっちゃった」


 まあ片方しかこげないからくるくる回っちゃうんだけどねえ、と彼女は言ったけど、僕はそれに対して何かを言うことはできなかった。


 今までみたいに、不謹慎だろ、みたいなことは言えなかった。言っている余裕が、その時の僕にはなかった。


 飲みこまれていた。目の前で行われている試合の迫力に。


 圧倒されていた。


 ここに来る前に想像していた試合のイメージと実際の試合は、かけ離れていた。


 それからどれだけ経ったのか。気がつけば試合は終わっていた。

 時間の感覚がなくなるほど、僕はその試合にのめり込んでいた。


 試合の終わりを告げるブザーが鳴った後、僕は初めて自分がこぶしを握り締めていることに気がついた。それを解くのに、少し時間がかかった。


 「ねえ、すごかったでしょお。驚いた?」


 試合が終わって観客の人がちらほらと帰り始めたとき、幡宮は得意そうに言った。幡宮が得意げになっているのはちょっと(しゃく)だったけど、悔しいことに、僕は素直にこう言うしかなかった。


 「うん、すごかった。とても驚いたよ。車いすバスケが、こんなにすごいものだったなんて」


 「でしょお?」


 「……僕は正直に言うとさ」


 「うん?」


 「障害者スポーツなんて、遊びみたいなものだと思っていた」


 少しでも普通の人に近づくために、障害を持つ人が体を動かすものだと。

 手足を失っても、好きなスポーツがしたくて、レベルを下げてしているものだと。

 はっきり言って、お遊びみたいなものだと。


 そう、思っていた。


 「でも違った。そんな甘い世界じゃなかった。そんな生易しい世界じゃなかった。僕は誤解をしていたよ」


 「そっかあ。そう思ってくれたんだあ」


 彼女は嬉しそうに笑って言った。


 「わたしが本当に尊敬できる人っていうのは、あそこで戦っているような人たち」


 彼女はさっきまで試合が行われていたコートを指差した。


 「あの人たちはねえ、手足がなくてもスポーツを楽しむぞーみたいな気持ちじゃないの。手がなくても、足がなくても、その競技で世界一になりたい。五体満足の人にも勝ちたい。負けたくない。誰にも、自分にも負けたくない。負けてたまるかって気持ちの人たちが、あそこで戦っているの」


 彼女はまるで、自分の宝物を誰かに自慢するみたいに、僕に話してくれた。


 「……君はどうして、僕をここに連れてきたの?」


 「彼らを見てほしかったから、かなあ」


 「それは、どうして?」


 「一人でも多くの人に、わたしたちのことを知ってほしかったから」


 彼女は、わたしたち、と言った。


 「君に知ってもらえてよかったよ。わたしの、初めての友達に、ねえ」


 「え? 僕たちって友達だったの?」


 「えええええ? 違うの?」


 幡宮はほおを膨らませて不満げに言った。


 「いや、どうだろう? ちょっとわからないな」


 そもそも友達ってなんなんだろう? 僕はふとそんな根本的なことを考えた。


 「そっかあ。それじゃあ、まあ、いい機会だから」


 横に座っていた彼女は立ちあがると、僕の正面に立って、僕の目を見てこう言った。


 「わたしとさ、友達になってよ」


 彼女は少し照れくさそうに、でもはっきりと言った。その大きな瞳が、本心であることを僕に伝えていた。


 僕は彼女と初めて話してから今までのことを思い出した。あの日からだいたい半月が経っている。とは言っても彼女と話したのは今日を含めて三日だけ。


 だけど、それでも、彼女のその言葉に、僕はこう答えた。


 「うん。友達になろう」


 僕のその言葉に、幡宮は嬉しそうに笑った。その笑顔は、とても素敵な、いい笑顔だった。


 何が友達なのか。僕にはまだそれははっきりとわからない。


 でも、僕の知らない素敵なことを教えてくれてくれたり、一緒にいて楽しく思えたりする彼女とは、これからも仲良くしたいと思った。


 この短い間でも、僕は彼女にそんな想いを持てたんだ。


 こうして僕と幡宮は、友達になった。

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