38 月明かり
ぼくはお爺さんがずっと持病で
患ってきた腰と膝を治してあげたいと
思っただけだったんだ。
でもまだ6歳でできる事なんて
そんなに無い事もわからなかった。
変に自信だけあって
色々な事がやっぱり出来ていなかった
でもそう言う事すら分からない程
幼かった。
気がつけばお爺さんと2人で暮らし
両親と言う物を見た事が無かったし、
同年代の子どもを街で見るたび、
男女の大人と子どもが一緒に居るのが
不思議だった。
お爺さんはとても優しく、
なんの不安も無かった。
でも時々辛そうに膝をさする
のをぼくが助けてあげたいと
いつも思っていたんだ。
森へ生活の為に入るのは若い人が
多くお爺さん程の年齢の人を
見かけなかったのも幼いながら
気づいていた。
きっとぼくのために
無理をして冒険者の
真似をしていた事も。
馴染みの店主のおじさんから
膝や腰に効くのがフィジカルポーション
だと言う事をこっそり教えてもらって
どうやら森へ以前お爺さんと出かけた
場所のすぐそばに自生しているらしいと言う事をギルドの裏で内緒の相談を
している大人から盗み聞きした。
それからギルドに出かけたときは
書庫にこっそり忍び入っては
花の名前について調べた。
字はお爺さんが小さな頃から
教えてくれて読むくらいなら
同年代より結構自信があった。
だからただ僕はお爺さんを
助ける為に森へ薬草をとりに行き
喜んでもらおうと思っただけなんだ。
彼は危険な森へ1人で踏み入れる
しかしそれは大事な家族を
思う少年の精一杯の思いやりから。
普段から
「森へ1人で入っちゃあいかんぞ?」
とよく諭してくれた僕のお爺さん
大好きなお爺さん。
でも時々辛そうなお爺さん。
親のない少年が示した初めての
愛情と言う心はとても温かく
真っ直ぐ過ぎる思いだったのだ。
ただ残酷だったのは世界だけ。
親を思う心も
子を思う愛も
あの子の恋も
等しく残酷に。
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「はあっはあっ…」
僕はもうダメだと思ったけれど
揺れる視界の中
その息遣いに目を開ける。
暖かくて大きな背中
「スルト、大丈夫か?はあっ け、
怪我は無いか? はあっ」
「お、じいさん?」
「よかった、本当よかった!
生きておってくれて…」
「ぼ、ぼく…ごめんなさい…」
力なくボソリとぼくが言うと
「いいんじゃ!いいんじゃ…生きておってくれれば!」
お爺さんはそう言って目尻を拭いながら
走り続ける。
その顔には切り傷が出来
赤い血が流れていた。
「!!」
僕はその傷を見て
「ご、ごべんなざい」
とても悲しくなって
堪えきれず涙が溢れる。
「いいんじゃ!こんな傷!大したことありゃせん!いいんじゃ!」
お爺さんは
走りながらいつもの優しい笑顔を
向けてくれる。
バキバキと後ろから
木々を薙ぎ倒す爆音が響き、
恐ろしい咆哮を上げながら
凶悪な魔物が追って来る音がする。
狭い森の小道を執拗に。
アンレシアの花の採取難易度が高いのは
その茎が放つ芳香による。
特定の魔物を強く惹きつける効果があり
嗅げばその魔物はたちまちに凶暴化して
人を襲うのだ。
すでに現役冒険者では無い
お爺さんの体力は限界が近づいている。
体力のある冒険者でもアンレシア災害
の時のモンスターを振り切れるのは
一部の高ランク冒険者だけだろう。
アンレシアの花は途中で捨ててきたが
もはや凶暴化した魔物を止める術は
無かった。
幸い森の小道はあの魔物が通れる程は
広く無い。
木々を薙ぎ倒しながら迫る為僅かに
お爺さんたちの方が早い。
だがそれも時間の問題だろう。
お爺さんは巨木の分岐を曲がると
その木の根の間に飛び込む。
僕をそこに座らせると
「決してここからでちゃあならんぞ?
いいなスルト…」
にっこりといつもの笑顔を浮かべ
そのごつごつとした優しい手で
僕の頭を撫ぜると
きつく僕を抱きしめる。
「愛しておる。」
「ぼくも大好き」
なぜだかとても切ない泣き笑いの様な表情をほんの一瞬見せた後、
「お爺さん!!」
爆音にかき消された声は届くことはなく
背を向けて歩いて行った。
それから何時間かも分からない中
その木の根本にうずくまって、
お爺さんの帰りを待った。
涙が枯れて疲れて眠るまで。
静かな夜の森に青白い螢火が舞い
月明かりの中
スルトの側には彼を守る様に
陽炎の様な人影が優しく母の様に
そっと包んでいた。
世界の残酷さから守る様に。
一夜が明けても大好きだった
僕のお爺さんが帰って来ることは
無かった。




