36 咆哮
私達はすぐに仲良くなった。
フライアからすれば、
男ばかりの漁村で、
しかもエルフ族の家は
村にたったの2軒しか無く、
仲良くできる同年代の子供が
いなかった事も
理由にあったかもしれない。
気難しいドワーフ族や
気が小さいピグミー族
無口な鬼人族と僅かな人族など
色々な種族が
身を寄せ合って暮らしている。
こんなツギハギだらけの村だが
仲違いもなく雰囲気は和やかだ。
村唯一の酒場には、
男共が毎夜集まっては酒を酌み交わし
日々の漁獲量やお互いの
嫁 子供自慢が、
もっぱらの酒の肴になる。
女は露店の広場で
売り買いの情報を交わし、
旦那と子の話に花を咲かせ、
子供を預け合い
ミルクが足りねば分け合う。
歴史も文化も違う種族間で
お互いを尊重し支え合う、
そんな小さな漁村だった。
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私はこの小さな漁村にしばらく
根を下ろし奇妙な共同生活を
見守ることにしたのだ。
ピクシーの小さな子が勢いよく
駆けてゆき転んでしまった子を
ドワーフの少年が助ける。
遠くの煙突から上がるパンを焼く
煙がゆらめき、
砂浜には冬を越すための
魚の天日干しがずらりと並び、
乾し網がキラキラと太陽を受けて光る。
男たちが帰って来る舟を
港で迎える女と幼子。
比較的戦禍とは遠いこの場所は
まるで楽園の様で私はすっかり
気に入ったのだ。
北方では不毛な戦禍が広がり
南方はモンスターと渇きの巣窟だ。
人族が超えるには広大な砂漠が広がり
巨大なサンドワームと甲殻スカベラが
砂漠の住人となる。
そんな時代の奇跡の様な小さな漁村は
私のカラカラに渇いた心には
眩しいくらいの景色だった。
それでも疑ってしまう
彼らの為に私が力を示したら
全てが変わってしまうのだろうか?
小さな漁村の美しい景色は
私の心に刺さった小さな棘を
今はさやしく
癒してくれている様だった。
フライアは36歳らしい。
エルフの年齢からすると
大体13歳〜15歳位だろう。
長命種の年齢は成熟速度がまばらに
なる事が多い。
幼少期は成長が早く
青年期が恐ろしく長い。
通常の1歳が500〜1000年に
達する事もある。
彼女は、まだあどけなさが残る
活発で素直な子だと思う。
私は数千年の時を
様々な戦禍や動乱の時代をわたり
よくも悪くも人に寄り添って
生きてきた。
彼女の生き方は眩しい程で…
一緒にいると自分も同じ年頃で
あるかのように錯覚してしまう。
毎日彼女は私を訪ねてきて
他愛のない話を飽きるまでして
一緒に森へ遊びに行っては
甘いお菓子を食べ2人で花を摘んだ。
しかし束の間のほんの僅かばかりの
私のキラキラした時間は
長くは続かなかった。
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ある朝、流れてきた
戦禍の傷ついた騎士が
平和な村へと辿り着く。
片目を失い
朦朧とした意識の中
辛うじて人里へと行き着いた。
村の人々は戸惑いながらも
彼を厚く手当して村の越冬の為の
食料を彼に施した。
数ヶ月後騎士は歩ける程に回復した。
しかし失った目は戻らず、
自分の居場所もままならなかった。
助けた筈の周囲に当たり
彼は錯乱した。
恐ろしい戦禍を体験して、
命が簡単に散る場所では彼も正常では
居られなかったのだろう。
ある日交代で世話したエルフ族である
フライアの母が彼へ食事を
届ける。
「おまえ、なぜ私を助ける…」
暗い目をしてフライアの母を見つめる
彼は怯えていたのだ。
彼女はなるべく優しく
「傷ついた人を放っておけませんから…」
「ッ!」
グチャグチャになった心が
暴れる様に彼の中で渦巻く。
彼はとっくに壊れていたのだろう。
彼女の腕を掴むと強引に引き寄せ
彼女を押し倒す。
片方の眼窩は限界まで見開かれ
荒い息を吐き美しい女を自分の物に
しようとする。
「や!やめてー!」
激しく抵抗し彼を突き飛ばす
悲鳴を聞きつけたフライアの父親が
駆け込むと男との間に割って入る。
ギョロリとした目を見開いて
男は
「お前ェらあ馬鹿にしやがって!」
その場にあった欠けた剣を抜くと
力任せに振り下ろす。
壊れた心が施しを受けた筈の
彼らに行き場のない
剥き出しの苦しみを振り下ろした。
部屋中が赤く染まった。
いつもの日課の森の散策からの帰り
なんだか騒がしい村の共同会議所
人だかりができている場所へ
私達が近づくと
咄嗟にドワーフの船頭のおじいさんが
「フライア!きちゃあいかん!」
と言って必死に私を引き留める。
何か胸騒ぎがして
人垣の向こうを覗こうと
背伸びすると、
『血の…臭いが…』
フランが眉根に皺を作り
口鼻を抑える。
私はそれを見て
ざわざわとした感覚になり
人混みを無理矢理かき分ける。
暗い部屋の中
だらりと垂れ下がる血だらけの腕に
見覚えのある腕飾りが見える。
ドキドキと鼓動が早くなり
視界がぼやける。
あれは母の…
「いやああああああ!」
私はそこで意識を失った。
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迷っている時間は無かった。
失われた命を戻す反魂の禁呪は
人間に使ったとしても
魂が耐えられず、魂だけが壊れた
本人ではない何者かになってしまい、
いずれ肉体も魂に引っ張られて異形となる。
息があれば戻す事は可能だ。
生命力を司る私の力を使えば
可能だ。
ただし請い願う人の思いを
叶えた瞬間に私達のつながりは
消えるだろう。
また反魂の禁呪の結果を理解出来ない
者にとって、失われた家族が何故助けられなかったのかも理解出来ないかもしれない。
『…どきなさい』
私は
迷った末に力を行使する事にした。
あの出会ってからキラキラと
美しい思い出の日々がもうこの手から
滑り落ちていく事に
悲しみを覚えたが、
迷っても居られなかった。
母親はもはや絶命して手の施しようが
無かったが、父親はまだ細くだが
息がある。
私は巨大な本性の姿に戻ると
そっと嘴で父親に触れる。
精緻な巨大な魔法陣が浮かぶと
祝詞を唱える。
ふわりと銀の大鷲の体がうっすらと
燐光を帯びて魔力操作の幾何学模様が
空中に幾重にも浮かぶ。
父親の傷は凄まじい速度で修復されて
傷口が塞がり欠損した部位を
再生する。
母親の傷も再生するが
やはり魂の欠けた身体に
生命力の流れが戻る事は無かった。
父親はあの子の元へ戻れるだろう…
残酷だが母親は失われきっと戻る事は
無いだろう。
神と祀られても所詮はこの位しか
施せず、色々な物が壊れてしまった。
私は気絶したままの彼女を
少し見つめて
言葉を交わす事なく
「フラン様!」
村の人々が叫ぶ中
大きく羽ばたくと
風の音で
その声をかき消して
大空へ飛び上がる…
その虹色の瞳に映る景色は
ゆらゆらと滲み、
見る間に村が遠ざかる。
私の思い出はここに置き去りに、
大粒の涙と共に。
夕日はその日哀しい咆哮を聞いた。




