世界の真実
―――――――――――――――断章―――――――――――――――
Side:三人称
神が人類を管理する都市。
中でもとある地域で、ある天使が引き起こした火災事件の跡地のこと。
「…………」
未だに残る事件の跡の目の前で一人の少年は立っていた。
名はマゼンタ。この火災事件のせいで彼は両親を失い、彼の心に強い感情が芽生えてしまったのだ。
さらには、彼を拾ってくれた第二の親、ディースもまた何者かに殺害をされたのだった。
「…………」
マゼンタは何も言わない。
言う事がない、というよりありすぎて何を言えばいいのかといった様である。
それでも彼はなにも言うことなくただじっと焼けた建物の跡を見つめ続けていた。
すると、
「あれ? お前…………」
「!」
後ろから覚えのある声が聞こえ、マゼンタは後ろを振り返った。
すると懐かしい顔の男がなぜかここに来ていたのだった。
かつて幼い自分とよく行動を共にした小柄が特徴な男……
「シアン……なのか?」
「お前……マゼンタか…………!?」
向こうも驚いているがマゼンタも驚いていた。
なにせ幼いころ共に行動し合った悪友がこんな時に現れたのだ。
特徴的な藍色の瞳と、やや小柄な身体。
見間違えることなどない。正真正銘、シアンがここに現れたのだ。
だが、
「だ…………誰ぇ!?」
「…………」
あろうことかシアンはマゼンタを指差して尋常じゃないほど驚きだした。
何が信じられないのかシアンはとても驚いている。
「誰って……俺はマゼンタだが?」
「いや本当にマゼンタ!? いやいやおかしいだろ!! お前ってばそんなに細いっていうか、筋肉質だったっけ!? もっとこう、だるだるに太ってなかったか!?」
「…………」
シアンが驚くのも無理はない。
シアンが最後にマゼンタに会ったのは結構昔でその時はまだ横に大きな体であったのだ。
しかし今のマゼンタは、かなりの時間を体の鍛えに費やしており、確かに太い体であるが引き締まった硬い筋肉質の身体になっていたのだった。
「……あの時の身体はもうない。もう俺に、幸せは不要だ」
「…………!」
こうなった理由はマゼンタにはひとつ、
かつて太っていた自分の身体は、幸せだったころと表現し、切り捨てたのだ。
マゼンタの過去を少しだけ知るシアンにとってはマゼンタの行ったことがなんなのか察した。
「…………本当に、マゼンタなんだな…………」
「そうだ。そう言うお前も本当にシアンだな」
「当り前だ。オレはオレ、変わりはしない」
マゼンタもマゼンタで少しは驚いていた。
記憶に会った昔のシアンはとにかく小さいと言った印象が強かったのに、今では平均より少し下程度に大きくなっている。
これもまた変化ではあったのだが、
「なにはともあれ、久しぶりだ。マゼンタ」
「お前も、元気そうで何よりだ」
「いや、オレなんか一回死にかけてしまったけどな、ははは……」
「?」
シアンは数日前を思いだす。
ある出来事が原因で自暴自棄になり、自ら暴力の対象となり間接的に自分を傷つける行為をしていた。
しかしそれも突如割り込んできたおせっかいな少女に邪魔されその結果死にそこなってしまったのだ。
それだけじゃない。
「マゼンタ。お前がここにいるってのは、まだあのことを思っているのか?」
「……当然だ」
「忘れる……じゃねーや、えっと…………」
「吹っ切ることなど、不可能だ」
シアンの言いたいことを察したマゼンタは、その答えを返す。
わかっているのだ。
「どんな理由であれ、あの事件を引き起こしたのは天使だ。父も母も、あの事件に巻き込まれて命を落とした」
「マゼンタ…………」
「なんであろうと、あいつらを許すつもりはない。なんであろうと…………!」
「…………」
その時、マゼンタの拳が強く握られているのをシアンは見逃さない。
彼にはわかる。かつて自分の友に襲いかかった悲劇のことを。
だがその時の彼は自らの事もあるため余裕はなかった。
だが、今だからこそここに来られたのだ。
「……すまない、熱くなってしまった」
「いいや、構わないさ。辛いことがあれば、安全できる所で吐け。オレはどんどん聞いてやるぞ」
「そうか…………」
シアンのこの言葉には、かつての自分とは対照的な意味を含ませていた。
シアンの言葉にどこか安堵するような息を吐いたのち、マゼンタは先ほどから気になったことをそろそろ訊く。
「ところでシアン。さっきからお前の後ろにいる女は誰だ?」
「あー…………気づいてたのか」
「あんな視線を送れば気づくだろう」
シアンのはるか後方に、建物の陰に隠れたイエローがじっくりとシアンを見ている。
どうやらイエローにとってはまだ安心できないらしく、現在も同じことをしないかどうか監視するためにやっているのである。
が、そんな事情を知らないマゼンタは容赦なくイエローを大声で呼んだ。
「おい! そこの女なにをしている!!」
「!?」
まさか呼ばれるとは思っていなかったのか肩をびくりと震わせてイエローはさっと建物に隠れた。
が、もう遅い。
「……シアン。お前何か他人に恨まれるようなことをしたのか?」
「そんなわけねー。あったとしてもそれは逆恨みだ」
「あったとしても?」
「…………」
シアンはしばらく沈黙した後、後ろへ隠れているイエローへと近づいた。
イエローはどこかわからない風にシアンに訊く。
「……おかしいね。いつわかったの?」
「最初から。視線には敏感なんだよオレ」
「そんなの知らないわよ」
「とにかく、来い」
「あ、ちょっと!」
シアンはイエローの腕を引っ張って、再びマゼンタのもとへと戻ってきた。
マゼンタは特に表情を変えないまま淡々と訊く。
「シアン。誰だこの女?」
「ああ、紹介するよ」
イエローは「え? なんであんたが?」と言うが構わずにシアンはマゼンタにイエローを紹介した。
「こいつは雪の降る夜に自暴自棄なオレの命を助けやがったおせっかいな女、イエロー」
「……ちょっとあんた? 喧嘩売っているの?」
「残念ながらこいつは喧嘩が強い。そのせいで止めやがったわけだ」
「…………」
なんだか変な紹介の仕方にイエローは怪訝な顔になる。
マゼンタは紹介を聞いてイエローの顔を少しだけ見ると、
「そうか。喧嘩強いおせっかいな人か。覚えておこう」
変な風に覚えられてしまった。
これにはイエローも慌ててしまう。
「ちょっとあんた! なんか変な紹介したら変な風に覚えちゃったじゃない!!」
「気をつけろ。こいつは数人がかりの男すら圧倒する」
「いやちょっと……もっといい紹介の仕方ないの!?」
「そうか、強いのか」
「え!? そんな納得の仕方しないでよ!?」
とまあ、わけのわからない紹介の仕方でぎゃあぎゃあ言い合う声が街に響いたが
「マゼンタ。お前も自己紹介したら?」
「そうだな。俺も名乗ろう」
「え……あんたは自分で名乗るの……?」
と、いいつつもイエローはしっかりと聴く姿勢をとる。
真剣な表情で言葉を聴こうとするイエローに、マゼンタは淡々と名前を言う。
「マゼンタ=シャッコー。これが俺の名前だ」
「…………」
「…………」
「…………え? それだけ?」
「ああ、それだけだ」
「…………」
ほかに何もない、ただ名前だけの紹介にイエローは沈黙するしかなかった。
そうしている間にシアンとマゼンタは話し合う。
「なあマゼンタ。お前はまだあの時の気持ちを持っているんだよな……」
「ああ、そうだ。むしろその気は強まったと思う」
「ならちょっと話したいことがあるがいいか?」
「話したいこと?」
「そうだ。場所はこいつの家だ」
「ちょ!? なんであたしの!?」
しばらく沈黙していたが突如場所の指定にうろたえるイエロー。
しかし、何か恨みかなにかあるのかシアンはどんどん話を進めていく。
マゼンタは特に何も言わずに、最低限の返しと静かに話を聴くことだけだった。
こうして三人はどうこうと言い合っているうちに、落ち着いて話し合うために静かな場所へ足を進めたのだった。
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Side:紅
突如現れた黄天使の案内により洞窟を抜けた俺たちは、どうやらそこは山の中腹あたりらしく、高いところからあたりを見渡せるようだ。
暗闇からの光により、初めは皆目が開けられない状態であったが、やがて時間と共に目を開けると……
「…………!?」
「…………!?」
「…………!!」
なんだ……ここは……!
「どうでぇい。これこそお前ぇ等人間がかつて蹂躙した世界なんだぜぇい」
これが外の世界だと……!
想像していたものと全く違う……!
五十年前の戦争から世界は完全に荒れ果て、それが神の逆鱗に触れ、その結果人類は神に管理されることになったはずだ。
だが……!
「シアン、お前はこの光景をどう見る」
「どう見るもなにも……!」
シアンは……信じられないように目を見開いている。
イエローも同じく、だ。
先にシアンの方からかろうじて声を出した。
「本当にかつて滅ぼされた世界なのか……!?」
「いったい……どうなっているのよ……!?」
目の前に広がる光景。
そこにあるのは果てしなく広がる荒れ果てた光景……
……ではなく、綺麗な緑の平野と青く澄んだ空が視界いっぱいに広がっていた。
これは……どう見ても荒れているとは思えない……!
……だが、環境だけではない。
緑の中を群れ、空を飛び、地を走り、他者と喰らい合う。
俺……いや、おそらく俺たちには全く知らない生き物たちが緑の世界の中を自由に生きていた。
これは……
「ジョヌ……あんた、これっていったいどういう事よ!」
「あん?」
「本当にこれが……外の世界なの!?」
イエローは信じられないように黄天使に向かって言う。
すると黄天使が面白そうに俺たちの表情を見ると、満足そうに頷く。
「はっ! お前ぇ等一人残らずいい反応でぇい。もったいぶった甲斐があったぜぇい!」
「……どういう事よ。本当にこれがあたし達人間に荒らされた世界なの!?」
「ああ。もちろんだぜぇい」
黄天使は少し昔を思い出すようにどこかを見つめながら言う。
「五十年前の世界規模の戦争。巻き添えと言う形で滅ぼされた動物と汚された環境…………はっ! なんてこたぁねえ。そんなもん、五十年と言う長い歳月が、世界を甦らせたんでぇい!!」
「甦った…………!?」
世界が……甦った……
ならばこの光景は正真正銘、外の世界……
「はっ! そういうことでぇい」
黄天使は目の前の風景に対し、大げさに手を広げながら言う。
「枯れた植物? 荒らされた大地? 汚された空気? 染められた水? 滅ぼされた動物? はっ! そんなもんはかつての話でぇい!」
黄天使は力説するように、力強く話す。
「まあほんの少し俺様やヴェール、あとブルーの力も借りたことがあったが、世界は……時間をかけて自らの力で甦ったんでぇい!」
「…………!」
……なるほど。
ならば先ほど洞窟内で遭遇した獣らしきものも、再生した世界だからいるということか。
「ジョヌ。だったら……神はいったい何を思って人類管理をしているんだ」
「なに?」
と、ここで先ほどから無言だったシアンが黄天使に問い詰める。
「お前言っただろ。神が何を思って人類管理をし出したのか、この光景と関係があるだろ?」
「はっ! もちろんだ」
神が人類管理をする理由が、世界を滅ぼされたからだったはずだ。
だが、その世界はもうすでに時間をかけて再生していた。
だったら……
「が、それを話す前に……」
「ん?」
黄天使が突如上の方を見る。
なにかあるのか?
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「!?」
あれは……鳥!?
それも大きい!!
「な……また邪魔が……!」
「ああ、あの鳥はとても凶暴で肉食だ。おそらく知らないうちに縄張りに入ったようだな」
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
黄天使の説明の後、巨大な鳥はこちらに向かって突進してきた。それも速い。
俺たちを喰らうつもりか……!
「イエロー!」
「わかったわよ! 【重たい空間】!」
「ギャア!?」
イエローの力により巨大鳥は急加速により戸惑い、その結果バランスを崩し、地面に落下した。
起き上がろうともがくが、巨体のせいか全く動かない。
そこを、
「【催眠音波】」
「グァ……!?」
シアンが巨大鳥になにか吹き込むと、巨大鳥はおとなしくなった。
やれやれ、思わぬ邪魔が入ったが……
「さて、続きを聞かせてもらうぞ」
「はっ! ずいぶんと手際がいい。さすがは挑戦者たちでぇい」
黄天使はなぜか喜ばしそうに俺たちを見ているが、すぐに真剣な表情になる。
「ま、それも悪魔からもらった力があってこそだな」
「…………!」
……こいつ、ノワールの事についてなにか知ってるのか……!
いや、確かに……そうだな。
力とはいえ、借り物には違いがない。
「だが、そんな真似ができる人間はお前ぇ等挑戦者のみだぜぇい」
「……なんの話だ。だからなんで神が人類管理を……」
「だからこそ、神は二重の意味で怯えている」
「?」
怯えている?
さっきの鳥を無力化することができるのは俺たちだけだから……?
「怯えているって、あんたあの時も……」
「はっ! 覚えているようだな。そうだ、怯えているってんだ」
……まさか!
「神は……この甦った世界に人間を放つことをためらっているのか?」
「はっ! ご名答」
「? マゼンタ、どういうことだ」
「はっ! 考えてみろぉい!」
黄天使はまたも大げさに手を大きく広げ、このあたり一帯を見渡しながら言う。
「復活したたぁいえ、かつては滅ぼした張本人である人間を、再び野に解き放つなぁ抵抗がいるんじゃあねぇか?」
「!」
「またくだらない争いから、再び滅ぼされちゃぁ叶わんからな。……それに!」
と、黄天使はあたり一帯を見渡し、それぞれ見たことのない動物たちを指差しながら言う。
「この動物たちだってそうでぇい。お前ぇ等ならまだしも、それ以外の人間ならあっさりと捕食されちまう可能性だってあらぁ!」
「!」
「そうなると滅ぼされるのは世界じゃなくて人間だったりするかもな。はっ!」
……なるほど。
人間にとっては過酷な環境、世界か人間か、どちらであれ共存は厳しいという事か。
「はっ! 挑戦者イエロー。お前ぇは確か神を倒した後に外の世界へ出ると言ったな」
「気安く名前を呼ばないで。そしてなんで知っているのか知らないけど、そのつもりよ」
「だが、この世界を見て同じことが言えるかぁ?」
「!」
イエロー……
黄天使の言葉にほんの少しだけ俯くイエローだが、すぐに顔を挙げた。
「……決めたのよ。あたし自身、そうするって! シアンやマゼンタが一人で考えて決めたように、あたし自身が考えてきて決めた事よ!」
「イエロー……」
「なにを言われようと、変えるつもりはないわ!」
「……ほぅ、言うようになったじゃねぇか」
変えるつもりはないか……
あまり迷うことなくイエローは変えないと答えた。
すると……
「俺様もそう言われると戦いたくて疼くもんよぉ」
「…………!」
来るか……!
黄天使の言葉に俺たちはみな戦いの構えをとるが……
「はっ! 安心せぇい。決着はここではしねぇ。然るべきところでする」
「!? ……珍しいわね。あんたからそんな言葉が聴けるなんて」
「はっ! ブルーから念を押されているんでね。ここで争っちゃいろいろと面倒でぇい」
……こいつ普段からどういうことをしているんだ?
確かゼウスに渡した置き土産もこいつからだったな。
「最後に一つだけ教えるぜ。お前ぇ等の目的地ってのぉよぉ」
「! 目的地……」
「オレ達が住んでいた都市のことか……」
そう言えば俺たちの住んでいた都市は外から見たことがない故、いったいどこに進めばいいのかわからない。
それに、この男は見たところ戦いを楽しむような性格かもしれない。つまり嘘を言うとは思わない。
そう思っていると黄天使は前方からほんの少し右側を指し、ただ一言。
「いいか、ここから先をとにかく進め」
「…………は?」
「え?」
なに?
「この方向だ。この方向をまっすぐ進み続ければいい」
なんだその簡素な説明は。
……ずいぶんと大雑把な説明だな。
「ずいぶんと大雑把な説明だな」
シアンも同じことを思っている。
イエロー呆れた様子で黄天使に文句を言う。
「ジョヌ……いくらなんでもちょっとアバウト過ぎない?」
「あぁ? そうか?」
「もっとこう……地図とか道しるべとか、なんか持っていないの?」
「…………」
しばらくの沈黙。
そして、黄天使は自信満々に言う。
「はっ! そんなの決まっているんでぇい!」
「何よ」
「持っていないに決まっているぜ」
「持ってないんかい!」
「だぁ! 世界地図なんざぁ書いて誰が使うってんでぇい!」
「それは……」
……いや、地図はなくてももっとましな説明があるだろ。
まあそう簡単に敵の案内は素直には受け取れないが……
「安心しろぃ。もし道に迷ったならまた迎えに行く。いいか、この方向だぜ!」
「あ、ちょっと!」
黄天使はもう一度大雑把にほんの少し右側を指差し、背後に次元の穴らしきものを現出させ、中に入っていった。
そして黄天使が消えた直後に次元の穴らしきものは消えていった。
「「「…………」」」
なるほど、確かに度し難い天使だ。
味方にとっては苦労する類の者だな。
「なあ、マゼンタ」
「……なんだ」
「ヴェールといいさっきのといい、天使ってマシな奴はいないのか?」
「…………」
……そうかもな。
「そうね、だってあの男は……あの男は……あたしに……」
「イエロー?」
「引っ掻き回すわ……勝手なことをするわ……挙句の果てに……」
「イエロー!?」
なにか思い出しているのか?
随分と暗くなっているが……
「……なんでもないわ。とりあえず先へ進みましょう」
「ああ、だがあの生き物たちに気を付けることだな」
「そうだな。どれもこれも強そうだし……」
とにかく、俺たちは黄天使が示した方角へと足を進めるのだった。




