別れの言葉
Side:紅
少女の父親の交渉が終わった俺は、これから竜の元へ向かう前に交渉の内容を簡略化して話した。
無論、賭けの内容である俺が神を倒した後ここへ戻ってくることも話した。
案の定……
「「ええええええええええええええ!?」」
シアンもイエローも大声をあげて驚いていた。
というより驚きすぎだ。
「マゼンタ! お前神を倒したらここにいるってマジか!?」
「俺がこんな嘘を言うわけないだろ」
「で……でもあんた! そんな素振りまったく……!?」
「なんでお前も驚いているんだ」
そんなに意外なことだったか?
……まあいい。
「……なんにしろ、俺たちのやるべきことは決まった。これから新しい聖地を創るため、竜を倒しに行く」
「……わかった」
「わかったわ」
二人はまだ詳しく訳を知りたかったのか釈然としない様子で言った。
「けどよ、マゼンタ」
「ん?」
シアン。まだなにかあるのか?
「なんだ」
「なんであの男も一緒に行くんだ?」
「……ああ、そのことか」
シアンが指したのは少女の父親のことだった。
少女の父親は俺の出した賭けを見届けるという事で、俺たちの竜退治に同行することになった。
もっとも、いろいろと準備があるらしくまだあの男は洞窟の中にいる。
……あの男もあの男でいろいろと抱えていることがあった。
誤解も解けたことだし、少なくとも俺たちを攻撃する事はない。
「誤解は解けた。敵対する理由はない。しかし、まだ俺たちの事を完全に信用したわけではない。同行して俺たちが竜を倒したところを見届けなきゃいけない」
「じゃあ、ついて行っても問題はないわけ?」
「その通りだ」
まあ足手まといにはならないだろう。
と、思っているとイエローが先ほど言った賭けについて追及する。
「でもマゼンタ。なんでわざわざ、神を倒した後とはいえここに残るなんて……」
「……人間と人竜族。この二つの種族の溝はあまりにも深すぎた」
問題は人間に対することだけではない。
同族……同じ種族でも面倒事があった。
「少女の父親曰く、人竜族の大人共は皆『人間を嫌う』という思想を無理矢理子供に教えているそうだ」
「「!?」」
シアンもイエローも、そこは知らなかったのか驚いている。
「無理矢理、ですって……!?」
「やつら人竜族は人間を憎むことを教えている。少女も、同じように父親から無理矢理教えられた」
「あの男……そうまでして……!」
シアンが憤っているが、誤解させてはいけない。
「少女も父親から無理矢理教えられた……かと思えたが実はそうとは言い切れない」
「……え?」
「あの男は……本心では憎むのは自分で十分だったかもな」
思い出すのは、人間からこちらを襲った事。
「あの男も人間を憎んでいることに違いはない。少年に対しても容赦のない攻撃を見せていたからな」
少年はかなりひどく怪我を追ってはいた。
あの男は人間が相手ならば誰でも容赦はしない。
だが……
「……だが、それを娘に伝えることに激しい抵抗を覚えた。あの男も娘にまで自分と同じようになってはいけないと思っていたのだろう」
尤も、直接そう聞いたのではない。
ただ、あいつの顔からはほんの少しだけとこか辛そうに見えた。
「しかし、自分はそうではなくとも他の大人たちは違う。少女が『人間嫌い』ではないところを見せたら、少女にとっていろいろと困ることがある。だからあの男は形だけでも少女に『人間を嫌え』と言い、他人の前でも人間を嫌うふりをしろと言う」
「…………」
もっとも、ふりだけでも少女はそれを嫌がっていたがな。
叩いたと言うのは人前だけであったらしい。
が、あの男にも多少の私情はあったのだろう。
イエローがため息を吐きながら言う。
「なんか……やりきれないわね」
「ああ。正直これはすぐにどうにかなる問題ではない」
どれほどの人数なのかは知らないが、考えが固定された奴はいろいろと面倒だ。
問題は……思っていた以上に複雑だった。
「いろいろと面倒だが、まずは人竜族自身をどうにかしないといけない。そのためには長い時間が必要なのだ」
「長い……」
「時間……」
ようやく俺がここに戻って留まる理由がわかったようだな。
だがシアンは……
「マゼンタ。お前がそうまでするのはなぜだ?」
「なに?」
「何がお前をそうさせるのだ?」
それは…………
「みんな!」
「「「!」」」
その時後ろから……洞窟の方から聞き覚えのある幼い声が聞こえてきた。
この声は……
「おじちゃん! おねーちゃん! おにーちゃん!」
「少女……」
「リュチェちゃん……」
「リュチェ」
少女……
見送りに来たのか……
「みんな……行っちゃうの?」
少女は寂しそうな顔をして呟いた。
この娘には竜を倒しに行くとは言ってない。遠くの故郷へ戻りに行くと言ってある。
「ああ。行かなければならない時が来た」
「もう……会えないの……?」
少女……
さびしそうに言う少女に答えたのはイエローだ。
「リュチェちゃん。別にもう会えないってわけじゃない。あたしたちは少しの間だけどっかへ行ってしまうけどもう会えないわけじゃないのよ」
「……でも、おねーちゃん! おねーちゃんたちはこれから危ないところへ行くんでょ!?」
「「「!」」」
なぜ、それを……
「またあんな怖い人たちの所へ行くんでしょ! ねえ!!」
「…………!」
……そうか。少女はブルーや赤天使の所へ立ち会っていたな。
……誤魔化しは無理か。
少女には異世界の事も神の事も天使の事も教えていない。
なにかを察したのだろう。
「察しがいいな。……その通りだ」
「なんで!?」
少女は問い詰めるように
俺は……少女の瞳を真っ直ぐ見て答える。
「……俺たちにはやるべきことがある」
「やるべき、こと……?」
「ああ」
全ては話せないが、俺たちの本音だけは言っておこう。
「俺も、シアンも、イエローも、皆理由は違うがあることを目的としている。それは命をかけるほどの事であり、少女の言うとおり危ないところだ」
「じゃあ、なんで危ないってわかってて……」
「それでもやらなければならない、大切なことがあるからだ」
「大切……」
少女の表情は晴れない。
だが、俺の言っていることの重みがなんなのかは察した。
「皆の目的……大切なことのために命を懸けているの?」
「そうだ。俺の場合、目的が一つ増えたがな」
「え?」
ブルー……
あいつにはまだ言っていないことがある……
「だがな少女。確かに危険であることに違いはないが、そう易々と俺の命を奪わせるつもりはない」
「え…………?」
不安顔になる少女に俺ははっきりと宣言する。
「確かに俺たちがこれから行くところは命がけだ。だがそれは放ってはおけない。だから行かなくてはならないのだ。けどな……」
少女の両肩に手を置いて、真っ直ぐ顔を見て言う。
「少女、お前との約束はまだ健在だ。だから、時間はかかるかもしれないが……」
できないことは言わない。
否、必ずやり遂げるつもりで言う。
「必ず、ここへ戻ってくる」
「おじ、ちゃん……!」
あ、おい……
「おーい。なーに小っちゃい子泣かせてんだマゼンタ」
「シアン。リヴィアちゃんの事、あんたがそれを言う?」
「う…………っ!?」
やれやれ、とイエローも前に出て、しゃがみながら少女の顔を見据えて言う。
「マゼンタだけじゃないわ。もし余裕があったらあたしも戻ってくるわ」
「おねーちゃん……」
「ああ。オレ達は敗けるつもりはない。絶対に戻って「おじちゃん!」…………」
……シアン。そういじけるな。
「なんだ?」
「じゃあ最後に、ひとつだけいい?」
「…………?」
少女は、眉を寄せると、どこかわからないことを言った。
「どうしておじちゃんはボクの事は名前で呼ばないの?」
「なに?」
「イエローおねーちゃんもおにーちゃんもちゃんと名前で呼んでいるのに……」
「おいちょっと待て。いま何か大事な所が足りなかったか?」
どうでもいいところで水を差すシアンは置いといて、
……そうだな。
「ずっと使い続けていた習慣はなかなか離れられんことだ」
「…………?」
だが、俺はこいつに大事なことに気づかせたこともある。
なら……
「ならば少女は改めて……」
「……待って!」
「……?」
なんだ?
「今は……いい。今は呼ばなくてもいいから」
「なぜ?」
「……ボクはボクで……少女って呼ばれる方に慣れちゃったから……」
…………?
「でもね、お願いがあるの!」
「! なんだ?」
少女は息を吸って、懸命そうに頼みごとを言う。
「また会えた時に、その時こそ……ボクの事を名前で呼んで!」
「!」
「そして、おとーさんや皆が仲良く暮らせるように頑張ろう!」
「……ああ!」
どうも約束が大きくなってしまったが構わない。
「任せておけ!」
「…………うん!」
……ようやく笑ったな。
子どもはそうであるべきだ。
「マゼンタおじちゃん! イエローおねーちゃん! ……シアンおにーちゃん!」
「おい待て! なんかオレだけちょっと遅くない!?」
「シアン……黙ってろ」
まったく……少しは空気を読め。
「絶対、また会おうね! 絶対だよ!!」
「もちろんだ!」
「ちゃんと覚えておくわ!」
「約束する!」
少女の願いに、俺たちは答えた後……
「…………!」
少女は、一気に洞窟の方へと駆けて行った。
「……行っちゃったね」
「……そうだな」
「お別れ、か……」
俺も……生きて帰る理由が増えたな……
「それにしても……驚きだな」
「なに?」
シアン。なに、俺の顔を凝視する。
「まさかあんな幼い女の子がマゼンタのような強面フェイスに怖気づか「黙れ」(グキッ!)ぎゃあああああああああ!! オレの腕ぇぇぇぇええええええええええ!?」
「シアン……あんたは学習しなさい。あと意味がかぶってるわよ」
まったく……とことん空気が読めないなこいつ。
……ん?
「おい! 今娘とすれ違ったが……なにか妙なことは言ってないよな!!」
「「「!」」」
……ちょうどいいところだな。
そして、少女が去って行った後、入れ替わるように少女の父親が来た。
「何でもない。それより、もう準備はいいのか?」
「本当か? まあ他の者には新しい移住先を探してくると言った。このあいだに人間を攻めるようなまねはしない」
「そうか……」
さて、そろそろ行かなければならんか……
「な……なあ、おっさん」
「?」
シアン……?
おい、腕が元に戻ってないままだぞ。無理をするな。
なにか訊きたいことがあるのか?
「お前は、自分の子供にこう……辛そうに話しかけられたことはあるか?」
「!?」
「シアン……?」
こいつ、なにを……!?
「……何が言いたい」
「うまく言えねえけど……オレはこう見えても弟がいてね。……まあ、自殺していてもうすでにこの世にはいないんだが……」
「なに?」
……!
お前まさか……
「オレは……弟が死んだのはオレのせいだと思っている。オレが弟の声を……辛かった弟の声を聴いてやれなかったから、そうなってしまった」
「なにを……」
「だから辛そうな娘の声を聴いてやれ。心配なんかさせるな」
「!?」
「手遅れになる事だって、あり得るんだから……」
シアン……
こいつが忠告をするとはな。
「……覚えておこう、小僧」
「オレはもう子供じゃないけど……ね!」
ゴキュ!
「…………っ!!」
「……おいおい」
まったく……ある意味大した男だ。
緊張していた空気が落ち着くと、イエローが仕切りなおすように言う。
「それで? 場所はわかったけど結構遠いわよ。【三位一体】で行くの?」
「おい待て。それだけは勘弁して……」
「なんでよ」
「嫌なもんは嫌なんだよ……」
シアン……まだあの移動方法を嫌っているのか。
……ったく、仕方がないな。
「シアン。嫌がるのは分かるがやるしかないだろ」
「……はぁ。やるしかないのか……」
「もうひとつ移動手段があるが、まだ試していないそれを使う訳にはいかない」
「え? なんだそれ?」
俺は【三位一体】に次ぐ、もう一つの移動法を考えていた。
主にその主体となるのは……
「……え? あたし?」
イエローである。
だが、今のところ考えのみだ。後で詳細は言っておこう。
「シアン。いろいろと急いでいるんだ。場所は分かっていても所詮は移動ができる生き物だ。急がないといけないかもしれない」
「……わかったよ」
ぶつぶつ言いつつもシアンは了承してくれたようだ。
あとは……
「おい」
「ん?」
少女の父親に一応、確認はしないとな。
「お前、翼はもう生えないか?」
「……? そうだ……俺の移動手段はもう足しかない」
「そうか……」
つまりこいつはもう飛べない、と。
だったら……
「シアン。四位一体だ」
「勘弁しろよぉ!!」
シアンが嫌そうに嘆くが構わない。
少女の父親は怪訝な表情でこちらを見る。
「……なにをするつもりなのだ?」
「変わった移動方法だ」
いやいや言いながらも、時間をかけるのは嫌なのだろう仕方なく準備をするシアンを見て言う。
「ただし、速度は保障する」
さて、こちらも準備をするか。
「あ、ああ……」
少女の父親はよくわからない様子ながらもシアンの元へ近付く。
そして……
「ちょ! シアンもうちょっとうまくバランスを取りなさいよ!!」
「無茶を言うな! いくら重くないからと言って三人はきついって!!」
「この小僧……その矮躯のどこに力があるんだ……!?」
「おいおっさん! 遠回しにオレのことチビって言うな!!」
「シアン。お前矮躯の意味、知っていたんだな」
「マゼンタ! バカにするのもいい加減にしろ!! ったく……!」
いろいろと姿勢が不安定であるが、シアンは、しっかりと他三人の体を掴んだことを確認すると、
「じゃ、飛ばすぞ。【音速移動】!!」
一気に高速へと駆けだした。
最初の所がほんの一瞬で見えなくなるほどであった。
「…………」
俺は、ほんの少しだけ洞窟の方へ振り返ったがすぐに前の方へと視線を戻した。
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おじちゃん……
もう……大丈夫だよね。
初めに会ったあの時みたいに、もう怖くないよね……
だってボクを庇うおじちゃんの目……
まるで怖いものを見たみたいだったんだから……
ボクのこと心配してくれた時も、どこか怯えるような目だった。
ボクが怖いんじゃない。ボクが焼かれていないかどうか恐れている感じだった。
つい逃げ出したくなっちゃうくらいだもん。
でも、それと同時にこう思ったの。
この人は一生懸命、自分の大事な人を守ってくれる人だって。
厳しいことを言っても、仲間とかを大切にしてくれるおとーさんと同じだったから……
……おじちゃん。おとーさんはね、確かにニンゲンのことが大嫌いで酷いことは言うよ。
でも……同じ人竜族の人を大切に想ってくれる人でもあったの。
住んでいるところが竜に襲われた時も、率先しておとーさんが動いていた。
そのせいで、怪我とか多いんだけど……
……あの時のおじちゃん、おとーさんみたいな目をしていた。
おじーちゃんとかおばーちゃんとか死んじゃったことを言うおとーさんに……
おじちゃん、おとーさんを助けに行く時もどこか怖いものを見た時と同じ感じだった。
でも、おねーちゃんに連れてってもらえた変な所……
あそこにいたおじちゃんの目に、もう怖いものはなかった。
だからおじちゃん……もう大丈夫だよね。
もう自分を大事にしないわけないよね……
……………………。
……ボク……おじちゃんが大切だよ。
おとーさんと同じくらい、大切だよ!
だから……ぜったい……
ぜったい……帰ってきてね……!
おじちゃん……!
シアン達が目的地へ向かっている一方でアユムは……




