賭け
ああ……速くこの流れから……
それでは、どうぞ
Side:黄
アユムから重大な情報を聴いたあたし達は、まずは人竜族を説得するべく現在の住処であるあの洞窟へと目指して行った。
その後、まずは一番厄介そうなリュチェちゃんのお父さんを説得するはずなのだが……
「マゼンタ……」
けど、洞窟へ行ったのは実はマゼンタ一人だけである。
あたしもシアンも洞窟の外の森の中で待たされている。
しかも付いてくるなとご丁寧に釘を刺された。
と言うのも……
『俺はあの男とある賭けをする。お前等は不要だ』
……だそうだ。
またしても蚊帳の外かと思ってしまうけど、なんだかあいつ真剣だったし……
「ねえシアン。あんたはいったいどう思うの?」
「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「…………」
……まだ息が上がっままなの?
今、あたしの隣で疲れて息をするだけの何も言わない男が一人、うずくまっていた。
「シアン……大丈夫……?」
「くそっ……あんのボケ…………!」
シアン。そんなに悪態つかなくても……
「まったく……ちゃんと言いたいことは全部言えよ……!」
「あはは、まったくね…………」
シアンが疲労を隠せない様子で文句を言ってるけど理由は簡単。
先ほど、あたし達と同じ異世界人であるアユムから歪んだ空間の力場の情報と、人間と人竜族の争い事を終わらせるヒントをもらったあたし達だったけど……
「おかげで……大事を起こす前から疲れちまったじゃねえか……!」
「ははは…………」
……竜についての情報を聴いたのはいいけど肝心の居場所は聴いてなかったわね。
おかげでシアンが必死に追いかけて、アユムに訊いてきたわけ。
「もういいでしょ。アユムって子、ちゃんと謝ったんでしょ?」
「ああ。『あんだけ恰好つけたのに……恥ずかしい!』ってすごい悶えてたけどな」
……もしかしたら、あの子って実はけっこう抜けているのかしら。
まあ、とにかくそれはもう終わったことだしね。
「しっかし……マゼンタの奴、何を考えてるんだろうか」
「さあ、一対一で話し合うからあたしたちには待機しておけって言われたけど……」
なんでマゼンタは一人で行くって希望したんだろう?
心配になって『本当にあんただけで洞窟へ行くの?』って言ったら、『別に殴り込みに行くわけではない。俺一人で十分だ』って言われるし。
まあ、マゼンタは頭は切れる方だから面倒な事は起こさないと思うんだけど……
「でも正直、マゼンタはとにかく人竜族のおじさんたちは厄介だったわ」
「そうなのか?」
「ええ。実際あたしも話し合いをしていたからね」
あの時のおじさんはちょっと怖かったわね。
人間の話になるとそれはもう……
「なんというか、もはや合理もなにもない。完全に感情的よ」
「…………そうか」
「ああいうのは説得に時間も手間もかかるわ。それなのにあいつ一人で……」
「大人数だとそれはそれで面倒なことになる」
シアン……
あんたはマゼンタひとりで行かせるのに異論はないの?
「けど、マゼンタは普段だれかに関心を持つことはそうそうないし、こういうことは他人事だと言って切り捨てる奴だ。そんなあいつが自ら交渉をしに行くと言ったんだぜ」
「……つまり?」
「あいつもあいつでなにか考えがある。だったらいい成果がくるまで待っとこうや」
「……そうね」
けどマゼンタ。あいついったいどういうつもりなんだろうか。
なんかとんでもない事でも言わないといいんだけど……
――――――――――――――――――――――――――――――
Side:紅
あいつらは今頃、俺の心配をしているだろうな。
……だがこれだけは譲れない。
「話を聴いてくれること、感謝する」
「御託はいい。とっとと話すことを話せ」
「……そうだな」
俺と、少女の頼みによりなんとか少女の父親と話をすることができた。
現在、この狭い部屋にいるのは俺と少女の父親のみ。
あと【熱感知】により、近くに誰もいないことが分かったため盗み聞きの心配はない。
あとはどう少年から聴いた情報を切り出すかだが……
「今さらだが、お前は俺たちの正体を知っているか?」
「…………」
少女の父親は少しの間黙ったままだが……
「……ああ。お前の内、俺たちと同じ髪の女が話した」
……イエローか。
まあ、シアンの場合いろいろと面倒な事が起きそうだし、適切だな。
「正直、お前たちが異世界だという事は正直信じられん。はっきり言って神や天使などいったい何なのか知らん」
けど信じてはもらえなかったようだな。
まあ当然と言えば当然か。
そう言えばイエローは人竜族の男たちと話し合った時があったそうだが、相当怖がっていたな。
「……だが、お前たちがよそ者であることは分かった]
「ん?」
「実際お前は手も使わずに柵を凍らせたり、俺に妙なことをしていたしな。住処を奪った人間とは違うことは分かった」
「そうか……」
だがこの男は仮面をつけて戦う人間とは違うのは分かったようだ。
誤解が解けてなにより。なら……
「直球で言わせてもらう」
まずは俺たちの目的をそのまま少女の父親に告げた。
「もう人間と戦う事はやめろ」
「…………」
……表情が険しい。
おそらく帰ってくる答えは……
「……それは聞き入れん」
……だろうな。
だが……
「なぜだ?」
すでにわかっていると思うが、あえてその理由を訊く。
「なぜだと? お前らはすでに俺たちがなぜ戦うのか知っているのだろう?」
「他人から聴くより本人が話したことを聴く方がいい」
「…………」
他人から聞いただけではその人物の心情など、伝わらないこともある。
ハッキリと、本人から聞かなければならない。
「……奴らは……奴らはかつて我々から聖地を奪った」
しばらく黙ったがやがて少女の父親は口を開きだした。
「聖地だけではない。家族も、奪われた……」
「…………」
少女の父親は、沈痛な顔で重々しい内容を語る。
「その所為で俺たちは親しんだ故郷から離れ、安心の出来ないところへ住まわせる羽目になった」
「…………」
昔を思いだしたのか、少女の父親は怒りを……否、恨みを滲ませた声で言う。
「いいか? あの聖地は故郷だから取り戻すだけではない。もうひとつ理由があるが、なにかわかるか?」
「竜を寄せ付けない、だったか?」
「そうだ。知っているなら話は速い」
シアンやイエローから聴いたからな。
「我々人竜族は、生まれ持った不思議な力により、竜を自らの身に宿らせることができる一族だ」
翼が生え、爪を伸ばし、火を噴いたあの姿。
あれは、竜を宿した身だからこそ可能だからか。
「だが、誰しもがそんなことができるわけではない。竜と戦えるものがいるのはほんのごく少数だ。戦えない子供、一部の者は不可能なのだ」
……少女には翼はなかったが、そう言う理由があったという事か。
大人だから力を使えるわけではない。戦える大人だから可能だという事か。
「わかるか? 我々とて簡単に竜を倒せる種族ではない。安全に住めるところが必要なのだ!」
人竜族とて、簡単に竜は倒せないか。
安全地帯が必要なのはどこも同じ……
「過去に、住処を竜に襲われたこともあった。そのせいで家内を……!」
「…………!?」
確かに少女からは母親の事は聴かないが……
そんなことが……
「……住居を移し替える事何十回。このまま狭い思いをするのは耐えられん!」
少女の父親の拳からは、血がにじみ出るほど強く握られている。
「だから奪い返すのだ! 奴らから……安寧の地を!」
「……そうか」
「そして、父や母に兄者の仇を討つ!!」
「…………」
そろそろか……
「たかだかよそ者であるお前等が、どう俺達を止めると言うのだ!」
「……安寧の地が必要、と言ったな」
「……なに?」
少々強引か?
まあいい……
「ならばもし、もうひとつだけその聖地があるとするならば?」
「なんだと……!?」
さて、
ここでアユムからの情報を使わせてもらう。
「そもそも聖地とは、ある特殊な竜が死に、倒れた場所が妙なことに竜を寄せ付けない地となった。だったか?」
「あ、ああ……そうだ……我らの祖先はそうやって子孫に安寧の地を創った」
……なに?
どういうことだ? あの少年の言ったこととは……
……いや、いまはそんなことはどうでもいい。
「だが、お前の言ってること。まさか貴様……!」
俺たちがなにをするつもりなのかを察した少女の父親は、驚きに目を見開いてこちらをみている。
「ああそうだ。情報からして、ここから遠く離れたある場所に、強力な竜がいる」
「その竜を倒すと言うのか……!」
「そうだ」
どんな竜なのか前情報が全くないのであるが、それでもやるしかない。
だが、少女の父親は俯き、震えていると……
「そんなの……不可能に決まっている!」
……?
妙だな。思っていることと少し違う。
信じられないにしてはまるで……
「……なぜだ?」
「お前が言ってる竜とは《ムシュムシュ》のことか!」
「……!? ああ、そうだ」
この男、知っていたのか……!?
「知っていると言うことはもしや……」
「俺たちも同じように考えた! あの竜を倒せばそれなりの強力な地ができる、と!」
少女の父親は叫ぶように言う。
「だが、不可能だった! 戦えるもの全て総動員しても……あの竜には勝てなかった! それをお前たち三人のみでいったいどうするつもりだ!」
……三人のみでどうするか、か。
その言葉、反逆者である俺たちには不要だ。
「……ならば二つ、俺と賭けをしないか?」
「なに? 賭けだと!? それも二つ……!?」
「ああ。どちらとも俺とお前の賭けだ」
賭けである以上、その意味の重さを知ったうえで言う。
「一つは、もしも俺たち三人が《ムシュフシュ》という竜を倒し、聖地を作り上げるのならばお前ら人竜族は人間と争う事をやめてもらう」
「なにを……!?」
「不可能とは言わせない」
人類を管理する神と呼ばれるものに刃を向けたのだ。
それは今も続いている。
だから……
「できるかできないかの問題ではない。やるかやらないかだ」
「……なぜだ。なぜそうまでする必要がある。貴様らは俺たちとはなんの関わりもないはずだろ!!」
……そうだな。
助かる気のない奴は助けないし、自殺願望者を止めるような性格じゃない。
だが……
「……約束したからだ」
「なに?」
「これ以上自分の父親に危険な争い事をさせないとな」
「!」
約束は守らないといけない。
せめてそれだけは破ってはいけない事なのだ。
「……リュチェの、ことか……」
「……そうだ」
あいつは俺のことを感謝していたが、それでもこの男を怪我させたことに変わりはない。
そして今後、同じようなことを起こさせるつもりはない。同じことは繰り返させない。
「お前は家族も人間に奪われたと言ったな。だがそれを聴いた上で言う。俺たちが竜を倒したら争いをやめろ」
「…………!」
「おまえにはまだ家族が残されているだろ……!」
「…………!!」
だが、その言葉を聴いた少女の父親は苛立ちを隠さずに怒鳴る。
「……あいつに何がわかる!! 家族を失ったことは同じであるはずなのに、なぜ理不尽を抱かない!!
なぜ俺たちのやることを邪魔するのだ!!」
「…………」
「貴様もだ! 俺たちのことをなにも知らないくせに、なぜわかったような口で俺たちを止めるつもりなのだ!!」
……少女の父親は感情を……怒りを爆発させて言う。
「……確かにな。俺はおまえではない。お前の過去など知らないし、知ったところでお前の気持ちをすべて理解できるとは思えない。だが……」
論理には論理を。
なら感情には感情で対処する。
「……俺はお前と同じ、失ったものがいる身だ」
「……なに?」
こいつの中身を見ただけで俺自身を出さないのは不公平だ。
俺も中身をさらけ出す。
「……俺は、まだ十にも満たない幼い子供だった頃、なんの罪もない両親が理不尽な理由で殺された」
「…………!」
正直こういうことはあまり語りたくない。
だが、この男にならやるしかない。
「死因は焼死。遺体すら残らない、完全な消失だったそうだ」
「…………!」
少女の父親は俺を疑っている様子はない。
嘘ではないとわかって、俺の話を聴いてくれるようだな。
「かつて俺はそのことに嘆き、怒り、そして両親を殺したあいつ等に報いろうと復讐を誓った身であった」
神も天使も全てに報いる。
そう考えていた俺であった。
「そのために、俺は俺を拾った第二の親を切り捨て、与えられた幸せも切り捨て、命の全てをあいつ等に報いるために使うつもりだった」
「…………!」
事実、あの頃の俺はもう幸せはいらないつもりだった。
もう生きることにあまり執着しないつもりの俺だった。
故に、俺は俺だけでやるべき事をして、終えるつもりであった。
「だが……そんな俺に付き合った物好きな奴が二人いた」
今思えば面倒くさいの塊みたいなやつらだ。
どいつもこいつも、俺を放ってはおかない
「片方は誰かのために泣いて怒るお人好しであった」
シアン。
あいつは王女の事もそうだが、誰かが危険な目に合えば自らを危険な所に投げ入れるお人好しだ。
「もう片方は面倒な女だ。仲間を思う故自分勝手は許さない、ルールに厳しい女だ」
イエロー。
俺がノワールのことで俺一人で行こうとしたらあいつに思いっきり殴られた。
あの時の拳は本当に手加減がなく、故に本気で怒っていることだと思っていた。
「だからこそ俺は申し訳ないと思っているし、逆に感謝もしている。反逆という事に巻き込んだあいつ等のことを、な……」
今さらそれを言えばまた怒られるから言わないが。
そして……
「あいつらはいつも口を揃えて言う。『勝手に死ぬな』と……」
「…………?」
ノワールの時も、ブルーの時も、俺に勝手な行動をして勝手に死ぬことは許さないと言いやがる。
まったく口喧しい奴らだ。
だがな……
「どうやら俺の命は俺だけのものではない。面倒なことに、あいつ等は本当に俺の事を大事な仲間だと思っている」
「…………?」
「だから……」
少女の願い……
親を亡くした俺にはわかる。
「お前もこれ以上、自分の命を危機にさらすことはするな。お前の命はあの少女のためにもあるんだ」
「!」
自分を大切に想う人間がいる以上、そいつの命は自分の身ではない。
ひどく勝手で面倒な話だ。
しかし、
「子供にとって親は何よりも必要な命だ。故にこれ以上自分に危機を晒すな」
……勝手じゃないやつはどこにもいないか。
まあ、仕方がないことか。
「俺には少女の気持ちがわかるし、親を失ったお前にもわかるだろ。少女にとってお前も親だ。そのお前が自らを危機にさらしてどうする?」
「……言いたいことはそれだけか?」
「なに?」
少女の父親は……怒っている……!
爆発するのではなく、静かに声に怒りを含ませている。
「……たとえそうであったとして、それで俺がこれ以上人間と戦わないと言ったところで、もう他の者もこの流れ自体も、もはや誰にも止められないんだ!!」
……!?
この男はなにを…………
「俺以上に人間を憎む奴など他にもいる! これはもはや俺だけの問題ではない! 俺たちすべての問題なんだ!!」
もしかしてこいつ……
「今さら俺が、もう人間とは戦わないなんて言えるはずがないだろうが!!」
ああ……そうか……
「もはやこれは俺一人では止められない!!」
こいつも、心の底ではわかっていたんだ。
これ以上こんなことをしても、大事な娘を傷つけるだけ、と……
しかし、もはや誰にも止められないくらい大きくなってしまった。
「娘のあいつだってそうだ! 他の大人の前で『人間は嫌いになれない』なんて抜かしても無意味だ!! それどころかあいつは考えが違うと言う理由だけで、『人間嫌い』の大人たちと、それを教え込まれた子供からは疎まれ、嫌われてしまう!」
なに……!?
「お前にわかるか!? 自分の娘が我々の考えに反したせいで外れ者にされないために無理矢理人間を嫌えと言わなくてはならないことを!!」
……あの時、少女が言ってたことはそう言う意味だったのか?
いや、そこには自覚があるのかないのか、おそらく自分の感情も入っている。
「わかっているのか!! あいつに嫌われることも覚悟で無理矢理人間嫌いを叩き込もうとするこの気持ちが!!」
……この問題はかなり深刻なようだな。
「そもそも俺の目的は聖地だ! 安寧の場所なんだ!! もはやこの戦いは誰にも退くことは許されないんだ!!」
「だからその聖地はあの竜を倒して俺たちが創る! こちら側はそれだけでいいはずだ!!」
いや、それだけでは済まないな。
「だとしても!」
少女の父親の勢いは続く。
「第一、人間からこちらへ襲う事だってある! それなのに迎え撃たずにただやられ続けろと言うのか!!」
「…………」
もう一つの問題。
人間側からこちらへ攻めてくること、だ。
たしかにあの人間側からも計りえない執着がある。
「人間側にも、戦いを止めようとする者がいる。必死で食い止めようとする少年がいる。だがそれだけで安心できないことも確かだ」
そうだな。
この男が怪我したのはあの少年に自分から攻撃をしたことだがもとはと言えば仲間の腕を切られたことだ。
仇、恨み、ぶつかり合えばさらに大きくなる面倒な代物。
「だからこそ、ここで第二の賭けだ」
「なに? 第二の賭けだと?」
「ああ」
ここまでこじれてしまった以上、解決策は長い時間が必要だ。
だが、もう少ししたら俺たちは行かなくてはならない。
「その内容は、俺が元の場所へ戻った時再びここへ訪れるかどうか」
「……!?」
シアン……イエロー……
そして、ゼウス……
「もし俺がここへ戻ってくれば……」
どうやら俺にも、反逆を終えた後に何をするか決まったようだ。




