動き出す者たち
さて、天使の方が一区切りついたので
それでは、どうぞ
-――――――――――ある仮想空間にて――――――――――
Side:三人称
マゼンタたち四人が脱出したあとの仮想空間は酷い有様だった。
初めは青い空にどこまでも広がっている海のみであり、他は何もなく水平線が見えるだけであった。
だが、先ほどルージュが降らせた火の雨により海の水は絶えず蒸発し続け、やがて枯渇してしまった。
「…………」
「……ずいぶんなざまね」
今ここにいるのは全身に切り傷を負い、片腕を無くし、火の雨に体中を焼かれたブルーと、重傷を負ったブルーを流し目で見るルージュであった。
マゼンタ達を逃がすために力を集中させたため、自分の身は最低限しか守れなかった。
また、ブルーの体力や気力が底を突きかけたこともあるが、なによりもルージュの力が絶大でもあるため、防御をしてもほんの少ししか防げなかったのであった。
ルージュは、自分にとって殺すだけの敵である反逆者たちを庇い、逃がしたブルーを心底苛ついた様子で見ていた。
「敵に負けるのみならず、その敵を庇い逃がすなんて……己はバカじゃないの?」
「……あなたが、それを言いますか……」
「はぁ?」
侮蔑するようなルージュの目に対し、ブルーも珍しく非難するような目でルージュを見ていた。
それでも態度を崩さないルージュを苛立ち気に見つつ言う。
「あの中には……反逆者ではない、別世界の子供だっていたのですよ……!」
ブルーが責めているのはそこであった。
ブルーが先ほど逃がした反逆者たちの中にまだ幼い女の子がいた。
それなのに関係なく攻撃し、しかも巻き込みやすい技を使うあたり、ブルーはルージュを非難していたのだ。
だがそれでもルージュの態度は変わらない。
「なにいっているよ。反逆者に加担する奴なんてみんな敵よ」
「……!? なん、ですと……!」
「それに危険だとわかっててここに踏み込んだのなら、それは自己責任よ」
変わらないルージュの、情け容赦のない物言いにブルーは本気で怒りだした。
それと同時に彼はあることを思い浮かべる。
「あなたは……!」
思い出したのは十数年間のあの事件。
あの時も彼女は独断で過激な行いをした。
そのせいで……
「あなたはそんなことだから、マゼンタのような被害者が生まれたのですよ!!」
マゼンタたちとは一つ世代が前の、反逆者になりかけた人たちをルージュがところ構わずに燃やした。
その時マゼンタの両親が巻き込まれ死亡し、後に新たな反逆者を生み出すきっかけとなった。
「なんで……あなたは……」
「…………」
まだ幼いうちに親を亡くしたマゼンタのことを自分の事のように哀しむブルー。
ルージュはそんなブルーを見てため息をつくだけであった。
「己はそれが本質であるから何も言わないが……」
本気で悲しんでいるブルーを見てもルージュはなにも感化されない。
彼女は誰かのために悲しむことなどしない。
「……己はいったい何なの? 神様の味方? それとも敵? はっきりしなさい」
「…………」
それどころかブルー自身にも疑いをの目を向けた。
しかもルージュは『人間の味方』とは言わず『敵』と言った。
この時点でルージュとブルーは考えが根本的に違っていた。
「……神様の、味方ですよ」
「そう……」
「しかし、人間すべてが敵とは言いません」
ブルーの一言にルージュは眉をひそめるも、構わずに続ける。
決定的な、強い意志を籠めて彼は言る。
「あなたのように……見下すようなことはしません」
それは、避難するように、悲嘆するように、しかし忠告するように言った。
しかし、ルージュはその言葉には不快にならず、静かに訂正する。
「わたくしは……人間を下には見ていないわ。ただ……敵視してるだけよ」
もう話はしない、と言うように彼女は踵を返す。
「……どこへ行くのですか」
「……背信者たちは別世界へと帰った。これ以上追ったら違反してしまうわ。仕方がなく、神様の所で待つとする」
「……先ほどあの少女を巻き込むことも承知でよく……」
と、呟きかけた所でルージュが静かに怒るような目でブルーを見つめる。
あまりにも鋭く、畏怖を抱かせるような目にブルーは黙った。
「そういうあなたこそなぜ今になって天使化したの? もっと早く出せばあの男を殺せたのに」
「…………」
確かにブルーとマゼンタが戦っていた時、マゼンタは本気を出していたがブルーは天使化などしていなかった。
先ほどルージュが天使化をしていた所、ここ仮想空間では天使化をしていても問題はないはずであった。
「ここに来た第一の理由は反逆者と戦う事ではありません。それなら神様の所で待ちます。僕がここに来たのは僕の個人的な理由です」
「そう。……いずれにしても、ここでの用は済んだでしょ? なら帰るわよ」
「……はい」
先ほどまで激昂していた時とは嘘のように静かになった彼女は、ブルーと共に次元の穴で元の世界で戻るところだった。
だが、その際ブルーは今だマゼンタに言っていないことがあったが、ひとまずおとなしくルージュについて行ったのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
Side:藍
全く……どうしてこうも面倒事が立て続けに起きるんだ……
ブルーとマゼンタの二人だけで決着をつけると言うのならオレは手出しはしないし、イエローにもさせないようにした。
なのにいきなりノワールが話しかけたかと思いきや……
«四輝天使、〈朱炎〉のルージュが来る。このままだとあの男が危ない»
……だ、そうだ。いきなりだし信憑性はないと思うが、ノワールが自分から話しかけ、しかも焦った様子で話していたから行かざるを得ないと、イエローと共にあの場所へ行った。
途中、イエローの力も借りてなんかよくわからない不思議な所についたかと思いきや……
……本当にいやがったし…………
あのルージュによる容赦ない攻撃から一転、なぜかブルーがオレ達を逃がしてはくれたおかげで、なんとかマゼンタを救出したはいいが、いろいろとその後が大変だった。
まだブルーになにか言いたい事があったのか、珍しくマゼンタが取り乱すわ、リュチェの父親は娘が見つかったのに、そもそも娘がいなくなったのはオレ達のせいだって言うわで……
あ、いや……マゼンタが心配だったから一概に違うとは言えないか。
まあそのせいで例の洞窟から追い出されてしまう始末。
リュチェも父親から厳しく処罰をされたのだろうか、あれから一度も会っていない。
洞窟から追い出されたオレ達はこんな深い森の中で野宿をする始末……
マゼンタを宥めることも大変だったが、時間をかけてなんとか落ち着かせることはできた。
野宿するに当たって、いろいろと問題があるが大丈夫ではあった。
オレの【無音化】やマゼンタの【熱幻】によりうまく竜からは身を隠すことはできた。
……まあ、完全とは言い難いし、それでも知覚されることはあったが天使たちに比べりゃ大したことはねえ。蹴散らしてもらった。
とまあいろいろあって、落ち着き出して数日後。
三人揃ったことが随分と永く感じるが、感傷に浸る暇はない。
改めて、オレやイエローがさまざまな手を使ってかき集めた情報をマゼンタに全て話した。
人竜族が人間を憎む理由。
逆に人間が人竜族を恨んでいる理由。
そして、それらをどうにかしてほしいと言う少女の願いにどう応えるか。
アユムから聴いたことも交えて、今知ることを話し尽くした。
「なるほど。つまり纏めてみるとこうか……」
話をすべて聴いたマゼンタは沈痛な様子で、これまでの内容を纏めて復唱した。
「もともと人竜族は聖地と呼ばれる所に住んではいたが、その聖地を人間に追い出された。その際一部の人竜族が人間に殺されてしまったため、人竜族は人間を激しく憎むようになった」
「そうよ。初めて会った時からあたし達を敵対していたのもそれがあったからだね」
あの時はほんと理不尽すぎると思った。
迷子の娘をお家へ帰しただけなのになんという仕打ち……!
オレが辛いことを思い浮かべている中、マゼンタは構わずに続ける。
「で……その後人竜族はあの洞窟の方へ住むことになったが、機を見ては聖地奪還のために何度も攻めていた、と……」
「ああ。だがそのせいで人間側も戦えない女子供も巻き込まれて死んだことがあってな、そのせいで人間側も人竜族を恨むものが出てきた」
アユム曰くあの仮面男たちはみんな大切な家族を殺されたそうだ。
故に自ら出向いてまで人竜族を殺しに行くやつらが出る始末。
「かくして、人竜族と人間が互いに憎むようになり、争い事を続けている、と……」
「……なんとも、言えないわね……」
「ああ。だが一つ引っかかることがある」
ここまでだと人竜族が初めから聖地に住んでいるようだけどなにかが違う。
確かアユムが聴いた事らしいが……
「そもそもあの聖地は人間がある一つの巨大な竜を倒したことで出来上がったものだそうだ」
「つまり人間が作り出した聖地なのになぜか人竜族が住んでいた?」
「でも……人竜族のおじさん……それらしいことは言ってなかったわよ」
「まあ……どっちもどっちで一方的な見方しかないからな」
そこらに関しては情報が少ないため、確信できない。
だが、こうなってしまった以上元がどっちなど関係ない。
「……聖地は人間にとっても人竜族にとっても重要な所と言ったな?」
「そうだ。オレも実際見ていたがすごいところだった」
だってあのでかさは想定外だろ。
よく昔の人間は倒せたなって思う。
……まあ、骨の状態しか見たことはないが。
「竜の死骸から発した不思議な力が周りの地形に影響を及ぼし、その結果竜を寄せ付けない地となった」
「人間はもちろん、人竜族にとってもそれは有用だったそうよ」
人竜族とは竜の力を取り込み、宿す種族ではあるがそのためにはその竜を屈服させるほど力がないといけない。
が、しかし戦えない子供とかもいるため、やはり安全な場所で過ごしたいところは人間と同じだ。
「リュチェちゃんに訊いたんだけど、今はあの洞窟で過ごしてはいるけど、これまでに何度もさまざまな場所へ引っ越しているんだって」
「なぜだ?」
「理由は二つ。一つは住処が竜によって滅茶苦茶にされること。もう一つは人間に住処がばれてしまう事よ」
まあそうだよな。住所が割れてしまった以上いつ襲ってくるかわからないから安全な所へ移りたいんだろうな。
「本来なら人間が襲ってきたあの夜の時点で移動する準備が必要だけど、いろいろと問題が起こってしまったからね」
ああ、おっさんの怪我とかマゼンタの怪我とかな。
移動中に襲われることもあるため、万全の状態じゃないといけないことだそうだ。
ということは過去に何度かあったってことだろう。
いろいろと、面倒なことだな。
「さて、となるといったいどうすればいいやら……」
事の発端は大事な住処の奪い合いから始まった。
どちらから手を出したかは知らぬがそれがきっかけで人間と人竜族の間に一つの溝ができた。
そこから小さな溝は徐々に徐々に深くなり、やがて取り返しがつかないほどに大きくなった。
「最早簡単には止められないほどに自体は酷く大きくなった、ということか……」
正直に言おう。
人間からの襲撃があったあの夜、人間も人竜族もただ事ならぬ気迫というものがあった。
正直あれは易々とどうにかなるものではない。
だが……そんなことは知っての上でマゼンタはあえて言う。
「しかし、いずれは誰かが止めなければいけない。このまま放置すればとんでもない事になる」
いつものマゼンタにしては珍しい、熱のこもった声で言った。
「あの中には何も知らない子供もいる。少女のように無理やり付き合わされている子もいる。常に他者を憎む姿を見せつけられているんだ……」
マゼンタ……
いつもの無関心な態度とは少し違う。
「お前……いつもにしては珍しく積極的だな」
「ふん……正直人竜族が滅ぼうが人間が滅ぼうが、自滅と言う形なら助ける必要などない」
……容赦ないなこいつ。
しかし、そう言うマゼンタの表情はどこか悲しそうな風に見えた。
「ただ……どんな人間であれ、人竜族であれ、子供にとって親は宝だ。……それだけは失わせるわけにはいかない」
「……リュチェちゃん」
あいつは……もうこれ以上父親に怪我をしてほしくないと言ってた。
住処などはどうでもよく、ただ自分の家族が大切なままであってほしいと……
「ならばせめて、和解まではいかなくても、争い事を遠ざけるぐらいはしないとな」
マゼンタ……お前がやる気になったのはいいが……
そう言われたところでいったい、どうすればいいのかはまだ分からないままなんだし……
具体的な解決策がみつからないことにどうすればいいかと思い悩んでいた時、
「…………!? この音は……!」
オレの耳に、聞き覚えのある音が一つ聞こえてきた。
「? シアン、どうしたのよ。また恐竜?」
「いいや違う。どうやらあいつらもここに来るようだ」
「あいつら?」
もしかしたらあいつからなにか有益な情報が聞けるかもしれない。
そう思ったオレはあいつからもらった香水を使い、体中に振りまいた。
たしか……こうすればいいんだよな。
「シアン、それ……香水?」
「なにをやっているのだ?」
「なに、あいつらをここへ呼ぶために必要な事だ」
「…………?」
イエローとマゼンタは何をしているのかわからないがいちいち説明しなくてもいいだろう。
しっかし……これ香水って言ってるのに対して匂わないんだが……
しばらくしていると……
「……来たようだな」
「「!」」
香水を振りまいてから、聞き覚えのある音が足音を速め、徐々に徐々にこちらへと近付いていく。
そして、食いつくような速さで俺たちの前に現れたのは……
「やっほー! ひっさしぶりだなお前ら!!」
「バウッ!!」
「「!」」
「……アユム」
オレはともかく、ほぼ初対面の相手にもなれなれしいあの謎の少年がでっかい犬に跨って現れた。
仮面男と同じ裸ではない、初めに会った時の不思議な服装をしている。
イエローやマゼンタは驚いた様子でアユムとでっかい犬を凝視していた。
「あ、あんたまさか……」
「少年、お前なぜここに……」
「おっ! おっさん、生きてたのか! いや~よかったよかったよ! あのままだとおれっちはこの歳で殺人鬼……」
「質問に答えろ」
「…………」
軽い調子の声に苛立つことなくさらりと言うマゼンタに対しアユムも大して気にせずに軽く流した。
「……まあまあ、そうせかすなよ。おれっちだって話すこと自体覚悟がいることだからね」
……? なにか重大な事なのか?
オレはこいつがなぜここに来たのかは詳しくは解らない。
おそらく人間の方で何かあると思うのだが……
「それじゃあ話すけど…………」
と、アユムはごほん、とひとつ咳をして、深刻な表情になって言った。
「いい知らせと悪い知らせ、どっちからがいい?」
「「「!」」」
……いい知らせと、悪い知らせ……?
先ほどの軽い調子とは違う、真剣そうなアユムの一言にオレ達も緊張した空気に包まれるのだった。




