第36話 みんなでつくるメニュー
翌週の午前中、予約の合間にスタッフミーティングが開かれた。
サロンの奥にあるスタッフルームには、施術を終えたスタッフや、午後から出勤するスタッフが集まっている。テーブルの上には飲みかけの水やコーヒーが並び、壁際では洗濯機が小さく音を立てていた。
未沙はタブレットをテーブルの中央に置いた。
「今日は、新しいメニューの案を相談したいの」
画面をスタッフたちに向ける。そこには、施術内容や時間、料金の候補が書かれていた。案を考え始めてから何度か修正したものの、まだ決めきれない部分が残っている。
「これを、来月から始められたらと思ってるの。ただ、私だけで決めるより、みんなの意見も聞いておきたくて」
スタッフたちは画面をのぞき込んだ。
最初に口を開いたのは、勤続年数の長いスタッフだった。
「内容はいいと思います。今のお客様にも合いそうです。ただ、施術時間を考えると、予約の入れ方は少し工夫が必要かもしれません」
「どのあたりが気になるの?」
「この組み合わせだと、準備と片づけまで入れて一枠では難しそうです。予約表の空き時間が細かくなると、ほかのメニューも入れにくくなりそうで」
未沙はうなずき、タブレットにメモを加えた。
「なるほど。施術時間だけで考えてたけど、前後の準備もあるのね」
「あと、メニュー名だけだと、初めてのお客様には内容が伝わりにくいかもしれません」
別のスタッフが画面を指さした。
「説明を添えるのはどうでしょう。どんな方におすすめなのか、短く書いてあると選びやすいと思います」
「たしかに。名前を見ただけで内容が想像できるか、私たちだけでは分かりにくいものね」
未沙はスタッフの言葉を聞きながら、画面に次々と書き込んでいった。
自分ひとりで考えていたときには、メニューの中身や料金ばかりに目が向いていた。実際に施術するスタッフにとっての動きやすさや、お客様が選ぶときに迷わないかどうか。店を毎日動かしている人たちの目線が加わると、考えることがぐっと具体的になっていく。
「このメニューって、誰に一番受けてもらいたいですか?」
若いスタッフの質問に、未沙は少し考えた。
「疲れが気になっているけれど、どのコースを選べばいいか分からない方かな。いつものメニューに、もう少し自分に合ったケアを足したい方にも使ってもらえたらと思ってるの」
「それなら、最初にカウンセリングの時間を少し取ったほうがよさそうですね」
「そうね。メニューの説明だけでは決めにくい方もいると思うの」
スタッフたちはそれぞれ、自分が接客したときのことを思い出しながら意見を出した。予約の取り方、施術の流れ、説明の仕方。話題は自然に広がっていく。
未沙は、出てきた意見をひとつずつタブレットに残した。すぐに採用できるものもあれば、持ち帰って考えたいものもある。意見が増えるほど、最初の案から少しずつ形が変わっていった。
「思っていたより、考えることがあるね」
未沙が言うと、スタッフのひとりが笑った。
「でも、こういうのを考えるのって楽しいですね。お客様にすすめるときのことを想像できます」
「そう言ってもらえると、心強いな」
未沙も笑った。自分の案を見せるのは、少し勇気が要った。まだまとまりきっていないものをスタッフに見せて、意見を聞く。けれど、誰もただ賛成するだけではなく、現場で役立つことを真剣に考えてくれている。
五条さんに相談したとき、メニューの答えは出なかった。専門外だと言われたのは当然だし、未沙もそれを分かっていた。それでも、あのとき自分が何をしたいのかを口にしたことで、この案にきちんと向き合おうと思えた。
そして今、スタッフと話すうちに、メニューは未沙ひとりの案ではなくなり始めていた。
「最初から完成形を目指すより、まずは期間限定で試してみるのはどうでしょう?」
スタッフの提案に、未沙は画面を見返した。
「いいと思うの。実際にお客様に受けてもらって、感想も聞けるし」
「予約の入り方も見られますね」
「じゃあ、最初は期間を決めて試してみましょう。その結果を見て、内容や時間を調整するの」
未沙はタブレットに「試験導入」と打ち込んだ。
少し間を置いて、若いスタッフが口を開いた。
「案がまとまったら、AIにも見てもらうのはどうですか? お客様への説明文が分かりやすいかとか、言い回しを整えるのに使えそうです」
「AIにね。たしかに、説明文を考えるときには助けになりそう」
「もちろん、メニューの内容や施術時間は、私たちで決めるとして。伝え方の参考にするくらいなら」
「そうね。現場の意見をもとに内容を固めてから、説明文を見てもらうのもいいかもしれないね」
未沙はタブレットに、「案がまとまったら、説明文をAIにも相談」とメモを加えた。
話し合いが終わるころには、最初に用意した案からいくつも変更が加わっていた。施術の組み合わせは少し整理され、説明文を添えることになった。予約枠についても、試験期間中にスタッフが気づいたことを記録しておく。
「ありがとう。今日出た意見を整理して、もう一度案を作るね」
「できたら、またみんなで確認しましょう」
「うん。お願いね」
スタッフたちがそれぞれの持ち場に戻っていく。未沙はしばらく残り、タブレットの画面を見直した。
迷っていたところに、いくつもの言葉が加わっている。ひとりで考えていたときより、手を入れる場所がはっきりしていた。
未沙は画面をスクロールし、最後に「来月から期間限定で実施」と書き加えた。
サロンのことは、家ではあまり話さない。
けれど、ここではスタッフと考え、迷い、決めていく。自分がこの店をどうしたいのかを、少しずつ形にしていく。
「よし」
未沙はタブレットを閉じ、次の予約の準備に取りかかった。
新しいメニューがどう受け入れられるかは、まだ分からない。それでも、まずは試してみる。スタッフと一緒に作った案なら、やってみる意味があると思えた。




