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第23話 サロンという場所

午後のサロンに、予約のお客様が訪れた。


受付にいた美咲が顔を上げる。


「いらっしゃいませ」


「こんにちは」


その声に、美咲は少しだけ目を留めた。


「……塚本様」


「こんにちは」


先日の介護施設で会った女性だった。


「先日はありがとうございました」


「こちらこそ。今日は予約してくださったんですね」


「はい。あのとき、とても身体が楽になったので」


塚本は少し照れたように笑った。


「今日はちゃんと、お客さんとして来ました」


「ありがとうございます。お待ちしていました」


美咲が笑顔で迎える。


「未沙が担当いたします」


「はい。よろしくお願いします」


「どうぞこちらへ」


美咲が施術室へ案内する。


その途中、塚本は店内をゆっくり見回していた。


柔らかな照明。


整えられたリネン。


控えめに流れる音楽。


そして、スタッフたちの静かな動き。


施設で会ったときとは、また少し違う空気だった。


やがて未沙が施術室へ入ってきた。


「こんにちは。今日はありがとうございます」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「先日は施設でお会いしましたね」


「はい」


塚本が笑う。


「今日は、あのときとは少し違う気持ちです」


「そうですか?」


「ちゃんとお客さんとして来たので」


未沙も微笑んだ。


「では、今日はゆっくりしていってください」


「はい」


塚本がベッドへ横になる。


「今日は、特に気になるところはありますか?」


「肩と首です。あと、腰も少し」


「分かりました。では、状態を見ながら施術していきますね」


未沙の手が、ゆっくりと肩に触れる。


塚本は目を閉じた。


しばらくして、静かな声が漏れる。


「……気持ちいい」


「かなり張っていますね」


「やっぱりですか?」


「はい。普段から身体を使っていらっしゃるのでしょうね」


「そうなんです。仕事では、あまり自分が疲れてるって考えないんですけど」


「そういう方は多いですよ」


未沙の手が、肩から首へと移っていく。


「誰かのお世話をすることが中心になると、ご自分のことは後回しになりやすいですから」


「まさに、それです」


塚本は苦笑した。


「自分の身体のことなんて、ほとんど考えてませんでした」


「今日くらいは、ご自分のために時間を使ってください」


「はい」


その言葉に、塚本は小さく息を吐いた。


静かな音楽が流れている。


会話が途切れても、気まずさはない。


ただ、身体から少しずつ力が抜けていく。


やがて施術が終わった。


「お疲れさまでした」


「ありがとうございました」


塚本がゆっくり身体を起こす。


肩を回してみる。


「……やっぱり、軽いです」


「よかったです」


「それに……」


塚本は室内を見回した。


「やっぱり、サロンって落ち着きますね」


未沙が微笑む。


「ありがとうございます」


「施設で受けたときも楽になったんですけど、今日はまた違いました」


「そうですか?」


「はい。なんていうか、身体だけじゃなくて、気持ちまで少しゆるむ感じがして」


未沙は小さく頷いた。


「そう感じてもらえたなら、よかったです」


塚本はゆっくりとベッドから下りた。


受付へ戻ると、美咲が会計を済ませる。


「今日はありがとうございました」


「こちらこそ、ありがとうございました」


塚本は店内をもう一度見回した。


「こういうところに来ると、ちゃんと休まないといけないなって思いますね」


美咲が笑った。


「またいつでもいらしてください」


「はい」


けれど、塚本の表情には少しだけ考えるような色が残っていた。


「……ただ」


「はい?」


「施設のみんなにも、こういう時間があればいいんですけどね」


美咲が塚本を見る。


「皆さん、かなりお疲れでしょうし」


「そうなんです」


塚本は苦笑した。


「でも、職員全員がここに来るわけにもいかないですから」


「そうですよね」


そこへ未沙が受付へ戻ってきた。


「どうしました?」


塚本が少し迷ってから話す。


「今日、とても楽になりました」


「それはよかったです」


「だから、施設のみんなにも受けてもらえたらと思ったんですけど……」


「全員となると、なかなか難しいでしょうね」


「はい」


未沙は少し考えた。


「塚本さん」


「はい」


「皆さん、ご自分の身体を気にかける時間はありますか?」


塚本はすぐに首を振った。


「正直、ほとんどないと思います」


「そうですよね」


未沙は静かに続けた。


「でしたら、簡単にできるケアの仕方をお伝えすることはできるかもしれません」


塚本が目を上げる。


「ケアの仕方、ですか?」


「ええ。大がかりなことではなくて、肩や首を少し楽にするための触れ方や、無理のないほぐし方です」


「そんなことまで教えていただけるんですか?」


「基本的なことでよければ」


未沙は微笑んだ。


「皆さんが、ご自身の身体を少しでも守れるようになればと思います」


塚本はしばらく黙っていた。


やがて、嬉しそうに笑う。


「それなら……施設のみんなにも伝えられます」


「はい」


「自分だけ受けるんじゃなくて、みんなでできるようにするんですね」


「そのほうが続けやすいと思います」


「ぜひ、お願いしたいです」


「では、施設の方と相談してみてください」


「ありがとうございます」


塚本は深く頭を下げた。


「今日、ここに来てよかったです」


「こちらこそ」


塚本が店を出ていく。


扉が閉まり、ベルの音が静かに消えた。


美咲が未沙を見る。


「未沙さん、教えるんですか?」


「ええ」


「私も参加していいですか?」


「もちろん」


「私もやりたいです」


その声に、近くにいた紗英も振り向いた。


「私も参加したいです」


未沙が二人を見る。


「じゃあ、一緒に考えましょうか」


美咲が笑った。


「施設のみんなが、自分たちで少しでも楽になれたらいいですね」


「そうね」


未沙も微笑む。


サロンに来てもらうだけじゃなくて。


自分たちが持っているものを、少し外へ届ける。


そんなことも、この場所にできるのかもしれなかった。


午後の光が、受付の床に静かに伸びている。


サロンでは、また次のお客様を迎える準備が始まっていた。


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