隠された真実の影
適当な言い訳を自分自身に言い聞かせつつ、私は透明な姿でルキウスの書斎へと侵入した。
ストーキング初日。
ルキウスは相変わらず、私の知らない難解な言語で書かれた本を読み耽っていた。タイトルは『深淵からの呼び声と精神の鎖』。相変わらず趣味が悪い。
私は部屋の隅に立ち、彼の美しい横顔をじっと観察した。透明になっているため、彼が突然振り向いても気づかれる心配はない。
(間近で見ると……本当に綺麗な顔をしているわね)
長い銀糸の髪、理知的な青い瞳。唇の形まで完璧に整っている。彼がもし、他の貴族の男たちのように甘い言葉を囁いてくれたら、どれほど素晴らしいだろう。そんな妄想を抱きつつ、私は彼の生態を観察し続けた。
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数日が過ぎ、数週間が経過した。
ストーキングを続けるうちに、私はルキウスに関する「奇妙な事実」に次々と気づき始めていた。
まず第一に、彼は「飲み物以外、一切口にしていなかった」。
紅茶やコーヒー、あるいは水色の怪しげな薬効茶のようなものは頻繁に飲んでいる。しかし、固形物を食べている姿を、私はこの一ヶ月間、一度たりとも見ていないのだ。
使用人が運んでくる食事は、すべて手をつけられずに下げられている。あるいは、彼自身が「後で食べる」と言って自室に持ち込み、最終的にどう処理されているのか全く分からない。
(あんなに食べなくて、どうして生きていられるの……?)
第二に、動物たちの反応だ。
ある日、彼が中庭を散歩している後をこっそりついて行った時のこと。
庭の木々で囀っていた小鳥たちが、彼が近づいた瞬間に、まるで天敵を見たかのようにパニックを起こして一斉に飛び去ったのだ。
それだけではない。庭の隅で昼寝をしていた野良猫も、ルキウスの姿を認めるや否や、全身の毛を逆立て、シャーッと威嚇音を立てて脱兎のごとく逃げ出してしまった。
(動物に嫌われるにも程があるでしょう……。いくら冷血漢だからって、動物の本能を刺激するほどの冷たさなの?)
記録で見た「幼少期の違和感」が、私の脳内で結びつき始める。
食事をしない。体温が異常に低い(とカルテにあった)。動物たちが本能的な恐怖を抱いて逃げ出す。
これらはすべて、ただの「偏屈な学者肌」という言葉だけで片付けられるものだろうか。
ルキウスは、何かを隠している。
クラウディウス家の長男としての顔、理屈っぽい変人としての顔、その奥底に、彼自身すらひた隠しにしている「重大な秘密」があるのだ。
(突き止めてみせるわ。貴方が何を隠しているのか、婚約者であるこの私が、必ず暴き出してみせる!)
ルキウスの恋心を探るはずが、いつの間にか王宮捜査官のような心境になりつつある自分に気づきながらも、私は決意を固めた。
ストーキングを開始して、はや一ヶ月が経過した頃。
私は彼の行動パターンの中に、決定的な「謎の空白」があることを突き止めていた。
彼は二日に一度、深夜の決まった時間に、屋敷の裏手にある古い物置(現在は使われておらず、実質的に粗大ゴミや不要な荷物の置き場となっている場所)へと向かうのだ。
周囲に人がいないことを慎重に確認し、彼は重い木の扉を開けて中に入る。そして、約一時間ほどで出てくる。
その際、彼の手にはいつも、中身の見えない革袋が握られていた。
あんな埃っぽいゴミ置き場で、一体何をしているというのか。
読書をする場所ではないし、誰かと密会するには環境が悪すぎる。
(ついに尻尾を掴んだわ、ルキウス……!)
もはや当初の目的など吹き飛び、知的探求心のみが私の心に宿っていた。
翌日。
私は公務の予定が一切ない完全なオフの日を利用し、決断を下した。
今日の夜、彼が来るよりも前に、あの物置の内部に潜入し、不可視化の首飾りを使って隠れておこう。彼がそこで何をしているのか、この目でしっかりと見届けてやるんだから。
夜の闇がクラウディウス邸を包み込む頃。
私は首飾りを作動させ、透明な姿のまま、ルキウスが入っていく裏手にある古い物置へと忍び込んだ。
内部はカビと埃の匂いが立ち込め、月明かりがわずかに差し込むだけの薄暗い空間だった。壊れたアンティーク家具や、山積みにされた木箱の陰に身を潜め、私は息を殺して「その時」を待った。
深夜零時を回った頃。
ギィィ……と、重い扉が開く音がした。
私の心臓が、大きく跳ねる。
月光を背に受けて、ルキウスが物置の中へと入ってきた。
彼の表情は、いつもの冷徹な仮面ではなく、どこか酷く疲労し、苦悶しているように見えた。手には例の黒い革袋が握られている。
(ルキウス……?)
私が固唾を飲んで見守る中、彼は物置の中央、少し開けたスペースまで歩みを進めた。
そして、彼は革袋の中から何かを取り出した。
それは、真っ赤な液体の入った、いくつものガラス瓶だった。
彼がそれを口元に運ぼうとした瞬間、私は信じられないものを見てしまった。
月明かりに照らされた彼の体……そこから、黒く鋭い、明らかに人間のものとは異なる「影」が映し出されていたのだ。
(え……?)
私の思考が停止した。
食事をしない。体温が低い。動物が逃げ出す。そして、真夜中の暗がりで、謎の赤い液体を飲む。
すべてが、一つの恐ろしい結論へと結びついていく。
(まさか……)
私は息を呑み、恐怖と驚愕でその場に凍りついた。不可視化されていて良かったと、心の底から神に感謝した。




