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【完結】溺愛病の国なのに、私の婚約者だけなぜか平気なようです ◈   作者: 逆立ちハムスター


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女神の生理現象

私の素朴な疑問に対し、モルフォニエルはくすくすと嘲笑うような気配を見せた。


『ハハハ、アウレリア。君たち人間が作った聖書や階級表ほど、滑稽で誤解に満ちたものはないよ。実態はまったく違うんだ。だから色々な本を読めと言っただろう』


「実態……?」


『いいかい? 私のような「智天使ケルビム」というのは、天界の女神達が自身の神性の結晶から直接生み出した「純魂じゅんこん天使」たちなんだ。……いわば、人間社会で例えるなら「純血王族」だよ。頭脳と神性の純度は極めて高い。知性の面では神々と対等に議論ができるほど深い知識を秘めているが……実戦経験なんてほぼゼロだ。戦い方すら知らない。例えるなら文官だ』


「文官……!?」


『そうだ。そして、君たちが最上位だと崇めている「熾天使セラフィム」……あれはね、知性が極めて乏しいんだよ』


「ええっ!? 一番上の熾天使が、知性が乏しいの!?」


私は衝撃を受けた。最高位の天使がバカだと言うのか。


『熾天使は、神の至近距離に常におり、神の光をダイレクトに浴び続ける存在だ。だから神に一番近いというのは事実だが……あれは言ってみれば「神の最高級ペット」あるいは「強力な猟猫」のようなものだよ。思考能力や知性は低いが、暴力的な戦闘能力と神性の出力だけが異常に高い。神が「あいつを滅ぼせ」と命じれば、何も考えずに世界ごと噛み殺すような存在さ』


「ペ……ペットで猫……」


『そして、一番恐ろしいのが……さっき言ったスロニエルのような「座天使ソロネ」たちだ』


モルフォニエルの声から軽快さが消え、少しだけ真面目な響きが混ざった。


『彼らは、最下級天使である「天使」から、無数の実戦と功績を積み重ねて這い上がってきた「叩き上げの精鋭天使」たちなんだ。過酷な現場を生き抜いてきた叩き上げだからこそ、実戦経験も膨大で、知性や現場の応用力も高水準。天使の社会において、最も実力があり、最も恐れられているのは間違いなく彼ら座天使たちだよ。くだらない階級表の上の方にいる私たち文官(智天使)やペット(熾天使)なんて、彼ら現場の精鋭から見れば「使い物にならないお飾り」に過ぎないのさ』


「なんというドロドロした組織事情……!!」


私は思わず頭を抱えた。

天界! 神の御前! 聖なる天使たちの世界!

そこに広がっていたのは、人間社会の官僚機構も真っ青な、ドロドロとした「天下り文官(智天使)」「上層部のマスコット狂猫(熾天使)」「現場で苦労する叩き上げ実力派(座天使)」という凄惨な階級格差と現場の軋轢だったのだ。


(ああ……でも……)


私は目の前の巨大な光の蛾を見つめた。

この、妙に生々しく、夢も希望もないけれど異様に説得力のある組織の裏話。裏事情を嬉々として暴露するこの歪んだ語り口。


(……本物だわ。このドロドロした遠慮など一切捨てた生々しさ、間違いなく本物の天使かつ、ルキウスだわ……)


変な話だが、私はこの夢のない裏話を聞いたことで、彼が本当に天界からやってきた高次元の存在であることを確信してしまった。偽者なら、もっと聖書通りに神々しく綺麗事を取り繕うはずだからだ。


私は溜め息をひとつ吐き出し、気持ちを切り替えた。


「……はぁ。天界の苦労はよく分かったわ。それで……あなたは今日、地獄に『お仕事』をしに来ていたの?」


『そうだよ』


モルフォニエルは羽を揺らした。


『悪魔の侯爵から頼まれていた、氷結結界を応用した大聖堂の設計図を納品しに来ていたんだ。……地獄は、地上や天界以上に「納期(期限)」に厳しくてね。遅延するとすぐに流血の惨事や契約違反の裁判になるんだ。私は争いごとや面倒な交渉は大嫌いだからね。納期だけは絶対に守るようにしているんだよ』


「天使が地獄で納期の恐怖と戦ってるんじゃないわよ……」


ツッコミどころが多すぎて、私のツッコミが追いつかない。

だが、ここで私は一番重要な、私自身の人生に関わる「核心」へと話題を戻すことにした。


私は姿勢を正し、真面目な眼差しで巨大な白い蛾を見上げた。


「……モルフォニエル。天界の事情も、あなたの趣味も分かったわ。でも、私にとって一番大事なことをまだ聞いていないわ」


『ああ! 言ってごらん』


「……なぜ、あなたが私の『婚約者』になったの?」


私は毅然とした声で問いかけた。


「あなたは高潔な(?)元天使で、次元を超えて建築を手掛けるような存在。そんなあなたが、なぜ人間の、それも帝国のいち伯爵令嬢である私・アウレリアの婚約者として、ルキウスという人間になりすまして私の前に現れたの? 何か目的があるのでしょう?」


私の核心に迫る質問に、大殿堂の空間が一瞬、静まり返った。


モルフォニエルは静かに沈黙を守っていたが、やがて触角をゆっくりと揺らし、言葉を紡いだ。


『……聡明な君のことだ。薄々気づいているのだろう? 君が住むあの大陸……あの人間たちの帝国が存在する土地の異常性に』


私はハッと息を呑んだ。


「やっぱり……! 私があの『愛の乙女』や『溺愛病の男たち』を見て感じていた、あの生理的な悪心と不自然さ……あの大陸全体がおかしいという私の直感は、正しかったのね!?」


『ああ。大体君の予想通りさ。あの国はね……天界の女神の一人、『愛の女神シャラゼリス』の祝福……いや、呪縛によって、精神構造が少し『おかしく』なっているんだ』


シャラゼリス。

聖教において、絶対的な愛を司るとされる主要な女神の一柱。


「……愛の女神の祝福でおかしくなっている? 一体どういうこと? 女神シャラゼリスは、なぜそんなことを……あの大陸に狂気のような愛を振りまくような真似をしたの!?」


私が身を乗り出して理由を尋ねると、モルフォニエルは「ああ、それね」といった風に、どこか呆れたような、軽薄な声で答えた。


『昔、天界にいた頃に同僚から噂で聞いた話だが、神々の戯れか何かで、シャラゼリス様が天界で酷く笑ったことがあったそうだ。その時、彼女の目からこぼれ落ちた「涙の一滴」が、地上へポトリと落ちたんだよ』


モルフォニエルは、事も無く続けた。


『その涙が落ちた地上の場所が……ちょうど、君たちが住んでいるあの国だった。ただ、それだけだよ』


「………………」


大殿堂に、重苦しい沈黙が流れた。


私は自分の耳を疑い、目を丸くして彼を見上げた。


「…………え?」


『ん?』


「……え? それだけ……?」


『そうだよ。それだけだ。何度も同じ事を言うな』


モルフォニエルは当然のように答えた。


「……………………」


私は拳を握りしめ、全身の血液が逆流するような脱力感と怒りを覚えた。


ただの生理現象。

女神様の「うっかり落とした涙一粒」のせいで!

帝国の人々は狂わされたという事実。


(なんて……なんてはた迷惑なのぉぉぉぉぉぉぉ!!??)


私の心の中で、シャラゼリスに対する凄まじい怒りの叫びが爆発した。神聖さも何もない。ただの巨大な災害、迷惑極まりない事故ではないか!


私の内面の猛烈な憤怒を感じ取ったのか、モルフォニエル(ルキウス)は四つの白い翼をパタパタと軽快に揺らしながら、頭の中に能天気な声を響かせた。


『やれやれ、まったくだよな。神々の気まぐれというのは、いつの時代も地上の者にとっては「はた迷惑」極まりないものだよ。……同感するよ、アウレリア』


まったく威厳すらない、軽すぎる元天使の婚約者。

私は眩暈を覚えながら、深々と溜め息を吐くのだった。

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