↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】溺愛病の国なのに、私の婚約者だけなぜか平気なようです ◈   作者: 逆立ちハムスター


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/14

天界の裏事情

温かな光の玉に包まれ、冷え切っていた体が徐々に体温を取り戻していく。

荒い息を整え、意を決して立ち上がった私は、目の前に鎮座するあまりにも巨大で異形な存在——四つの白い翼を持つ巨大な蛾を見上げた。


その身から放たれる光は、先ほどの殺人的な暴力的発光から一転し、どこか神秘的で柔らかい真珠色のような輝きに変わっている。だが、そのスケールの大きさ、そして圧倒的な神聖さと禍々しさが同居した異質さは、見る者を根底から圧倒するのに十分すぎるものだった。


私はゴクリと唾を飲み込み、震える声を振り絞ってもう一度尋ねた。


「……本当に、ルキウスなの? 冗談や騙し絵ではなくて……あなたが、私の婚約者のルキウスなの?」


目の前の巨大な蛾の二本の美しい触角が、かすかに揺れた。光の胞子が幻想的に舞い散る。

そして頭の中に直接、あの聞き慣れた冷静でどこかわずかに不機嫌そうな声が響く。


『ああ、本当だ。嘘をついても得はないよ。……もっとも、「ルキウス」というのは地上で人間として過ごすために作った便宜上の偽名だがね。私の本来の真名は、モルフォニエルという。元智天使だ』


「モルフォニエル……」


その名前の響きには、人間の言葉では表現しきれないような、古風で不可思議な重みが宿っていた。

私は両手で自分の胸元をしっかりと押さえながら、恐る恐る次の疑問を口にした。


「……なら、モルフォニエル。なぜそんな……そんな姿をしているの? 巨大な白い蛾なんて、お世辞にも天使とは言えないわ。それに、この目を眩ませるほどの凄まじい光は一体何なの?」


私の問いに対し、モルフォニエル——巨大な蛾の姿をしたルキウスは、四つの翼を僅かに揺らめかせ、淡々と答えた。


『そうか、人間の感覚ではこれは「蛾」に見えるのだな。私の本来の姿は言葉で説明するのが難しいが、神の光を映す多面体のようなものだ。人間の脳が知覚しようとすると、最も近い虫の形状に誤認される。そして、この光は「神性しんせいの光」だ。私が天界にいた頃の名残……私という存在の根本から漏れ出している純粋な神性だ』


「神性の光……?」


『ああ。これでも限界まで抑えているんだ。どうしてもこれくらいは外に漏れてしまう。……ああ、言っておくが、君の正面だけは光が届かないように特別に遮断してある。君の前に向かうはずだった光は、空間を折りたたんで部屋の別の場所へ逃がしているんだ。もしこの神性の光が生身の人間である君に直撃したら、君の肉体も魂も、一瞬で跡形もなく消滅してしまうからね』


「なっ……!?」


私はあまりの恐ろしい事実に血の気が引いた。

消滅!? 跡形もなく!?

もし彼がその「光の逃がし」を怠っていたら、私は先ほど物置からここに移動した瞬間に、蒸発してこの世から消えていたというのだろうか。


「消滅って……! そんな危険な光なら、いっそのこと元の……あの人間の、ルキウスの姿に戻ればいいじゃない! それなら私だって消滅する危険はないでしょう!?」


思わず半ば叫ぶように提案した私に対し、モルフォニエルは翼を力なくパタりと伏せ、心底面倒くさそうな溜め息を吐いた。


『無茶を言わないでくれ、アウレリア。ここがどこだか分かっているのかい? ここは地上ではない。「地獄」だよ。この地獄という濃密な瘴気が満ちる環境で、純粋な神性を持つ私が人間の姿(偽装)を維持するのは、想像以上に過酷なんだ。例えるなら、この部屋で神性の光を抑える作業が「立ったり座ったりする程度の労力」だとするなら、地獄で人間の肉体の皮を被り続けるのは「何時間も息を止め続ける感覚」に近い。無理な制御は、光を抑えるよりかなりきついんだよ。だから自分の領域(作業場)に戻ってきた時くらい、素の姿で羽を伸ばさせてもらいたいんだ』


想像してみる。数時間も息を止めながら生活する苦しさを。

……それは、確かにものすごくきつい。


「それは、きついわね。素の姿でいたくなるのも素直に納得したわ。でも、だから地上ではいつも不機嫌なのね」


「まあ、そういう事だ」


「へー、ここが地獄なら人間の姿に戻るのも大変なことなのね……」


私はそこでピタリと言葉を止めた。

喉の奥が引きつり、自分の耳を疑う。


「……え? ……は? じ、地獄!? 地獄って言ったの!?」


遅れてやってきた凄まじい衝動に、私は目を見開いて叫んでいた。


『大声を出さないでくれ、頭に響く。まったく、読書を邪魔する時と同じだな。そうだよ地獄だよ。何度も言わせるな。厳密には地獄の……まあ、どうでもいいか』


「じ、地獄ぅぅぅ!? なんで私が地獄にいるの!? っていうか、あなた元智天使なんでしょう!? なんで天使が地獄にいるのよ!? まさかあなた、天界を追放された堕天使なの!?」


パニックを起こして捲し立てる私に対し、モルフォニエルは至極呆れたような声を頭の中に響かせた。


『堕天使などという不名誉な言い方をしないでもらいたいな。私は自分の意思で天界を離れ、ここに滞在しているだけだ。……理由は単純だよ。私は「建築」を愛しているんだ』


「……は? 建築……?」


予想外すぎる単語に、私のパニックが不発に終わる。


『そうだ。建築だ。もっと様々な構造、様々な様式、天界には存在しない歪で美しい建築物を造ってみたくて、地獄に足を運んだんだよ。地獄そのものが好きというわけではない。天界の建築はどれも清廉潔白で、完璧すぎて白百合のようなものばかりだから。長年、見続けていれば飽きる。だから今は、地獄の悪魔たちから依頼を受けて、彼らの宮殿や要塞の建築を手掛けているだけさ。もちろん、飽きれば地上にも行くし、別の次元にも行く。特に深い政治的・宗教的な意味など皆無だ』


「あ、建築がやりたいからって理由で地獄に来たの……? 天職探しの自分探しの旅みたいなノリで……? まあ、そんなもんなのね……」


私は眩暈めまいを覚えた。

世界を統べる神々の世界で、天使が「建築趣味」のために天界を出奔し、地獄でフリーランスの建築家として働いているというのか。


私がしんみりと頷くと、モルフォニエルは満足そうに触角を揺らした。

だが、すぐに私の頭の中で「いやいや、騙されるな私!」と警報が鳴り響いた。彼の独特な理屈に流されそうになっていたが、これは一大事だ。


「……待って! いくら建築が好きだからって、そんな勝手なことをして神々に怒られないの!? 天界の機密事項とか、建築技術を地獄に流出させているわけでしょう!?」


『勿論、怒るだろうね。まあ、細かい話、分かるだろう?』


モルフォニエルはどこか他人事のように軽く言いのけた。


『だが、私には天界に対する敵意や反逆の意志が一切ない。ただの純粋な「知的好奇心」と「創作意欲」で動いていることを彼女達も知っているからね。危険視まではされていないよ。まあ……もし本気で危険視されて討伐隊でも送られてきたら、流石に参っちゃうけれどね。フフっ』


(フフっ、じゃないわよ!!)


なにこの天使、めちゃくちゃ軽い!!

見た目は神々しくも恐ろしい巨大な光の蛾なのに、中身は完全に「こだわりが強すぎて常識が欠落した職人気質の変人」じゃないの! ああ、元から変人か。


「……あのさ、モルフォニエル。ひとつ聞いてもいい?」


『何だい?』


「地獄に……あなたみたいに、勝手に来て働いている天使って、他にもいるの?」


『ああ、思ったより大勢いたよ。天界の厳しい戒律に嫌気がさした者や、私のように趣味を極めたい者、悪魔と対等に交易をしている者などね』


「大勢いるんだ……天使界も案外、労働環境に問題があるのね……」


なんだか天使に対する神聖なイメージが音を立てて崩れていく。


『まあ、私も地獄の複雑な建築法規や構造計算で壁にぶつかることはある。そんな時は、スロニエルによく助言をもらうんだ。彼は恐ろしいほどの力を持っているが、天界一の知恵者でもあったからね』


「……? スロニエル……座天使ざてんし?」


私はふと首を傾げた。

実家は虔心けんしんな聖教徒の家系だ。幼少期に施された神学教育の知識が、私の記憶の隅から引っ張り出される。


「ねえ、モルフォニエル。私、聖書や神学書で読んだことがあるわ。天使の階級(位階)って、一番上が熾天使セラフィム、次が智天使ケルビム、その次が座天使ソロネ……でしょう? あなた『元智天使』って言ったわよね? なら、聖書の位階で言えば、あなたの方がその座天使より『上』なんじゃないの? なんで上の階級のあなたが助言をもらっているの?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。