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15話 初狩り

 アルが森の集落を訪れてから二か月が経ち、青々と茂っていた草木が色を変え、朝晩に寒さを感じるようになった頃。


「おいおいアル! 今日は肉を片付けるって言っただろ!?」


「もうやっといた! テオも石投げに行こう!」


 今にも小屋を抜け出そうとするアルを咎めるテオは肌寒い空気に身を震わせながら、差し込む朝の日差しを手で遮る。


 アルの言葉を確かめるため渋々外に出ると、昨晩同居人の兄が持ち帰ったばかりの兎が枝肉になっているのを干し網に確認した。


「んー。じゃ、俺はもう少し寝るわ」


「怖いの? 僕に負けるのが」


「ああ……?」


 ここ二か月でテオの扱いにだいぶ慣れたアルは、彼の思考パターンが手に取るように分かってきた。


 基本的にお調子者で無駄にプライドの高いテオは、アルの「負けず嫌い」とはまた少し異なり、「舐められたくない」という思いを動機にすることが多い。


 故に新参者のアルからの挑発を、ただの眠気で片付けられるほど大人ではなかった。


「もういっぺん言ってみやがれ! クソが!」


 難なく物臭のテオを修練場に引っ張り出したアルは、飽き性でもあるテオが逃げないように、予め用意しておいた小石の山まで誘導する。


「めん玉ひん剝いてよぉく見てやがれよ、アル!」


「うん、いつでもいいよ!」


 ビュッ――ガッ!


 誰もいない静謐な朝の修練場に、今日も的板の鳴る音が響く。


「やっぱりすごいなテオは! もう一度、もう一度だけ投げて見せて!」


「お前なぁ、いっつもそれだよな……。まぁいいけど、よ!」


 再び綺麗な弧を描き、最奥に置かれた的が小気味良い音を立てる。


 投石を始めたばかりの当初は、石の軌道や的に跳ね返る石ばかりに気を取られていたアルも、今ではそれを投げる者の一投一足の細部に至るまで観察することに心血を注いでいる。


「じゃあ次は僕の番ね。どこがダメか教えて」


「はぁ……もう言うことなんて何もねぇよ……」


 ビュッ――ガゴッ!


 アルが放った石は見事にテオと同じ的に当たった。


 今度はそればかりか、度重なる打痕傷や風雨によって劣化した的を破壊するに至った。


《スキル『投石』がレベル10に到達しました》

《スキル『模倣(アヌカラナム)』のレベルが上がりました》


「で、どこがダメだった?」


「あー、めんどくせぇ! どこもダメじゃねぇよ! 一人でやってろ!」


 どこか苛立った様子で立ち去ろうとするテオの腕を取り、無理やり引き留めるアル。


 だが、乱暴にそれを振り切るテオに違和感を覚えたアルは、大人しく引き下がり集落へと戻っていくその背を見送った。


        ***


「テオ、アル。今日から二人で狩りをしてこい。狙う獲物は小さい物でいい。無理はするな」


 小屋に戻るなり、同居人の兄ヒュホが二人を呼び付け、森で自由に狩りをしてこいと言った。


 森で狩りを許される子供は、長である親父か年長者である兄から認められた者と決まっている。


 許可の基準は曖昧だが、基本的には石、ナイフ、槍、弓のいずれかの扱いをある程度覚えた者に下されている。


 弓は集落や修練場での使用ができないため、年少の子供が許されるには石、ナイフ、槍の扱いに慣れている必要がある。


 弓は集落に来る前からの経験者か、狩りの経験を積んだ年長者が扱いを許される。


 また、単独での狩りは禁じられているため必然的に二人以上の子供が森に入り狩りを行う。


 二人などの少人数では鳥や鼠などの小さな獲物を狙うのが常であり、大型の獣を狙うには複数の兄の同行が必須条件とされる。


「いやぁ、俺たちもついに初狩りかー! よろしくな、アル!」


「う、うん! よろしく兄、じゃなくてテオ!」


 投石の上達と共によそよそしくなっていたテオのことを気にかけていたアルだけに、初狩りを機にいつもの調子を取り戻したテオの様子にアルは安堵した。


 ヒュホに見送られ森に入った二人は、興奮冷めやらぬ中、頻りに枝の間へと視線を巡らせた。


 腰に下げた小さな籠に詰めた小石は、主に鳥を狙うために見繕ったものだ。


「――おいアル……! あそこ見てみろ」


 木にとまった小鳥を狙い、繰り返し投擲を行うも、枝に邪魔され一向に当てることができない二人は、動く獲物を投石で仕留めることの難しさを痛感していた。


 そんな最中に、不意に姿勢を低くしたテオは口に人差し指を押し当てながら、すぐ後ろのアルに少し先の茂みを指し示した。


 見覚えのある姿。


 外見はほとんど野兎と同様だが、それよりも一回り大きい。

 額から大きく突き出た一本の角が特徴的な一角兎(アルミラージュ)だ。


 興奮気味のテオが、身振り手振りであれを獲ることを提案する。


 二人の作戦は非常に単純で、一角兎に気付かれないよう投石の威力ができるだけ大きくなるギリギリの位置まで接近し、一気に片を付けるというもの。


 幸いにも一角兎のいる茂みの更に奥は切り立った崖の壁があるため、仮に逃げられても草木が開けた右方向か、茂みの続く左方向かの二択で的を絞ることができる。


 ――よし、いくぞ!


 二手に別れ、離れたアルにまで意気込みが聞こえてきそうなほどやる気に満ちた表情で頷いて見せるテオ。


 思わず笑いが込み上げる頭を振って仕切り直したアルは、腰の籠にある大きめの小石を探り、慎重に一角兎のいる茂みに近付く。


「――キュ」


「ちくしょうバレた! これでも食らえっ!」


 どこでどう察知したのか、不意に虚空を仰ぎ見た一角兎はアルたちの予想に反して壁のある茂みの奥へと潜っていった。


「たはー! いけると思ったんだけどなぁ」


 最後はもう自棄気味に籠に残った小石を放り投げていたテオが、まだ一投もしていないアルに近付き額の汗を拭った。


「……いや、まだいけるかも」


「ああ? なに言ってんだ」


 初狩りの反省会も兼ねて、一角兎がどのような経路で逃げ去ったのかを確認すべく茂みの奥を掻き分けていたアルが、崖壁にできた不審な穴を発見した。


「――お、おおおお!」


「しっ、声が大きいよ。まだ近くにいるかもしれない」


 兎の習性として、出入口が一つだけというのは考えにくい。


 天敵に襲われた際に、逃げ込んだ穴の外で待ち伏せされては一溜まりもないからだ。


 だから先ず他の穴を塞いで、逃げ道をできるだけ減らしてしまえば狙いが付けやすくなる。


「ってかなんでお前、そんなこと知ってんだ?」


「ちょっと本で読んだことがあるんだよ」


 ここ二か月の間、アルは漫然と過ごしていたわけではない。


 得意顔のテオに負けないため、雑事以外の時間を投石に費やすことに加え、度々目の前に現れる文字列の根源システムなるものに触れることを欠かさなかった。


 その中で得られた情報の一つに《図鑑機能》がある。


 これまで触れた物、特に《ストレージ》に保管した物に関してはその物の詳細を図鑑として見ることができる。


 一角兎は、貫通させた出入口の二つの他に食物を探しに出るための穴を百メートル範囲におよそ三つ以上空ける。


 穴を掘る種類の動物は、特に煙で燻し出す方法が採用されてきたことが図鑑に添えられた《メモ》に記録されている。


「おーい! 見つけたぞぉ!」


 二人は手分けして周囲の穴を探し、始めに見つけた一つの他に大小三つの穴の発見に成功した。


 一つは崖壁の穴のすぐ近くにもう一つ空いた穴、あとの二つは離れた茂みに盛土状の穴ということもありすぐに見つけられた。


 崖壁のものを除いて、彼らが生きるために苦労して作ったであろうそれらの穴を崩して埋める。


「テオ、火をお願いできる? 崖の向こうまで穴が繋がってたら逃げられるけど」


「ここまできてがっかりさせんなよな! そんで、お前も早く火起こしくらいできるようになりやがれ!」


 腰布から小さな火打石と(ほぐ)した麻紐を取り出したテオは、崖壁の穴の中に組んだ小枝の下から手際よく着火させた。


「いつでもいいぜぇ、兎ちゃんよぉ……!」


 ブツブツと呟きながら舌なめずりするテオは、火を焚いた穴とは別の崖壁の穴の前に陣取り、ナイフを構えた。


 コツッ……! コツッ……コツッ、コツッ!


 風の流れもあり順調に煙が充満する穴。


 その奥の方から次第に何か硬質な物同士が触れ合う音が響き、近付いてくる。


 ガサガサガサガサッ――!


「うわっ!」


 穴を駆けてきた影が勢いよく外へと飛び出す。


 予想に反し、火を焚いた穴から現れた一角兎は地面に着地するなり、その場で地に頭を擦り、藻掻き始めた。


「おいアル、なにやってんだ! 早く止め刺せ!」


「――はぁ、はぁ、はぁ……!」


 血走らせた目のまま身を捩らせる一角兎を前にして、不規則に息を吐き続けるアル。


 アルはナイフを手にしてはいるものの、狙いを定めることはおろか、立っていることすら危ういほどに取り乱している。


「おらぁっ!」


 ザッと音がして「ギュルギュル」聞こえていた鳴き声が不意に止まった。


 力なく垂れる首元からはトクトクと止め処なく血が流れ、やがて弱々しく続いた痙攣もなくなった。


《レベルが3に上がりました》

《ナイフスキルが解放されました》


「よぉ、大丈夫かアル? まさか怪我でもしたのか?」


「……ん。だ、大丈夫。怪我は、ない」


 何故すぐに止め刺さなかっただの、逃げられたらどうするつもりだったのかだのと喚き立てていたテオは、力なくナイフを手にしたまま呆然と立ち尽くすアルの異常にようやく気付いた。


「ったく、功労者がそれでどうすんだよ……」


 敢え無くしてその場にへたり込むアルに肩を貸したテオは、自分たちと同程度の巨大な獲物を置いて集落へと急いだ。


   *


 集落に戻ると、いの一番に雄叫びを上げたテオのもとに兄や子供たちが集まった。


 大型の獣を引き付けるからという理由で兄たちから頭を叩かれたテオは、森で仕留めた一角兎の異常個体について話して聞かせた。


 獲物の回収は兄たちに任せ、今は現状の報告のため小男のいる小屋までやってきたところだ。


「そりゃあオメェ、森の主だな。一角兎にも主がいたとは初耳だぜ」


「そんじゃあ俺も一人前だよな! 早く女抱かせてくれよぉ!」


 言葉と伴に衣服を脱ぎかけるテオを例の如く摘まみ出した小男は、改めて残されたアルと向き合う。


「アル。テメェ、獲物を刺せなかったんだってな」


「は、はい」


 バシッ!


 瞬間的に張られた頬が赤く熱を帯びる。


「死に際の獣ってのは怖いもんだぜ? なんたって死に物狂いで生きようと抵抗してくるんだからな」


 バシッ!


「俺がお前をひっぱたくのに理由なんてねぇよ。俺がただしたいからしてるだけだ。なんでひっぱたかれるかを考えるのは、テメェの勝手だがな」


「あ、ありがとうございます」


 バシッ! バシッ!


「なに礼言ってんだ、気持ちわりぃ! それとその話し方はやめろと言ったはずだ」


 バシッ!


「テメェがテメェの意思で死ぬんなら文句は言わねぇ。だが、テメェのミスで他のガキが死んでみろ。お前はもう、人じゃいられなくなるだろうよ」


 その時は俺がお前を殺すと言い、最後の平手を見舞った小男は、頬の腫れ上がったアルを鼻で笑い、仕切りの奥へと引っ込んだ。


「アル、こっちにおいで」


 限局性の恐怖心によって瀕死の動物すら殺すことのできない不甲斐ない自分を呪うかのように、腫れた目で中空を睨みながら声も立てずに涙を流すアル。


 そんな姿を見兼ねたタマラが、胸にしがみ付く赤子と同様にアルを大きな乳房へと迎え入れる。


「僕は、弱い」


「そんなことないと思うな。生きてる動物を可哀想って思えるのは、きっとアルが優しい心を持っているからなんだね」


「でも、そのせいで僕は何もできない。大切な人の期待にも、応えることができない」


 宍果族(ファタル)特有の沈み込むような柔肌に顔を埋める少年の表情は窺い知れない。


 しかし生来の人の良さから困っている人を放って置けないタマラは、同じ〈天性〉を持つアルの頭をそっと撫でながら言葉を紡ぐ。


「宍果族ってね、男の子たちから『エッチな種族』って言われてるの。なんでか知ってる? 何をされても『はいはい』って受け入れたくなっちゃうからなんだよ」


「どうして……? 断ればいいじゃないですか」


「うーん。もちろんエッチなことも嫌いじゃないんだけど、なんだか頭がぽーっとして『そうしなきゃ』って思っちゃうんだ。痛いのは嫌だけど、それを断るよりも、痛くしてくれて『気持ちいい』って思ってもらえる方が嬉しいの」


「それじゃ、タマラ姉さんが可哀想だよ」


「ありがとう、アル。――私たちは力がとっても強いけど、神様がね、人を傷付けてはいけませんって決めたの。きっとアルもそうなんだね」


 終始眠気を誘う穏やかな口調で囁くタマラは、次第に緊張を解き小さな身を自身に委ねるアルを愛おしく思った。


「人ってね、強くないと優しくなれないんだよ……。おやすみ、アル」


 座した姿勢のまま抱き付くアルの衣服を器用にずらしたタマラは、眠ったアルの一物を一頻り手や口で愛撫した後、満足気に跳ねた小さな体を自身のベッドへと横たえた。





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