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9.いざダンジョン2

「リオ!!」


ぐったりと地面へ横たわるリオのそばへ駆け寄ったセリカは、彼女の体を抱き起こしケガの状態を確認した。


呼吸はある……うん、死んでない。気絶しているだけか。外傷は確認できないけど……あの勢いで壁に激突したんだから、骨や内臓にダメージを負ってる可能性はある。


「リオ! 起きなさい!」


セリカがリオの頬をバチンッと勢いよくビンタした。


「……っ! んん……!」


リオの意識が戻った。


「よかった! どこか痛いとこある!?」


「……ほっぺた」


「それ以外!」


「あ……いたたたっ……! アバラ、ヒビでも入ってるかも……!」


リオは胸のあたりを押さえながら苦悶の表情を浮かべた。即座にセリカがリオの胸に手をかざす。


「……治った!」


「よし……。それにしても、祝福で防御力上がってるはずなのにこれか……」


「いや、あーし普通に死んだと思ったわ。祝福かけてもらっといて本当によかったー! サンキュッてへぺろ」


「うん。じゃ、続きよろしく」


「続き?」


セリカがリオの後方を指さす。そこでは、ジェイドとハマーが武器を構えたままドラゴンゾンビと対峙していた。


「そうだった!! いやあああ!!」


「うるっさい! ケガしたら治してあげるからさっさと行きなさい!」


セリカがリオの背中をドンと押す。涙目になりながらも戦線に復帰したリオへ、ジェイドがちらりと目を向ける。


「リオ! 無事なんだなっ!?」


「何とかね! で、どうすんの!?」


「こうなりゃ、やるしかねぇだろ! いつもの俺たちなら到底相手にならないだろうが……今日は聖女もいるしな!」


リオとハマーが力強く頷く。


「的を絞らせるな! バラけて囲むぞ!」


「オッケー!」


「よっしゃ!」


恐怖にすくむ体に鞭打ちながら、三人は果敢にドラゴンゾンビへ挑む。リオは距離をとりながら魔法を放ち、隙を見てハマーとジェイドが斬りかかる。その様子を、セリカは離れたところからじっと観察していた。


意外といい勝負になるんじゃないか、と希望を抱いた刹那。飛びかかって斬撃を見舞おうとしたジェイドの胸部を、ドラゴンゾンビの凶悪な爪が引き裂いた。


「ジェイド!!」


すぐさまセリカがジェイドへ手をかざす。光がジェイドを包み、胸に刻まれた爪痕も綺麗さっぱり治った。


「し、死ぬかと思った……!」


ジェイドが大きく息を吐く。一方、セリカも「死んだと思った……!」と心の中で呟いていた。


再び始まる激しい戦闘を尻目に、セリカはバッグからそろばんを取り出し珠を弾いた。


ぱち。


三人への祝福、リオへの軽傷治療、ジェイドへの致命傷治療。


ぱちぱち。


実際に消費するコストは祝福が銀貨八枚、軽傷治療が銀貨三枚、致命傷治療が銀貨三十枚……。


ダンジョン同行料金は銀貨十二枚。三人分で三十六枚。聖女サポート会員の月額料金も算入するとして、トータルで銀貨六十六枚……。


ぱちぱちぱち。


銀貨六十六枚から実際のコスト、銀貨四十一枚を引くと二十五。


やば……もう一度誰かが致命傷でも負って治療したら、コストが上回ってしまう。もちろん、追加料金もらえばいい話ではあるけど……。


セリカは三人とドラゴンゾンビの戦いへ目を向けた。善戦はしているものの、ドラゴンゾンビにダメージを与えているような様子は窺えない。


このままじゃジリ貧だ。追加料金とって何度治療したとしても、ドラゴンゾンビを倒せないのなら意味がない。


どうする……? 考えろ考えろ。何か突破口があるはず。こんなところで死ぬなんてまっぴらごめんだ。


「ん……? 待てよ……?」


ドラゴンゾンビってことはゾンビ……つまりアンデッド。ってことは、奇跡で浄化できるんじゃ……?


確信はもてないけど、やってみる価値はある。問題は、あれだけ強い魔物を浄化するのにどの程度のコストがかかるのか。


セリカが再びそろばんの珠を弾く。


ぱち。


ボスクラスのアンデッド……祝福で強化された冒険者に致命傷を与えられるほどの魔物。


ぱちぱちぱちぱち。


だとしたら……これくらいか? いや、中途半端はダメだ。今回に限っては、コストを高めに見積もらないと。


ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち。


よし、計算できた。およそ金貨三〜五枚。これならいける……多分!


「ジェイド! あといくらお金出せる!?」


戦闘中のジェイドへセリカが声をかける。


「はあ!? こんなときに何言ってんだ!!」


「いいからいくら出せる!? それによって生きて帰れるかどうかが決まるのよ!」


「ふざけんなっ! 金ならもう払ってんだろうが!」


「想定外のときは追加料金がかかるって、料金表にも書いてんでしょうが!!」


「ああああ……もう……! 金貨一枚だ!」


ヤケになったようにジェイドが叫ぶ。


「ハマー、あんたは!?」


「お、俺は金貨二枚が限度だ!」


ちっ……! しみったれてるわね! 冒険者ってもっと金持ってるもんじゃないの!?


「リオは!?」


「わ、私、銀貨数枚しかないよ! そもそも、あまりお金持ち歩かないもん!」


「お金じゃなくていいから、何か価値があるもの持ってない!?」


「あー……! お守りの短剣! お母さんの形見の!」


「価値はあるけどさすがに却下!!」


んー……! 金貨三枚……さすがにきついか!? せめてあと一枚……!


と、そのとき。


「あ! 私ブーツの底に金貨一枚隠してたんだった!」


思い出したようにリオが叫ぶ。


「それだ! よし。みんな早くお金ちょうだい!」


「状況見てもの言えよ! あとでいいだろっ!?」


「ダメ! 前払い!」


「ああああ……! もうっ、お前って……! ほらよ!」


ジェイドはドラゴンゾンビから距離をとると、一枚の金貨をセリカへ投げてよこした。ハマー、リオもそれに続く。


よし、これなら……!


セリカが両手のひらを広げて、ドラゴンゾンビへ向ける。そして──


「お願い……! 浄化!!」


一際まばゆい光がドラゴンゾンビの巨体を包み込んだ。苦しみから逃れるように、ドラゴンゾンビは大きく体をうねらせた。


ウソ……効いてない……!?


と思った刹那──


断末魔にも似たドラゴンゾンビの咆哮がダンジョン内にこだました。強烈な腐臭を放っていた巨体が、サラサラと砂の城のように崩れていく。


「マ……マジかよ……!!?」


「こ……こんなにあっさり……? 聖女、やば……」


「すげぇ……!」


自分たちが三人がかりで手も足も出なかったドラゴンゾンビを、セリカ一人で倒してしまったことに、ジェイドたちはただただ驚愕した。


「聖女の力……というか、金の力で勝っちまいやがった……」


「それな……」


「非常識すぎる……」


呆然とする三人。


「ふぅ……!!」


セリカは大きく息を吐いた。


よかった……! 何とか倒せた……! 


追加料金は発生したけど誰も死んでないし、聖女ブランドが傷つくことは回避できたわね。そして赤字も華麗に回避。


「セリカ!」


駆け寄ってきたリオが勢いよくセリカに抱きつく。


「凄い凄い! 本当に凄いよセリカ! ドラゴンゾンビを倒しちゃうなんてさっ!」


「アンデッドだから何とか浄化できたみたいね。ちょっとした賭けだったけど、うまくいってよかった」


安堵したからか、セリカの口もとが自然と綻ぶ。と、そのとき。


「お、おい! あれを見ろ!」


ジェイドが少し離れた地面を指さす。そこには、ドラゴンゾンビの骨や牙の一部らしいものが残されていた。


「あら……全部は浄化できなかったってことかな?」


「でも、そのおかげで素材を持ち帰れるよっ!」


首を傾げるセリカの隣で、リオが嬉しそうに飛び跳ねる。

 

「え。あんなもの、持ち帰ってどうすんの?」


「素材として売るんだよ! あー、よかったぁ……!」


「どれくらいで売れるもんなの?」


「ドラゴンゾンビの素材なんて希少だからね……持ち帰れる分だけでも、金貨十枚近くになるとは思う」


マジか。魔物の素材ってそんなに価値があるんだ。これはまた……ビジネスの幅が広がりそうな予感。


口もとをにんまりとしならせたセリカを見て、ジェイドたち三人は「また金のこと考えてる」と苦笑した。


こうして、セリカ初のダンジョン挑戦は幕を閉じたのである。

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