8.いざダンジョン1
「クレスタ、この書類チェックしてくれる?」
「はい、ノアさん」
「ローレル、聖女サポート会員の顧客リストってどこだっけ?」
「棚の上から三段目、って昨日も言ったぞセリカ」
「そうだっけ? お、あったあった」
「ノアさんこの書類ですけど、契約者の名前が汚すぎて読めません」
「どれどれ……ほんとね。自分の名前くらい綺麗に書けっちゅーんじゃアホンダラっ!!」
「ノア、あんた情緒どうなってんのよ」
聖女商会の立ち上げから三日が経った。オフィスでは、セリカをはじめノアにクレスタ、ローレルが絶賛事務作業に勤しんでいる。
「さて、そろそろ私は行くわね。帰りは夕方になると思う」
「ああ、今日はダンジョン同行の予約が入ってましたね」
「そうなの、初ダンジョン。柄にもなくちょっとドキドキしてるわ」
ふふ、と笑みをこぼすセリカへ、ノアはメガネをかけ直しながら心配そうな目を向ける。
「ダンジョンは魔物の巣窟です。会長、くれぐれも気をつけてくださいね」
「あら。心配してくれるのね、ノア」
「当然です。会長に何かあったら、誰が私たちに給料払ってくれるんですか?」
「いや、そこかよっ!」
ローレルの見事なツッコミが冴え渡る。一方、クレスタは感情が窺えない目をセリカへ向けた。
「先生……」
「大丈夫よ。いざというときは全力で逃げるから。自分の命より大切なものはないからね」
上目遣いのまま、クレスタがこくりと頷く。
「じゃ、行ってくるね。みんな、あとよろしく」
──セリカが冒険者ギルドに着くと、すでに依頼者である冒険者パーティが待っていた。
「あ、来た来た! おーい聖女さん、こっちだ!」
手を振る赤髪の冒険者のもとへセリカが歩み寄る。
「もう来てたのね。ジェイド」
「そりゃそうさ。俺たちにとっても初のダンジョンだからな」
今回、ダンジョン同行を依頼してきたのは、ジェイド率いる冒険者パーティ。聖女ビジネス開始時における初依頼人でもある。
「え。ダンジョン初めてなの? あんた、そこそこベテランの冒険者じゃなかったっけ?」
眉をひそめるセリカを見て、女魔法使いのリオと巨漢の重戦士、ハマーが顔を見合わせ苦笑いした。
「この人、薄暗いとこ苦手なのよ」
ちらりとジェイドを見ながらリオが言う。セリカはますます眉をひそめた。
「……ちょっと、大丈夫なんでしょうね? 言っとくけど、私戦闘には参加しないわよ?」
「大丈夫だって! ダンジョンに挑むために、最近は夜間の依頼もこなしてたしな! それに、聖女さんが強化してくれたこの剣もあるし」
ジェイドが腰に履いた剣をポンと叩く。
いや、別に意図して強化したわけではないんだが?
「ま、まあいいわ。あんたたち、聖女サポート会員入ってるわよね?」
ジェイドとリオ、ハマーが同時に親指をグッと立てる。ちなみに、この中で真っ先に会員となったのはリオだ。初対面のとき、散々守銭奴と罵っていたのに見事な手のひら返しである。
「なら、一人につき銀貨十二枚ね」
「あいよ」
受け取った銀貨を革袋にジャラジャラと入れたセリカは、口もとをにんまりとさせた。
「まいどあり。じゃ、行きましょうか」
こうして、セリカとジェイドたちはいざダンジョンへ。目的のダンジョンは王都シエンタの郊外にあるとのこと。そして馬車に揺られること約二十分。
「いたた……! まさか、これほど乗り心地が悪いなんて……」
馬車から降りたセリカは、お尻をさすりながら言葉を絞り出した。その様子を見たリオがくすくすと笑う。
「きついよねー。私たちは割と慣れてるけど、それでもできれば乗りたくないもん」
「……ほんと、お尻壊れるかと思ったわ。で……これがダンジョンの入り口?」
「ああ」
目の前には、大きな石を積み上げた『かまくら』のようなものが。その中に、地下へと続く階段がある。
「まるで、地下鉄の入り口みたいね」
「ん? 何か言ったか?」
「何でもないわ。さ、行きましょ」
ジェイドとリオ、ハマーがこくりと頷く。初ダンジョンとあって、三人の顔にはかすかな緊張の色が見てとれた。
「初挑戦だから、とりあえずは地下三層あたりを目標にするか」
「ダンジョンって何層あるものなの?」
「それはダンジョンによって違う。ここは十二層らしい」
「らしい、って何よ」
「踏破したヤツがいねぇから、分かんねぇんだよ」
「なるほど」
長い階段を降りてたどり着いた地下一層。セリカは興味深そうに周りをきょろきょろと見回した。
これがダンジョンか……もっと不気味でジメジメした場所をイメージしてたけど、意外とそうでもない。
「さあ、進むぞ」
ジェイドが周りを警戒しつつ先頭を進む。その後ろにリオが続いた。
「セリカは私とハマーのあいだね」
「うん」
隊列を組んでダンジョンを進んでいく一行。特に何事も起こらず、しばらくは平和な時間が続いた。
「あ、セリカ。宝箱があってもいきなり開けちゃダメだからね?」
「どうして?」
リオの言葉に、セリカが首を傾げる。
「宝箱に擬態した魔物もいるから。箱を開けた途端、食べられちゃうわよ」
マ、マジか……恐ろしすぎるでしょ。先に聞いといてよかった。宝箱なんて見つけたら、問答無用で開けるに決まってるし。
と、そんな会話をしていたところ──
「! 気をつけろ! 出たぞ!!」
ジェイドが声をあげ剣を抜いた。視線を向けた先にいたのは、シェパードをもっとゴツくしたような犬。
「……犬?」
「ヘルハウンドだっ!」
ヘルハウンドが低い唸り声をあげながら、獰猛な目をジェイドたちへ向ける。
なるほど、アレが魔獣ってやつね。よし、本格的にお仕事開始だ。一人につき銀貨十二枚、全部で三十六枚。赤字にならないよう、うまく調整しながらやんないとね。
セリカが両手を天に掲げる。たちまち、ジェイドたち三人の体が光に包まれた。
「祝福かけたから。とりあえず戦闘はよろしく」
しれっとパーティから離れたセリカが手を振る。ジェイドたち三人が「任せとけ」と言わんばかりにヘルハウンドへ襲いかかった。たちまち激しい戦闘が始まる。
「おお……! 体が軽いぞ!」
「それに……ダメージも少ない!」
「魔力もすぐ回復するわ……!? 何これっ……!」
祝福の効果に感動を隠せない様子のジェイドたち三人。十分も経たないうちに戦闘は終わった。もちろん、ジェイドたちの圧勝だ。
「すげぇな、聖女の奇跡……! ヘルハウンドは決して弱い魔獣じゃないのに」
「ほぼ無傷で勝てたなんて、ウソみたい……」
「ああ……こりゃ、癖になるな……」
感動しきりのジェイドたちを、セリカは少し離れた場所から観察するようにじっと見つめた。
ふむ……祝福の効果は理解してたけど、実際の戦闘を見るとその有用性がよく分かる。そりゃ冒険者から人気があるわけだ。
その後も何度か戦闘が発生したものの、祝福効果のおかげで危なげなく勝利を収めるジェイド一行。順調に地下一層と二層をクリアし、ついに当初の目標としていた三層へ到達した。
「……なんか、急に空気が重くないか?」
「う、うん。肌もちょっとピリピリするというか……」
「ヤバそうな雰囲気だな……」
セリカも同じことを感じていた。
ここはまだ三層目。最下層は十二層と言ってたから、まだまだ序盤のはずだ。なのに、何だろうこの嫌な予感は。
「ねえ。そう言えば、ダンジョンってボス的なヤツはいるの?」
「ああ。このダンジョンは、四層と八層、十二層にいるらしい」
「ふーん……」
不穏な気配を肌で感じつつも、一行はダンジョンを進んでいく。そして二十分弱歩いたころ、明らかな異常を全員が嗅ぎとった。
「おい、おかしいぞ……! なぜ、魔物が出てこない!?」
「たしかに……変ね。いったいどういうこと?」
ジェイドとリオが戸惑ったように口を開く。と、そのとき──
ズシンッ、と腹に響くような低い音が聞こえたのと同時に、地面が揺れた。さらに、周りの温度が急激に低下していく。
一定のリズムで揺れる地面、近づいてくる轟音。視線を向ける先。暗闇から現れたソレを見て、四人はその場に凍りついた。
あ。昔博物館で見た恐竜の骨格標本みたい──
一瞬、そんなことを考えてしまったセリカだったが、ハッと我にかえる。
「ウ……ウソ、だろ……? 何で、こんなとこにいるんだよ……」
ジェイドの声は震えていた。声だけではない。よく見ると膝もガクガクと震えている。
「い、いや……! いや……!!」
恐怖で歯をガチガチと鳴らしながら、瞳に涙を浮かべるリオ。
「じ、冗談じゃねぇぞ……クソッタレ……!!」
巨漢のハマーは、恐怖に打ち勝とうとしているかのように語気を強めた。
「ねえ……あれ、何?」
「ドラゴンゾンビだ……!」
四人を威嚇するように見下ろしていたドラゴンゾンビが、猛々しい咆哮をあげる。空気がビリビリと震え、突風が巻き起こった。と、次の瞬間。
凄まじい速さで飛んできたドラゴンゾンビの尾が、リオの華奢な体をいともたやすく弾き飛ばした。壁に激突したリオはピクリとも動かない。
「リオ!!」
絶叫に近いセリカの声は、昂るドラゴンゾンビの咆哮にかき消された。




