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7.組織化しよう

「な、なんじゃとおおお……!!」


悪趣味な装飾を施した玉座に体を埋めたまま、セレスティア十三世は憤慨したような表情を浮かべた。


「おとなしくしておれと言ったのに、あやつめ……! しかも、聖女が商売じゃと……!?」


「は。しかも、かなり繁盛しているとか」


淡々と事実のみを述べる側近。国王の顔は真っ赤だ。まるで完熟トマトである。


「せ、聖女は魔王討伐の切り札であり、国の象徴にもなるべき存在じゃぞっ!? そ、その聖女の肩書きを使って商売を始めるとは……!」


国王のでっぷりとした体がワナワナと震える。


「い、今すぐあやつを、聖女セリカを呼び出せ! 登城するように使いを送るのじゃ!」


「はは」


恭しく頭を下げた側近が離れていく。入れ替わるように、王族お抱えの占い師、バサラが国王のそばへ歩み寄った。


「急がなくてはなりません、王よ。魔王の覚醒は近づいています」


「分かっておる……!」


じっとりと汗ばむ額に手を当てた王は、玉座の間に響き渡るほどの大きなため息をついた。



──王都シエンタの冒険者ギルドは、いつにも増して賑わっていた。


「聖女の姉ちゃん! 今から魔物の討伐に向かうから聖女バフ頼むわ!」


「祝福ね。聖女サポート会員、入ってる?」


「ああ!」


「なら銀貨四枚ね」


「はいよ」


「まいどあり」


セリカがムキムキ冒険者にスッと手をかざす。まばゆい光が男を包み込んだ。


「おお……! これが聖女の祝福……!」


「これで物理攻撃と魔法攻撃、さらに異常への耐性がかなり向上するわ。あと、体力と魔力の回復速度もアップするわよ」


もちろん、これはローレルで実験済みだ。


「すげぇ!」


「効果は半日から一日。なお、祝福の重ねがけはできないわよ」


「分かった! じゃあ行ってくるわ!」


軽い足取りでギルドを出ていくムキムキ。と、今度はスラリとした体型の女冒険者がセリカのもとへやってきた。


「あの、聖女様。最近ずっとお腹のあたりが苦しくて……。これ、治せますか?」


「お腹……何か病気かしら? 医者には見せた?」


「はい。でも、原因が分からないらしくて。回復薬も効きませんし……」


ふむ。内臓系の病気かな? 


「医者にも分からない原因不明の病気、って可能性はあるわね。聖女サポート会員、入ってる?」


「い、いえ」


「なら通常料金ね。それほど痛みもないみたいだし、とりあえずは軽傷治療の料金、銀貨三枚を適用するわ」


「わ、分かりました」


女が銀貨をセリカへ手渡す。


「まいど。じゃあ……えいっ」


女の腹部に光が集まる。そして──


「あ……!」


「どう?」


「ぜ、全然苦しくなくなりましたっ!」


「そう。よかったわ」


「凄い凄い! あ、あの、今からでも聖女サポート会員って入れますか!?」


「もちろんよ」


「じゃあ今すぐ入会します!」


新顧客を獲得しつつ、冒険者ギルドでの営業を終えたセリカは、ひとまず拠点へ戻ることに。教会ではなく、先日ローレルが見つけてくれた店舗物件だ。


「さて……ここからが大変なのよね」


椅子に腰をおろしたセリカはため息をついた。事務机の上に積まれた大量の書類。聖女サポート会員の申し込み書類だ。これらを、一人で確認および整理しなくてはならない。


やることはほかにも多々ある。顧客リストや広告の作成、経理業務。顧客から依頼が入ればそっちも対応しなくてはならない。


覚悟を決めたセリカは、大きく息を吐くと書類の束を掴み、一枚ずつ目を通し始めた。



──夕方の教会。


「つ、疲れた……!」


食堂のテーブルに突っ伏すセリカを見て、ローレルがくつくつと笑みを漏らした。向かいで読書をしていたクレスタが、目をぱちくりとさせる。


「覚悟はしてたけど、忙しすぎる……!」


「でも、儲かってんだろ?」


「……そうなのよね」


むくりと体を起こしたセリカの口もとは、にんまりとだらしなく緩んでいた。


「ただ、このままじゃマズいわ。今は商品である私が、営業から販売、事務まですべてこなしているから、いずれ限界がくる。ていうか私が倒れる」


「んー……なら、組織化すればどうだ?」


「……それも、考えてた」


「さすが商人聖女」


「だから、あんた来てくれない?」


「はぁっ!?」


セリカの口から飛び出たとんでも提案に、ローレルは思わず素っ頓狂な声をあげた。


「あんた器用だし、いろいろできるでしょ?」


「い、いや、待て待て! 俺はこれでも司祭だぞ!?」


「司祭らしいことしてるの、ほとんど見たことないけど?」


「う……まあ、ここでは家事一般が主な仕事ではあるけど。あとは子どもたちと遊ぶとか」


「やってること、主婦よね?」


「ぐ……! 言い返せないのが悔しい……!」


「もちろん給金も出すわ。ヴィオスさんも私が説得する」


前のめりでスカウトしてくるセリカの圧に、ローレルは冷や汗をかく。


「まあ……聖女の監視役、ってことにすれば、司教も認めてくれるかもしれんが……」


頭をぼりぼりとかいたあと、ローレルは大きく息を吐いた。


「しゃあない。手伝ってやるか」


「決まりね。よろしくローレル」


「ああ」


セリカが差し出した手をローレルが握る。契約成立だ。と、そこへ──


「あ、あの……」


クレスタがおずおずと口を開いた。


「ん? どうしたのクレスタ?」


「わ、私も……手伝いたい!」


セリカとローレルが顔を見合わせる。


「い、いやいや。何言ってんだクレスタ? お前はまだ十四歳の子どもじゃないか」


「私、もっと経済や経営について、知りたい……」


かすかに目を伏せたまま言葉を紡ぐクレスタに、セリカは慈しむような目を向けた。


「いいじゃない。クレスタは賢い子だし、今から経済や経営を学ぶのは悪いことじゃないわ」


「んー……まあ、そうか……?」


クレスタの顔がぱあっと明るくなる。


「じゃあクレスタ、手伝ってもらえる?」


「は、はい。先生」


「先生……ま、まあいいわ。当然だけど、あなたにもきちんと給金は払うから安心してね」


「い、いえ。私は学ばせてもらう立場なので……」


「それは絶対にダメ。タダで働くなんてこと、絶対にあってはいけないの。あなたは私の仕事を手伝う、その労働に見合った正当な対価を私が支払う。これは健全な取り引きなのよ」


「正当な対価……取り引き……」


「そう。分かった?」


「わ、分かりました。先生」


セリカがにっこりと微笑む。


「組織化するなら、名前がいるな。セリカ、もう決めてるのか?」


「んー……とりあえずは聖女商会、でいいんじゃない?」


「また安直な……ま、覚えやすいしインパクトもあるが」


「でしょ?」


「ああ。それじゃあ、セリカに俺、それからクレスタ。とりあえず三人でのリスタートか?」


「実は、もう一人誘いたい人がいるの」


「へ?」


「ちょっと、出かけてくるわね」


席を立ったセリカは、足早に食堂から出ていこうとした。


「あ、そうだ、セリカ! 国王から一刻も早く登城しろって使いが来てたぞ!」


「そんなもん、無視よ!」


セリカが出ていき、扉がバタンッ、と閉まる。ローレルとクレスタは顔を見合わせて苦笑いした。


──二十分後。


セリカはある場所に来ていた。目の前に見えるのはレンガ造りの大きな建物。これみよがしに主張が強い大きな看板には、カマロ商会の文字。


目立たぬよう、向かいにある建物の陰に隠れたまま、目的の人物が出てくるのを待った。そして──


「あ。出てきた」


視線の先に見えるのは、メガネをかけたスタイル抜群の美女。カマロ商会で販促部門を取り仕切るノアだ。セリカの姿を認めたノアが顏をしかめる。


「あなた……聖女セリカ……!」


「やっほ。ちょっと、あなたに話があって来たんだけど」


「……商売敵に何の用があると言うんですか?」


メガネの奥に見える獰猛な瞳がギラリと光る。


「うん、単刀直入に言うわ。ねえ、ノア。うちに来ない?」


「……は?」


「聖女商会を立ち上げたの。でも、まだ人材が充分じゃない」


「あなた……本気、いや、正気ですか?」


「もちろん。あなた、ずいぶんやり手みたいじゃない。あの年間会員制度も、あなたが思いついたんじゃないの?」


「……」


「優秀な人材は、もっとも価値が高い資源よ」


ノアの整った眉がぴくりと跳ねる。


「……あなたが私のことを高く評価してくれているのは、よく理解できました。ただ、それでも私の答えは「ノー」です。それでは」


メガネを指でスッと押しあげると、ノアはセリカの横を通り過ぎ立ち去ろうとした。が──


「もちろん、あなたの価値に見合う給料は出すわよ」


「バカにしないでください。私はお金では動きま──」


「月に金貨二枚」


「よろしくお願いします」


「即決したわね」


「私も生粋の商人ですから」


ニヤリと口角を吊り上げるノア。ちょっと悪代官っぽい。


こうして、聖女商会の創業メンバーが揃った。やがて、聖女商会は国を揺るがす大きな商会へと成長していく。


今日がその第一歩となるのであった。

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