6.新サービス
「おい、あの話聞いたか?」
「あの話?」
「レンタル聖女のことだよ! 金さえ払ったら、ダンジョンにも同行してもらえるらしいぞ」
「マジか……そりゃすげぇな。神の奇跡を使える聖女がいりゃあ、ダンジョン踏破も夢じゃねぇ」
「ああ。昨日も、ケガした冒険者が銀貨ニ、三枚で骨折まで完璧に治してもらったそうだ」
「すげぇ……」
王都シエンタの冒険者ギルドは、聖女セリカの話題でもちきりだった。本来、聖女は国に管理される存在。一介の冒険者が聖女と関わることはまずない。だが、聖女セリカは違う。自らを商品として大々的に売り出したのだ。なかなかにクレイジーである。
「ただ、そうなるとカマロ商会は面白く思ってないだろうな」
「そりゃそうだろうよ。携帯しやすいって利点を除けば、聖女の奇跡に勝てる要素なんてねぇんだから」
屈強な冒険者たちが聖女談義に華を咲かせていたそのとき──
ギルドの扉がバンッ、と勢いよく開き、小柄な初老の男が入ってきた。その後ろには、メガネをかけた若い女性の姿が。カマロ商会の会長コルトと、販促部門の責任者ノアだ。
「やあやあ皆さん! ご機嫌いかがですかなっ? 効果抜群の回復薬でおなじみ、カマロ商会でごさいますぅっ! 今日は回復薬の出張販売ならびに、皆さんにと〜ってもお得な話を持ってまいりましたよおっ!」
「お得な話?」
興味を抱いた冒険者たちが、コルト会長とノアのもとへ集まる。
「そりゃもう、めっちゃくちゃお得な話なんです。じゃ、ノア。皆さんに説明を」
「はい、会長」
ノアは指でスッとメガネを押しあげると、年間会員制度について説明を始めた。話を聞いていた冒険者たちのあいだから、「おお……!」と感嘆の声が漏れる。
「会員になるための入会費はたったの銀貨一枚……。それだけで、回復薬が三割引になるのか」
「はい。今後、キャンペーンを実施する際には、四割引になることも考えられます」
「いいな、それ……!」
冒険者たちの心をガッチリと掴むことに成功したノアは、かすかに口角を上げた。すかさずコルト会長が、入会用の申込み用紙を取り出す。
「さあさあ皆さん! この機会を逃さないでくださいねぇっ! 今すぐこの申込み用紙に記入を──」
「ちょっと待ったあ!!」
再びギルドの扉が乱暴に開かれ、一人の女が飛び込んできた。聖女セリカである。
「お、お前は……!」
「私はセリカ。聖女よ」
突然現れた商売敵に、コルト会長とノアが警戒心を露わにした。が。
「……あなたが噂の守銭奴聖女ですか」
ノアが言う。
「サラッと失礼なこと言うのやめてもらえる?」
セリカが端的に言い返す。二人のあいだにバチッ、と火花が散った。ように見えた。
「神の奇跡を、そして聖女というブランドを売りものにするとは、なんて賢い……じゃなくて、なんて浅ましい」
「売れるものは何でも売る。そして、利用できるものは何でも利用する。それが商人でしょ」
「まったくの同感で……コホン、だからといって、聖女を売りものにするとは」
「ときどき心の声漏れてるわよ?」
「んなことどうでもええねんっ!!」
「いや、あんた情緒どうなってんのよ」
「……失礼。でも、今さらここへ来ても遅いですよ、聖女セリカ。我々カマロ商会が導入した年間会員制度。ここにいる多くの方々が、その魅力を理解し入会を検討しているのですから」
ノアは腕組みをすると勝ち誇るように言い放った。組んだ腕の上で、立派な双丘が一際強い存在感を放つ。
「年間会員制度……たしかに素晴らしいアイデアだわ」
「ふふ。よくお分かりですね」
「だから、私もより魅力的かつ素晴らしいサービスを用意したわ」
「……は?」
ノアが真顔になる。冒険者たちは頭に「?」を浮かべたまま、ことの成り行きを見守っている。
「私が提案する新たなサービス。それは、レンタル聖女のサブスクリプションよ」
「サ、サブスクリプション……?」
「ええ」
セリカはバッグから一枚の紙を取り出すと、ノアや冒険者たちに見えるよう前方へ掲げた。そこに書かれていたのは──
『レンタル聖女 サブスクリプションサービス【聖女サポート会員】のご案内。
◾️冒険者向けプラン
月額制 銀貨十枚
◾️特典
・月一回治療無料
・祝福(聖女バフ)割引
・ダンジョン同行 優先予約
・緊急治療 半額
・常に優先対応
◾️料金
・軽傷治療 通常 銀貨三枚 会員 無料(月一回/二 回目以降は銀貨一枚)
・重傷治療 通常 銀貨十枚 会員 銀貨六枚
・祝福 通常 銀貨八枚 会員 銀貨四枚
・ダンジョン同行 通常 銀貨二十枚 会員 十二枚
聖女の奇跡をさらに身近に。安心を手に入れませんか?』
紙に書かれた内容を読み進めるノアの顔が、みるみる青くなる。一方、冒険者たちはというと、興奮したように色めき立っていた。
「月額料金を払うだけで、あらゆる聖女の奇跡をお得に利用できるサービスよ。会員には優先対応するから、死ぬ確率も大幅に下げられる。なんといっても、聖女の奇跡は擦り傷に骨折、あらゆるダメージに効果的だから」
「た、たしかに……!」
「たったの銀貨十枚で、命が助かるのなら安いものでしょ?」
冒険者たちから「わっ」と歓声のような声があがる。
「回復薬三本で銀貨九枚だろ?」
「だったら聖女のほうが安いじゃねぇか!」
「お、俺は加入するぞ!」
「俺もだ!」
「私も入る!」
目を輝かせながら次々と加入の意思を口にする冒険者たちを見て、セリカは口もとをニンマリとさせた。一方、コルト会長は顔を悔しそうに歪めながら、「ぐぬぬ」と唸っている。ノアが小さく息を吐いた。
「……やられましたね」
「うぐぐぐぐ……!」
「これは、うちの会員制では勝てません」
ノアはそう言ったものの、実際には回復薬の需要も依然としてある。セリカの月額聖女サポート会員は加入者が殺到することになったが、全体の何割かの冒険者はカマロ商会の年間会員に申し込んだ。
──冒険者ギルドから教会へ戻ったセリカ。小腹が空いたので、ローレルに何か作ってもらおうと食堂へ向かった。すると──
「あら?」
食事の時間でもないのに、一人の少女が椅子に腰をおろして本を読んでいる。クレスタだ。彼女もセリカに気づき、ペコッと小さく頭を下げた。
「クレスタ、何してるの?」
「静かなところで読書したかったので……向こうは騒がしいから」
「そっか。何の本読んでるの?」
クレスタは読んでいた本の表紙をセリカに見せた。
「なになに……? 『誰でも分かる経済の話』? 子どもが読むにはちょっと難しくない?」
「そうですね。でも、セリカさんの話を聞いて、ちょっと経済に興味を持ったので」
「へえ……」
賢い子だとは思ってたけど……これはもしかすると、将来やり手の経営者とかになるのかも。
「あ、セリカさん。この部分がよく理解できなくて……。教えてもらえませんか?」
「ん? どこ?」
クレスタが本の一文をスッと指さす。
「ああ……これはね」
子どもでも理解しやすいように噛み砕いて説明してあげると、クレスタは「なるほど」と何度も頷いた。その様子を見たセリカがくすりと笑みをこぼす。
「とても分かりやすいです。先生みたいですね」
「や……ちょっと恥ずかしいな」
「じゃあ、ここも教えてもらえますか、先生?」
「あう……」
頬をほのかに赤く染めたセリカが、再び丁寧に説明を始める。と、そこへ──
「お、セリカ。戻ってたのか」
礼拝堂側の扉が開き、ローレルが入ってきた。
「ええ」
「どうだった?」
「一気に顧客増えたわ」
「マジか……すげぇなほんと」
ローレルがセリカとクレスタの向かいに腰を下ろす。クレスタは再び本へ視線を落とし、読書を再開した。
「よくあんな仕組み、思いつくもんだ」
「私がもといた世界では普通よ」
「へえ……。でも、いくら顧客増えたと言っても、月に銀貨十枚だろ? そこまで大儲け、ってわけではないか」
「そうね。ただ、サブスクには収入の安定化っていう最大のメリットがある」
「収入の安定化?」
「ええ。だって、毎月自動的に決まった額のお金が入ってくるんだから」
「あ、そうか」
「そう、たとえ冒険者がケガをしなくても、ね。これは美味しい」
「最高じゃねぇか」
「唯一の懸念は、私が忙しくなりすぎる可能性がある、ってとこかな。商品の核、つまり私の体は一つしかないし、場合によっては対応できないケースも出てくる。解約されるとしたらそんな理由かしらね」
「なるほど……」
目を丸くしたり感心したり、呆れたりしながらセリカの話を聞くローレル。一方、クレスタも読書をしつつ、二人のやり取りに耳を傾けていた。
「新たな市場の誕生……収入の安定化、か……」
クレスタがぼそりと呟いた。




