表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/11

5.商売敵

「これは、とんでもないことになるぞ……!」


部下からの報告書に目を通した初老の男が、慄きながら呟く。ハゲかかった頭には、じっとりと汗が滲んでいた。


「おい! ノア! ノア!!」


報告書を握りしめたまま、部屋の外へ声を張りあげた。


「お呼びですか? 会長」


「ああ。この件、もう把握しとるか?」


「聖女がレンタルビジネスを始めた話ですか?」


「そうだ」


「もちろん知ってます。というより、すでに王都シエンタはその話でもちきりですよ」


ノアと呼ばれた若い女性は、指でメガネをスッと押しあげながら淡々と答えた。


「くそったれがっ! こんな商売始められたら、うちの商会は大打撃じゃぞっ!」


「そうですね。我が商会の主力商品は回復薬。もしこのままレンタル聖女ビジネスが拡大した場合、我がカマロ商会は多くの顧客を失う可能性があります」


「ゆ、悠長に言っとる場合か! 販促部門の責任者としてどうするつもりなんじゃっ!?」


「じゃかあしいわっ!! うろたえとるんちゃうぞアホボケ!!」


「ひいっ!?」


知的でクールな美女と思いきや、突如豹変して組織のトップに暴言を吐くノア。かなりヤバい女である。


「おっと……すみません会長。イカつい顔してるくせに小心者のハゲがイラッとすることを仰ったので、つい取り乱してしまいました」


「君、絶対に社会不適合者だよね? ていうか、今ワシのことハゲって言ったよね?」


「そんなことより」


ツカツカと会長に近づいたノアは、その手から報告書を奪い取り目を落とす。会長、すでに涙目である。


「レンタル聖女ビジネス。正直、これはかなり強い。うちの回復薬も効果は折り紙つきですが、聖女ブランドはあまりにも強すぎる」


「じゃ、じゃからどうしようかと──」


「最後まで聞かんかいダホッ!!」


「はいぃっ!!」


「おっと、失礼しました」


「君、情緒どうなってんの?」


その言葉を無視して、ノアはメガネをスッと押しあげる。


「恐らくですが、聖女がビジネスのメインターゲットにしているのは冒険者。つまり、我々と競合します」


「う、うむ」


「だったら……」


「だったら?」


ノアが報告書をグシャッと握り潰す。


「先に我々が顧客を囲い込んでしまえばいい」


「じ、じゃが、どうやって?」


「こういうのはどうですか?」


ノアは会長の耳元に顔を寄せると、聖女潰しの案を小声で囁いた。



──セリカがレンタル聖女ビジネスをスタートさせた翌日。


セリカとローレルは、教会から徒歩十分ほどの場所にある店舗物件の内見に来ていた。


「どうだ? 別に商品を並べて売るわけじゃないし、これくらいの広さがあれば充分だろ」


「そうね。奥にはキッチンと小さな部屋もあるし、住居兼店舗、事務所にもできるわね」


「ん? 教会を出て行くのか?」


「商売してる聖女がいつまでも教会に居座ってるのはマズいでしょ?」


「自覚はあったんかい」


「その程度の常識はね」


「でも、子どもたちは寂しがるかもな」


「……ちょくちょく遊びには行くわよ」


ローレルからふいっと視線を外すセリカ。そのどこか照れたような仕草を見て、ローレルは苦笑いを浮かべた。


「で、どうする? ここに決めるか?」


「ええ。手続きはお願いね」


「ああ、分かった」


「それと……はい、これ」


セリカは巾着袋から取り出した二枚の金貨を、ローレルに手渡した。


「? 物件の契約に必要な金はもう貰ってるぞ?」


「あなたへの手間賃と、孤児院の修繕費よ。子どもたちがもっと快適に暮らせるよう、衛生的な環境を整えてあげて」


「……そっか。ありがとな、セリカ」


セリカはその言葉には応えない。が、彼女の耳はほんのり赤くなっていた。


そして、物件を内見した帰り道。


「ん? 何だあいつら」


通りの向かいから、がっしりとした体型の男三人組が、フラフラとこちらへ向かってくる様子が視界に入った。


「ずいぶんとボロボロね。冒険者かしら?」


「みたいだな」


戦闘で傷ついたのか、男たちはいずれも満身創痍だ。顔に腕、足、いたるところから流血が見られる。と、そのとき。三人組の一人がセリカに気づいたようだ。


「……あ! その風貌、あんた、聖女セリカだろ!?」


「ええ、そうよ」


「よかった……ちょうど教会へ行こうとしてたところなんだ」


「依頼?」


「ああ……ジェイドさんからあんたの話を聞いてな。治療、してもらえるか……?」


「お金、取るわよ?」


「分かってる」


「そう」


ケガの状態を正確に把握すべく、セリカは三人の体へ視線を這わせた。そして、バッグからおもむろにそろばんを取り出し、珠を弾き始めた。


ぱち。


ええと……こっちのモヒカンは恐らく右腕の骨折、このマッチョは胸部と左足の裂傷、そっちの目つきが悪い男は顔面の打撲及び左腕の擦り傷、ってとこか。なら……。


ぱちぱち。


うん……これくらいが適切な価格だな。


「お、おい、何を……早く治療を……」


「じゃあ、銀貨七枚ね」


「あ、ああ。あとで払うか──」


「ダメ。前払い制よ」


「ぐ……分かった」


かすかに顔をこわばらせたモヒカン男だったが、銀貨を取り出しセリカへ手渡した。


「五、六、七……まいどあり。それじゃあ」


セリカが両腕を空へかざす。たちまち光に包まれる三人の冒険者。そして──


「お、おお……! すげぇ!! 本当に綺麗さっぱり治ってやがる!」


「こ、骨折まで完治するなんて……!!」


男たちは驚きの声をあげながら、自分の手や足をさすっている。セリカはその様子をじっと見つめた。


うん、三人まとめてだから価格計算にちょっと自信なかったけど、どうやら適正だったようだ。何となくコツが掴めてきたぞ。


「いや、本当に助かった。ありがとうな聖女さん」


「お礼を言う必要はないわ。これは対等な取り引きなんだから」


「そ、そうか。それにしても、こんなサービス受けられるなら、今後高価な回復薬は必要なくなるかもな」


セリカが首を捻る。


「回復薬?」


「ん? ああ。カマロ商会ってとこが独占的に取り扱ってる回復薬ってのがあってな。俺たち冒険者にとっちゃ必需品だったんだ」


「へぇ……」


回復薬か。いったい、どの程度の効果があるんだろう? 


「その回復薬って、いくらするの?」


「小瓶一本で銀貨三枚だ。値は張るが、効果も高いしな」


ふーん……まあ、効果が高いなら高額なのも頷けるわね。現実的な話、現状でもっとも競合になりそうなところではある。が。


もちろん勝算はある。まず聖女ブランド。これが強い。それに、昨日のジェイドたちに続いて、この冒険者たちも奇跡の効果を大々的にアピールしてくれるはずだ。口コミでさらに集客は楽になる。


「ま、何も問題はないわね」


その後、冒険者たちと少々雑談してから帰路につく。楽観的な考えを抱いたまま、軽い足取りで教会へと戻ったセリカだったのだが。


──その日の夜。


「セリカ、これ見たか?」


「何?」


夕食を終えたあと、ローレルが一枚の紙をセリカに手渡した。


「これって、広告?」


「ああ。カマロ商会のな」


セリカがかすかに眉根を寄せる。広告には次のような内容が書かれていた。


『とってもお得な会員サービス始めました! 年間会員になるだけで、効果抜群の回復薬をいつでも三割引き価格で購入できます! しかも、この機会に年間会員になった方には回復薬を一本プレゼント! こぞってお申し込みください! カマロ商会』


広告に目を落としていたセリカが、苦虫を噛み潰したような顔になる。


「やってくれるじゃない……!」


「な、何か問題なのか?」


「大問題よ。こいつらがやろうとしてるのは、顧客の囲い込みだわ」


「顧客の囲い込み?」


「ええ。安価な年会費とお得な割引サービスで会員を募り、年間契約を結ぶことで顧客が私に流れないようにするつもりね」


「なるほど……つまり、今回の会員サービス導入は、セリカへの対抗策か」


セリカは腕組みをしたまま目を伏せた。


恐らく、カマロ商会は私のメインターゲットが冒険者だと気づいてる。もしかすると、冒険者ギルドで広告を配る、なんてこともしてるかもしれない。私ならそうする。


「ど、どうするんだ、セリカ?」


「……上等じゃない」


セリカの瞳がギラリと光る。


「そっちがその気なら、こっちもやらせてもらうわ」


「な、何を?」


ローレルの問いに、セリカはニヤリとしながら答えた。


「サブスクよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ