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4.ビジネス開始

「まずは、料金設定をしないといけないわね」


孤児院の居間。部屋の隅に設けられたテーブル上に紙を広げ、セリカは思案した。


「おいおい……本気で商売すんのかよ……」


「当たり前よ。こんな力をタダで使うなんてありえないわ」


そう。奇跡はタダじゃない。だからこそ、より価値があるものになる。


懐から取り出したそろばんの珠をセリカが弾く。


ぱち。


軽いケガや病気の治療なら……これくらいが妥当か。骨折に深い傷ならこれくらい、内臓破裂や瀕死なら……うん、いける。


ぱちぱち。


あとは、呪いの解除に祝福、浄化……うん、我ながら適切な価格設定だ。そして、レンタル聖女の目玉商品、魔物討伐やダンジョン攻略への同行サービス。これは時価でいいか。


計算を終えたセリカが、紙の上に羽根ペンを走らせていく。


「よし……できた」


セリカが満足げに口もとをにんまりとさせた。


【レンタル聖女 サービス料金表】

※前払い制


【回復・治療】

軽い治療(切り傷など)   銀貨 三

重傷治療          銀貨 十

致命傷治療         銀貨 三十


【呪い・状態異常】

軽度の呪い解除       銀貨十五

強力な呪い解除       金貨 一

広域浄化          金貨 三〜五(要見積り)


【冒険者向けサービス】

祝福(聖女バフ)      銀貨 八

ダンジョン同行 (半日)  銀貨 二十

ダンジョン同行 (一日)  時価


【特別依頼】

魔物討伐支援        金貨 十〜

都市浄化          金貨 百〜

国家依頼          応相談


【オプション】

緊急対応          料金二倍

夜間対応          銀貨 五追加

延長(三十分ごと)     銀貨 五追加


【注意事項】

・料金前払い

・契約成立後の返金なし

・奇跡の効力は料金に比例

・無茶な依頼は追加料金

・想定外への対応は追加料金


※奇跡はタダじゃありません。


向かいに座るローレルが料金表を覗き込み、ギョッとしたような表情を浮かべた。


「た……高すぎないか?」


「適切な価格設定よ」


「い、いやいや……。重度治療が銀貨十枚、致命傷治療が銀貨三十枚って……」


「むしろ安いくらいだわ。なぜなら──」


「収入のもとを絶たれなくて済むから」


セリカの言葉を遮るように口を挟んだのは、黒い髪の少女。いつの間にかそばに来ていた少女は、感情の窺えない表情のまま料金表へ目を落とした。


「へえ……あなた、賢いのね」


「……いえ、別に」


二人の会話についていけないローレルは困惑顔だ。


「ど、どういうことだ? クレスタ?」


「……ケガをしたら、働けなくなります。つまり、収入を得られなくなって、生活も破綻する。でも、料金を払って治療してもらえば働き続けられる」


「あ……そうか」


「元を取るには充分です」


抑揚のない声で淡々と話す少女を見て、セリカはかすかに目を大きく見開いた。


「大したものだわ。ええと、クレスタ? さっき、窓際で本読んでた子よね?」


「はい」


「あなた、いくつ?」


「十四です」


若い。中学二年生くらいか。その年でそこまで考えを巡らせられるとは、将来有望だ。


「じゃあクレスタ。ビジネス……商売で一番大切なことは何か、分かる?」


「……利益を得る、こと?」


「正解。じゃあ、より多くの利益を得るには?」


「商品やサービスを、たくさん売る……?」


「それも正解。なら、限られた少ない商品で、より効率的に稼ぐには?」


「……」


クレスタは、顎に手をやり何やら考え込む顔になった。そして、ハッとしたように顔を上げる。


「価値を……高める?」


「大正解。あなた、本当に賢いのね。商品の価値そのものを高める、もしくは別の価値をつける。付加価値ってやつね」


「なるほど……!」


「いやいや、子どもに何の話してんだよっ」


呆れたようにローレルが割って入る。


「おっと……そうね。じゃあ、料金表もできたことだし、さっそく商売開始よ」


「展開はやっ!」


「時間は有限だからね。タイムイズマネー、よ」


「型破りすぎだろ、ほんと……で、具体的にどうすんだ?」


「ローレル、あんた器用なんでしょ?」


「あ? まあ、自慢じゃねぇが器用貧乏だ」


「なら、お願いがあるの。もちろん、対価は払うわ。後払いだけど」


セリカがローレルの耳元に顔を寄せ何かを囁く。


「マ、マジかよ……! ほんとイカれてんな……!」


唖然とするローレルとは対照的に、セリカは目をキラキラと輝かせている。一方、クレスタは二人のやり取りを尻目に何事か思案していた。


「時間は有限……か」


ぼそりと呟いたクレスタの言葉は、セリカとローレルには届いていなかった。


そして一時間後──


教会の入り口に、一枚の看板が立てかけられた。


『聖女出張所(仮)レンタル聖女はじめました! 詳しくは中まで』


「いいな、セリカ? 三日だけだぞ? いくらヴィオス司教が寛容とはいえ、さすがにこれは怒られるからな。そして俺の立場も危うい」


「最後に本音が出たわね」


「この世で一番大事なのは自分だからな」


「正直なのね。嫌いじゃないわよ、そういうとこ。なら、三日以内に別の物件探しといて」


「俺の扱い雑すぎない? これでも神職なんだが? 司祭なのだが?」


「お願いね。その手間賃もあとで払うから」


「ああ、もうっ。分かった分かった」



聖女をレンタルできるらしい──


セレスティア王国の王都シエンタ。その衝撃的な話が駆け巡るのに時間はかからなかった。


人から人へ話は伝わり、セリカがメインターゲットと定めていた冒険者たちの耳にも入ったようだ。


「あんたが聖女か?」


看板を掲げて二時間もしないうちに、一組の冒険者パーティが教会を訪れた。


「ええ。セリカよ」


「……聖女の召喚に成功したって噂は聞いてはいたが」


「耳が早いのね」


「冒険者ギルドの上層部は王族とも交流があるからな」


「なるほどね。で、依頼の内容は?」


「その前に、レンタル聖女ってのは、いったい何なんだ? 何ができるんだ?


赤髪の剣士らしき男が言う。声のトーンからして、めちゃくちゃ怪しんでるのは明白だ。


「これを読んでくれると話が早いわ」


セリカが一枚の紙をスッと差し出す。レンタル聖女の料金表だ。


「なになに……? ぬ……んな……んななっ……!!」


料金表に目を通した剣士がワナワナし始める。黒いローブを纏った魔法使いらしき女性と、重戦士っぽい巨漢の男も、料金表を覗き込んであんぐりと口を開けた。


「か、金を取るつもりかっ!?」


「当たり前じゃない。商売なんだから」


「お前、聖女じゃないのか!?」


「聖女よ」


「神の奇跡の代理人が、金を取るなん──」


「はいはい、そういうのいいから。依頼するの? しないの? 私はどっちでもいいんだけど?」


足を組んで椅子に座ったまま言い放つセリカ。その傲慢にも見える態度に、冒険者たちの苛立ちが募る。魔法使いの女にいたっては、軽蔑するような目をセリカへ向けていた。


「ふんっ……何が聖女よ。ただの守銭奴じゃない! ねぇジェイド、もう行きましょ。時間のムダだわ。そもそも、こんな女が聖女っていうのも疑わしいし」


「そうだな、リオ……せっかく手に入れたアイテムだが、諦めるか」


「そうよ。いくら希少な剣でも、あそこまで強力な呪いがかけられてちゃどうしようもないわ。守銭奴の偽聖女ならなおさらね」


リオと呼ばれた魔法使いが、再度セリカへ侮蔑的な目を向けた。


「無駄足だったな。帰るぞみんな。それじゃあな、聖女さん」


三人が踵を返したそのとき。セリカが立ち上がった。


「ずいぶんと好き勝手言ってくれるじゃない」


「あ?」


「いいわ。本来はいかなる場合も返金はしないんだけど、今回だけは失敗したら返金してあげるわ」


三人が顔を見合わせる。まだ瞳には猜疑的な色が宿ってはいたが、興味は引けたようだ。


「……本当だな?」


「ええ。聖女はウソつかないわ」


時と場合によるけどね。


「……よし、分かった。なら、一緒に来てもらおうか」


「どこへ?」


「すぐそこの貸倉庫だ。そこにアイテムを保管してある」


こうして、一悶着ありながらも、セリカは初依頼をゲットした。そして十分後。


「ここだ」


セリカたちは貸倉庫の前に立っていた。


「じゃあ、さっそく取りかかりましょ」


「……ああ」


ジェイドたちと一緒に貸倉庫の中へ入る。倉庫の最奥。明らかに異様なオーラを放つ木箱が鎮座していた。


「あれね?」


「そうだ。言っておくが、剣には絶対に触らないほうがいいぞ。古代の凶悪な呪いだからな。近づくだけでもヤバいシロモノだしな」


「ふーん。じゃ、とりあえず金貨五枚ね」


「……本当に、失敗したら返金してくれるんだろうな?」


「ええ」


ジェイドは軽くため息をつくと、巾着袋から金貨を五枚取り出しセリカに手渡した。


「まいどあり。これで契約成立ね」


ニヤリと笑みを浮かべたセリカは、ツカツカと木箱へ近づくと、何の迷いもなく木箱の蓋を開けた。


「ち、ちょっと! あんた何考えてんの!?」


リオが思わず声をあげる。


「いや、時間もったいないし。それに近づかないと呪いの解除できないじゃない」


唖然とするジェイドたち一行。


「それじゃあさっそく……ん?」


セリカが奇跡を発動させようとした刹那。木箱の中で剣が震え始めた。そして、弾けるように木箱から飛び出した。パニックに陥るジェイドたち。


「ヒィッ!! け、剣が暴れだした!!」


ビュンビュンと、音を立てながら宙を飛びまわる呪われた剣。ジェイドたちが悲鳴をあげながら逃げ惑う。一方のセリカはというと──


ふむ。呪われた剣ってこんなことになるのか。覚えておこう。


「お、おい聖女! 何してんだ! 早く何とか──」


「うるさいわね。『呪い解除』」


セリカが涼しい顔で腕を横へ振る。自由を得たように飛びまわっていた剣が光に包まれたかと思うと、そのままガランと地面に落ちた。


「マ、マジか……!」


「ウソ、でしょ……!?」


「すげぇ……」


呆然と立ち尽くす三人だったが、ハッとしたようにセリカのもとへ駆け寄る。


「か、完全に浄化されてる……!」


ジェイドが思わず息を呑んだ。そして、木箱に横たわる剣を手に取る。


「おお……! 呪いが完全に消えてる!」


ジェイドは剣を構えると、宙に向かってビュンッと振り下ろした。刹那──


空気を切り裂く音が響き、風が刃となって倉庫の壁を斬り裂いた。


「な、な、ななな……!?」


明らかに、ただのレアな剣とは異なる威力にジェイドが固まる。それを見たセリカが首を傾げた。


あれ? もしかして、また対価取りすぎた? 呪いを解除しただけじゃなく、剣をパワーアップさせちゃったってことか。


「……価格設定、もう一度詰め直すか」


小さくため息をつくセリカ。その様子を、ジェイドたち三人は呆然と眺めていた。

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