3.奇跡の価値
ベッドで仰向けに寝転んだまま、セリカは昨夜のことを思い出していた。
聖女の奇跡……か。まるでファンタジー映画やラノベの世界だ。自分がそんな力を使えるようになるなんて、思いもよらなかった。まあ、いきなり異世界に召喚されたこともそうだけど。
ベッド上で体を起こし、昨夜のシーンをもう一度思い返した。
指から血を流すあの子を見て、私は「何とかしなきゃ」と思った。で、あの子の手を取ったとき、ケガをした指が光に包まれ、きれいさっぱり治った。つまり、奇跡は強く思う、念じることで発動する?
ただ、問題はそのあとだ。突然襲ってきた眩暈と体のダルさ。そして、あの子に感謝の言葉を伝えられた途端に回復。
セリカはこめかみを揉みながら思考を巡らせた。しばらく唸りながら頭の中を整理すること五分。一つの推測に行き着いた。
奇跡には……代償が伴う? 例えば、魔力や体力、生命力。奇跡を使ったあと、体がダルくなったのは、エネルギーとしてそれらを消耗したから?
「なるほど……」
それなら納得できる。つまり、奇跡には対価、コストがかかるということ。そしてもう一つの疑問。少年からの感謝の言葉で回復したという事実。
あのとき、満面の笑みを浮かべる少年を見て、価値ある笑顔だと思った。それこそ、本当にお金を払ってもいいと思えるほどに。
「だとすると……」
奇跡は、価値をエネルギーにしてる? コストとして消費したのは、私の体力、生命力という価値。そして、消費したコストを回復させたのは、少年の価値ある笑顔。
なるほど……。奇跡は、無償の超常現象じゃあない。価値の交換、すなわち取引だ。昨夜の件、私は体力・生命力をコストとして奇跡を使った。が、すぐに少年が価値ある笑顔で対価を支払ってくれた。だから回復した。つまり、対価の後払いだったわけだ。
「……面白い」
ニヤリと笑みをこぼしたセリカは、跳ねるようにしてベッドから飛び降りると、昨夜ヴィオスが用意してくれた服に着替え始めた。
朝食後──
「ローレル、ヴィオスさんは? 朝食のときも見かけなかったけど」
「ああ、司教は朝早くから教会本部へ出かけてる。本部は隣国にあるから、三日は戻ってこないんじゃないかな」
「そうなのね。じゃあローレルでいいわ」
「ん? どした?」
「ちょっと、試したいことがあって。子どもたちを借りてもいい?」
一瞬首を捻ったローレルだったが、すぐに納得したような顔になった。
「ははーん。さては、奇跡の実験台にするつもりだな?」
「人聞きの悪い言い方しないでくれる?」
セリカにじろりと睨まれ、ローレルはおどけるように肩をすくめた。
「子どもたちなら、隣の孤児院にいるよ。一緒に行こうか? 聖女様」
「セリカでいいわ」
「オッケー、セリカ」
親指をグッと立てたローレルは、案内するように歩き始めた。二人並んで歩くのがやっとの狭い渡り廊下を通り、子どもたちがいる孤児院へ。
ローレルが扉を開いた途端、セリカは思わず顔をしかめた。
「カビ臭い……。それに、ボロい……」
「ああ……これでもずいぶんマシにはなったんだがな」
ローレルは頭をボリボリとかきながらため息をついた。
「国からの援助もそれほど多くないし、孤児院として運営するだけでいっぱいいっぱいなんだ」
「そう……」
と、そこへ──
「お姉ちゃん!」
「あ! 聖女様だー!」
「わーい! 聖女様、遊びに来てくれたの!?」
昨夜ケガをした少年、シエンタを筆頭に、子どもたちがセリカのもとへ突進してきた。むむ。お子ちゃまのパワー、恐るべし。
「うん、遊び……みたいなものね。それよりみんな、私のことは名前で呼んでほしいかな」
子どもからとはいえ、やはり聖女様呼びはこそばゆい。
「じゃあ、セリカお姉ちゃん!」
「セリカ姉ちゃん!」
「セリカの姉貴!」
おい、最後言ったの誰だ?
「ま、まあいいわ。ねえ、みんな。ちょっと、お姉ちゃんに協力してくれる?」
「何をー?」
「ええと……今、どこかケガしてる子はいない?」
子どもたちが一瞬顔を見合わせる。そして、ニ人の子どもが「はいはーい」と手を挙げた。一人は十歳の少年、もう一人は彼より少し年下に見える女の子。
「この前、追いかけっこしてて転んじゃって、膝擦りむいたー」
「あたしもー」
二人が自慢げに膝のケガを見せつける。大したケガではないが、黒ずんだカサブタが生々しい。
「じゃあ、今からお姉ちゃんが二人のケガを治してあげる」
「ほんとっ!?」
「うん。でもその前に、一つ大切なことを言うわね」
「なにー?」
「お姉ちゃんの力を使うには対価……ええと、お返しが必要なの。分かるかな?」
二人がきょとんとして顔を見合わせた。
「でも、僕たちお金なんて、持ってないよ?」
「あたしも……」
くすりと笑みをこぼしたセリカは、そっと二人の頭を撫でた。
「お金じゃなくてもいいの。どんなものでもいい。ただ、あなたたちの心から「ありがとう」って気持ちがこもっていればね」
「ありがとうの、気持ち……」
「わかったー!」
二人が猛ダッシュでどこかへ駆けていく。おい、膝ケガしてんじゃないの?
三分も経たないうちに戻ってきた二人。少年は一冊の本を、少女は手作りの人形を胸に抱いていた。
「これ、あたしが頑張って手作りしたの。これで、治してくれる?」
「ええ。じゃあ契約成立ね」
セリカが少女の膝にそっと触れる。小さな膝が光に包まれ、瞬く間に擦り傷はカサブタもろともなくなった。
「す、すごい……! やっぱりお姉ちゃんすごい!」
「ふふ。どう? 痛くもない?」
「うん!」
セリカが満足げに頷く。
よし、思った通りだ。先に対価をもらったから、眩暈も体のダルさもない。
「次は君の番ね」
「う、うん! お姉ちゃん、これで──」
「おっと、待った。ひとまずそれは置いといて」
「え?」
「それはあとでいただくわ。まずは君のケガを治すね」
セリカが少年の膝に触れる。そして見事に治癒。
「わわ……! 治った!」
少年が感激したように自分の膝を撫でまわす。そして、セリカはというと──
きた……! 眩暈と倦怠感。私は今対価をもらってない。つまり、奇跡を使うための費用を私が立て替えている状態。
「お、お姉ちゃん大丈夫?」
「え、ええ……。じゃあ、それいただこうかな」
「あ、うん! ありがとうお姉ちゃん! これ、僕が大事にしてた本なんだ!」
「そう……ありがとうね」
セリカが少年から本を受け取る。すると──
さっきまでのダルさがウソのように消えた。
よし、思った通り。これでもう間違いない。
「奇跡は……価値の消費によって発動する」
ついでにもう一つ試しておきたい。むしろ、こっちが重要だ。
「ねえ、ローレル。あなた、どこか体の不調はない?」
「お、俺? んー……ケガじゃねぇけど、最近腰痛が酷いかな」
「若いのに年寄り臭いわね」
「座り仕事が多いからな。治してくれるのか?」
「ええ」
セリカは懐に手を突っ込むと、そろばんを取り出した。
「な、何だそれ?」
「私がいた世界の……まあ、計算装置みたいなものよ」
セリカがそろばんの珠を弾く。
ぱち。
腰痛の治療……金銭価値に換算すると……。
ぱちぱち。
これくらいかな?
「うん。じゃあ、銀貨ニ枚ちょうだい」
「はぁ!?」
「奇跡はタダじゃないのよ」
「せ、聖女が金取るのかよ……しかも、高い」
若干呆れながらも、ローレルは懐から巾着袋を取り出し、銀貨二枚をセリカに手渡した。
「まいどあり。じゃ、契約成立ね」
セリカがローレルの腰あたりに手をかざす。そして──
「お、おお……! 治った……! ていうか、腰がめちゃくちゃ軽い!」
その場で飛んだり跳ねたりし始めるローレル。どうやら腰痛は完全に治ったようだ。というより、以前より調子がいいらしい。
んんー……? もしかして、対価のもらいすぎ? まあ、このあたりはおいおい調整するか。
「いやー、聖女って凄いんだな」
「違うわ。これはただの取引なのよ」
「え?」
たしか、ヴィオスさんが言っていた。奇跡の種類は多岐にわたると。つまり、治癒に浄化、祝福など、あらゆる奇跡が売り物になる。
セリカが再びそろばんを弾く。
ぱち。
「な、何してんだ?」
「価格計算」
ぱちぱち。
うん……いけそうだ。
セリカがにんまりと唇をしならせる。
聖女の奇跡を必要とする人は世界中にいる。つまり、うまくいけば世界規模のビジネスを展開できる可能性がある。
「本格的に、動きましょうか」
「え?」
「ビジネスよ。レンタル聖女、始めるわ」
「えええええええっ!?」
ローレルの何とも言えぬ悲鳴が孤児院に響きわたった。そして、セリカたちから少し離れた場所。
窓際に座って読書をしていた黒髪の少女が、じっとセリカを見つめ続けていた。
「価値をエネルギーに換える力……」
少女の瞳が鈍い光を帯びる。
「素敵な力……」
少女は一瞬だけ目を閉じると、再び手元の本へ目を落とした。




