2.ボロい教会
気づいたら、知らない場所で魔法陣の真ん中に立っていた──
「おお! 成功だ!!」
「ついに聖女の召喚に成功したぞ!」
「ああ! 聖女様! どうか我々をお救いください!」
口々に喚く、派手な身なりをした大人たち。は? 聖女? 誰が? 私が? いや待て。その前にここどこよ?
それにお救いくださいって。経済学部で学んでるただの女子大生に、そんな特別な力があると? 自慢じゃないけど、人に誇れるようなスキルと言えば、子どもの頃に母親から叩き込まれたそろばんくらいのものだ。
「よくぞ召喚に応じてくれた、聖女よ。ワシはここ、セレスティア王国の国王、セレスティア十三世である」
いや、だからどこ? それに召喚? 応じた? そんな覚えは一ミリもない。
「悪いけど、ぜんっぜん意味分かんない。とにかく、早くもとの世界へ戻してくれる?」
「それはできぬ。召喚することはできても、戻す方法など知らぬしな」
「は?」
なぜかドヤ顔でイラっとするような発言をした国王へ、セリカは射殺さんばかりの視線を向ける。
「王城の占い師の話では、すでに魔王は誕生している。さあ、聖女よ! 神の奇跡を代行する者よ! いざ魔王の討伐へ赴くのじゃ!」
「……あんた、バカなの?」
──そして今にいたる。
「さあ、着きましたぞセリカ殿」
立ち止まったヴィオスの隣に立ったセリカは、目の前の建物をまじまじと見やった。
「……これが、教会?」
セリカの顔がかすかに引きつった。理由は至極明快。建物がとにかくボロい。
「……教会って、もっと綺麗なとこだと思ってたわ」
「はは……申し訳ない。孤児院を併設しているのもあって、台所は常に火の車です」
「ふーん……」
「さあ、とりあえず中へどうぞ。食事も用意させますから」
ヴィオスが扉の取っ手に手をかける。ギギィッ、と不快な音がセリカの耳にへばりついた。とりあえずヴィオスのあとをついていく。
「ここが礼拝堂?」
「ええ。この奥に私たちの居住スペースがあります」
礼拝堂はそれなりに立派な造りだった、が。居住スペースはというと、やはりボロかった。軋む床板に剥げかけた壁紙。天井には雨漏りの跡らしきシミ。
「すぐに食事を準備します。おーい、ローレル!」
十畳ほどの広さがある食堂。その奥に見える扉へ向かってヴィオスが声をかける。扉が開き、一人の男がふらふらと出てきた。
「ふぁ……何すか司教? せっかくいい感じにウトウトしてたのに……」
「いや、まだ寝るには早すぎるだろ」
「ちょっと昼間バタバタしてましたからねー。疲れてるんすよ」
ローレルと呼ばれた青年はもう一度大きなあくびをすると、セリカのほうへ目を向けた。
「あれ? お客さんですか? てか、ずいぶんと変な……いや、個性的な服装ですね」
「し、失礼なことを言うなローレル! こちらはセリカ殿。召喚の儀によりおいでくださった、聖女様であるぞ」
「へ!?」
ローレルが目をぱちくりとさせる。
「セリカ殿。こいつはローレルといって、これでも司祭です」
「ふーん……。あまり、聖職者には見えないわね」
「仰る通りです。でも、料理の腕は一級品で、洗濯や掃除、何でもできる頼れる男です」
セリカの目が少し大きく見開かれる。
料理に洗濯、掃除……すご。私、どれもあまりできない。ローレル、恐ろしい子!
「というわけで、ローレル。セリカ殿に食事の用意を頼む」
「あ、はい。じゃあ、今ある食材でパパッと作っちゃいますね」
今ある食材でパパッと……!? ローレル、恐ろし(以下略)
「聖職者って、もっとお堅い感じだと思ってたわ」
「まあ……あいつはちょっと特殊というか、変わり者というか。でも、中身はいいやつですよ」
ヴィオスが椅子を引いてくれたので、セリカはそっと腰を下ろした。
「それより、今更だけど聖女って何なの?」
「聖女は、神の奇跡を代行する者、と解釈されています」
ああ。そう言えばあのバカ国王もそんなこと言ってたな。
「その、奇跡って?」
「治癒や呪いの解除、土地や空間の浄化など、奇跡の種類は多岐にわたります」
ふむ……なるほど。たしかに素晴らしい力だ。が、いろいろと疑問に感じることもある。
「ねえ、その奇跡って──」
「お待たせー!」
厨房から戻ってきたローレルが、トレーをセリカの前へそっと置いた。
「……美味しそう」
「パンとハム、野菜が残ってたからサンドしてみた。特製ソースも使ってるから美味しいと思うぜ」
「ありがとう」
器に盛られたハムサンド? の一つを手に取り口へ運ぶ。
……! これ、本当に美味しい。パンはちょっと堅いけど、特製ソースがいい味出してる。これならいくらでも食べられそう。
「気に入ってくれた?」
「ええ。素敵なスキルだわ」
「へへ……照れるぜ」
セリカが再びハムサンドへ手を伸ばす。が──
「ん?」
何やら視線を感じ、セリカは肩越しに斜め後方を見やった。そこにいたのは、数人の子ども。羨ましそうな目でセリカを見ている。
「あ、お前たち! あっちでおとなしく本でも読んでろって言っただろ?」
ローレルが子どもたちのもとへ歩み寄る。
「あの子たちって……」
「はい、孤児院の子たちです。あの子たちもここで食事をしてるので、孤児院と行き来できるようにしてるんです」
セリカは再度子どもたちに目を向けた。
みんな痩せてる上に、着ている服はお世辞にも綺麗とは言えない。そう言えば、お金がないみたいなこと、ヴィオスが言ってたわね。
セリカが小さく息を吐く。
「ちょっと、食欲なくなっちゃったわ」
「え?」
ヴィオスとローレルが怪訝そうな表情を浮かべる。と、セリカは子どもたちへ向き直り、手招きをした。
「ねえ、あなたたち。私の代わりにこれ食べてくれない? あまりお腹空いてないの」
子どもたちの顔がぱあっと明るくなる。
「い、いいんですかセリカ殿?」
「言ったでしょ。お腹空いてないって」
もちろん大ウソだ。正直、空腹で倒れそうだった。でも、一つは食べたし。とりあえず、今だけは決して鳴いてくれるなとお腹の虫にお願いしよう。
「仕方ねぇなあ……。お前たち、ちゃんとこのお姉ちゃんにお礼言うんだぞ?」
ローレルの言葉に、子どもたちが「はい!」と大きな声で応える。セリカのそばへ駆け寄ってきた子どもたちは、一斉にハムサンドへ手を伸ばした。その様子を見て、セリカの口元がかすかに緩んだ。と、そのとき──
「いたいっ!」
六歳くらいの少年が声をあげた。驚き視線を向けると、少年の人差し指から血がポタポタと滴り落ちている。どうやら、陶器製の器が欠けていて、そこで指を切ったようだ。
「大丈夫!?」
傷の様子を見ようと、セリカが少年の手首を優しくとる。深い傷ではないが、流れる血の量は多い。早く手当てしないと……!
と、そのとき──
「え……!?」
切り傷を負った少年の人差し指が光に包まれる。そして──
「あれ……? 治った……それに、痛くない……」
ぽかんとする少年。それはセリカも同様だった。
もしかして……これが聖女の力? でも、切り傷をこんなあっけなく治療してしまうなんて。それに、傷跡もまったく残ってない。
奇跡の力に驚いていたところ、突然軽い眩暈がセリカを襲った。
何……? 体がちょっと……ダルい。
「セリカ殿! 大丈夫ですか?」
「え、ええ……ちょっと眩暈がしただけ」
心配そうな目を向けるヴィオス。一方、聖女の奇跡で切り傷を治してもらった少年は、目をキラキラと輝かせながらセリカへ飛びついた。
「お姉ちゃんすごい! それと、治してくれてありがとう!!」
満面の笑みを浮かべる少年を見て、セリカもまたニコリと微笑む。
いい笑顔。結構な価値ね。そう……銀貨五枚分ってとこかしら。
そんなことを考えていた刹那。先ほどまであった体のダルさが、急激に解消した。
は……? え、何? いったいどういうこと?
顔には出さないが、セリカは内心ただただ困惑していた。そして、そんな彼女の様子を、一人の少女が柱の陰からじっと見つめていた。




