1.いくら払える?
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「あんた、バカなの?」
玉座の間が凍りつく。声の主は須藤芹香。つい先ほど、異世界から召喚された聖女候補だ。
「な、なな……!」
一瞬の沈黙のあと、困惑したような声を漏らしたのは、セレスティア王国の現国王、セレスティア十三世。顔は真っ赤に染まり、怒りからかプルプルと全身を小刻みに震えさせていた。二十歳そこらの小娘から侮辱的な言葉を投げかけられたわけなので、当然と言えば当然である。
「こ、国王陛下に対しなんと無礼な!」
「いくら聖女とはいえ、看過できぬぞっ!?」
「今すぐ非礼を詫び、陛下に跪くのだ!!」
玉座の間に集っていた王侯貴族に武官、文官たちが、こぞって彼女に批判を浴びせた。が、当の芹香本人はどこ吹く風である。
胸の前で腕組みをしたまま、芹香は批判者たちへじろりと視線を這わせる。そして、再び冷たい目を国王へと向けた。
「バカにバカって言って、何が悪いのよ。そっちの都合で勝手にこんなとこへ呼び出しといて、挙句の果てに魔王の討伐に行けですって? バカも休み休みにしてほしいわね」
芹香がフン、と鼻を鳴らす。一方、バカバカと連呼された国王は、今にも爆発するんじゃないかというくらい顔を赤く染めている。漫画やアニメなら、頭から湯気が立ち昇っているだろう。
「き、き、貴様……! ワシはこの国の国王じゃぞ……!? そのワシに対し、何たる言葉遣い……! 万死に値する!」
「はぁ? 人の時間を勝手に奪っておいて、何なのその言い草は」
「じ、時間?」
「時間は有限よ。あなたたちのせいで、私は貴重な時間をいたずらに浪費してる。それだけでも許せないのに、今度は魔王の討伐? いい加減にしてほしいわね」
芹香は盛大にため息をついた。
ほんと、何だって私がこんなことに。まさか、自分がファンタジーの世界に召喚されるなんて、思いもよらなかった。
約一時間前、大学からの帰宅中。突然足元に魔法陣のようなものが広がったかと思うと、気づいたときにはこの世界にいた。いや、理不尽にもほどがある。
「ぬぬ……! ごちゃごちゃとワケの分からぬことを! お主は聖女として我らが召喚したのじゃ! セレスティア王国の国王として命じる! 聖女セリカよ、魔王の討伐へ向かうのじゃ!」
「ワケ分かんないはこっちのセリフよ。そんなに魔王退治がしたけりゃ、自分たちで何とかしたらどう? そもそも、女の子一人にそんな大役押しつけるなんて、あなたたち恥ずかしくないの?」
「うぬ〜……! ああ言えばこう言いおって……!」
ワナワナと肩を震わせる国王。こめかみには、破裂するんじゃないかと心配になるほどの、ぶっとい血管が蜘蛛の巣のように浮き出ている。セリカはといえば、国王とは対照的に涼しげな表情だ。
「まあ、どうしてもって言うなら、考えてあげないこともないわよ」
頑なに魔王の討伐を拒絶していたセリカの口から出た言葉に、集まっていた王侯貴族たちのあいだから「おお!」と歓声にも近い声があがった。
「ま、まことか!?」
「ええ」
「ほ、本当に本当じゃな!? 魔王討伐へ向かうのじゃな!?」
「しつこいわね。そう言ってるじゃない」
やはり言葉遣いだけは気に食わぬ、と内心イラッとした国王だったが、次第に口元が緩んでいく。
「く、くく……。なんじゃ、話せば分かるでないか、驚かせおって。さてはお主、最初からワシの命令を聞くつもりだったんじゃろ? ワシらを驚かせようと、あのような戯言を言ったわけか。ふむ、なかなかの役者じゃの」
国王が一人納得したように「うんうん」と頷く。王侯貴族たちも、ほっとしたように顔を見合わせていた。現金なヤツらである。
「で?」
セリカが国王に問いかける。意味が分からず、国王はぽかんとした表情を浮かべた。
「? で? とは、どういう意味じゃ?」
「いくら払えるの?」
セリカの口から飛び出した常識外れな言葉に、その場にいた全員が石のように固まった。そして、再び批判、というより怒号が飛び交う。
「な、何を言っている! 聖女が金を要求するなど、あってはならんことだ!」
「そうだ! 聖女を何だと思っている!」
「恥を知れ、恥を!!」
怒号が飛び交う中、セリカは親指でこめかみを揉みながらため息をついた。
「いや、あなたたちこそ何を言ってるの? 労働に見合った対価を支払うのは、当然のことじゃない」
聖女は神の奇跡の代行人であり、国による保護のもと無償で奉仕活動をする。これがこの世界に生きる人々の常識である。が、セリカにとっては常識ではない。
唖然とする国王や王侯貴族を尻目に、セリカは何やら考え込むように目を伏せた。そして、壁際に立っていた一人の貴族へ目を向ける。
「ねえ。この国の通貨って?」
「な、何だと?」
「金貨に銀貨、それに銅貨ってとこ?」
「そ、そうだ。だが、それがいったい──」
「金貨一枚の価値は?」
貴族の言葉を最後まで聞くことなく、セリカは国王へ向き直り問いかけた。金の話題になった途端、明らかに目の色が違う。
「ぬ……平民一人が、何とか一ヶ月暮らせるくらいの価値じゃ」
「ふーん……」
わずかな時間、思考を巡らせていたセリカだったが、おもむろにショルダーバッグの中に手を突っ込むと、板状の何かを取り出した。国王、そして王侯貴族たちが首を傾げる。
セリカが取り出したのは、そろばん。もちろん、この国の人間にとっては初めて目にする品物だ。セリカはぶつぶつと小声で呟きながらそろばんの珠を弾いていく。
ぱち。
「金貨一枚の価値から考えると……」
ぱちぱち。
玉座の間に乾いた音だけが響く。
「諸経費は恐らくこれくらい……だとしたら……」
ぱちぱちぱち。
「うん、これくらいか」
唇を三日月のようにしならせるセリカに、全員が怪訝な目を向ける。
「計算できたわ」
「は?」
「金貨、百枚で手を打つわ」
全員、ぽかん。というより、ぽかーん。国王をはじめ、王侯貴族たちの頭上では「?」がくるくると回転している。水を打ったように静まり返る玉座の間。そして──
「ふ、ふざけるな!! き、金貨百枚じゃとっ!?」
沈黙を破ったのは国王。再び顔が熟れたトマトのように赤くなる。
「ふざけてないわよ。諸々の経費や私の労働単価、危険手当なんかを込み込みにしたら、これくらい当然でしょ」
「バ、バカ者! 聖女が金を要求するだけでも不謹慎であるのに……そ、そのような法外な……グ、ゴホゴホッ!」
興奮しすぎて咽せ返る国王。
「残念だけど、ここから値下げすることはないわ。本気で魔王討伐なんて危険な仕事頼むつもりなら、今すぐ金貨百枚用意しなさい」
「き、き、貴様ぁ〜……!! もう、もうよい! 衛兵! 衛兵! この不届者を捕えよ!」
「はぁ!?」
玉座の間、その後方に控えていた衛兵たちが、国王の命令で動き出す。瞬く間にセリカは衛兵たちに囲まれてしまった。
「ちょっと! 私は現実的な提案をしただけじゃない! どうしてそうなるのよ!」
セリカが不満げに声を荒げる。一方、王侯貴族たちは「あれが現実的な提案?」とドン引きしていた。
「やかましい! 衛兵、さっさと捕えて牢に──」
「お待ちを、陛下」
興奮して叫ぶ国王に、一人の初老男性が声をかけた。エルミア教の司教、ヴィオスである。
「む、司教……」
「召喚した聖女を捕えて投獄するなど、褒められた話ではないですぞ。教会本部に知られたら、どうなることか」
「む……」
「ここはひとまず、私が彼女の身元を引き受けるとしましょう」
国王は自分を落ち着かせるように、深呼吸をし始めた。
「ぐぐ……いたしかたない、か。分かった、司教。ひとまずは……任せた」
「はい。では、セリカ殿、行きましょう」
「どこへ?」
「教会へご案内します」
「私、神様とか信じてないんだけど」
「大丈夫ですよ。とりあえず、あなたがこの国で生活を送れるよう、教会が支援させていただきます」
「ふーん……」
セリカがヴィオスをまじまじと見つめる。
まあ、悪い人ではなさそうだ。それに、生活基盤というか、拠点は必要だろうし。何より、いつまでもここにいたら、またあのバカな国王が何を言い出すか分からない。
「では、行きましょうか、セリカ殿」
「……ええ。よろしく」
ヴィオスとともに踵を返すセリカ。その背後から声が飛んできた。
「聖女セリカよ! 魔王討伐の話は後日に改める! とりあえずはおとなしく生活しておるんじゃぞ!」
その言葉に反応することなく、セリカとヴィオスは玉座の間をあとにした。
王城の外に出ると、すでに日が落ちかけていた。遠くに見える空が燃えるように赤い。セリカは、先ほど国王から投げかけられた言葉を脳内で再生した。
「おとなしく生活してろ、ですって? お断りだわ」
「……何か、するつもりですかな?」
「ビジネスよ」
立ち止まったセリカは、そっと空を見上げた。路地を抜けてきた風が、優しく頬を撫でていく。
「……そうね」
赤く染まった月に手をかざし、そして握る。
「レンタル聖女、なんてどうかしら?」
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