日曜日の誕生日 2
玄関から出て、思っていたよりも明るい空に目を細める。
手を伸ばせば融けてしまいそうなほどの真っ青な空は美しくひろがる。光の中から生まれたような白い雲は悠然と動いていた。
美しい世界を美しく感じられる。そんな当たり前のことに感動してはその感動がうれしくて、そして悲しくなる。私は随分と当たり前に感動をするほど捨ててきたのだと痛感する。時間が戻ったといえ、前の時と同じようにはもう過ごせない。
懐かしい景色をゆっくりと確認するように歩いた。
太陽の熱をアスファルトが増幅させているようでジリジリと暑さを感じさせる。
向かう先は前の時行きなれた場所でどうしてそこに今日行こうと思ったのかは分からない。ただ、なんとなく来たくなった。
このあたりにしては小さなお寺の階段を登る。
手すりのない少し急斜面の石段をしっかりと足を踏み閉めるように歩いた。
ここは私たち、存在を消したものたちのお墓だ。もっといえば、多分前に私が死んだあと私が入ったであろう墓だ。
ここが“それ”なのだと知ったのはあの人が連れてきてくれたからだ。
友人の関係は断った、恋人もいない、親戚はもう連絡先すら知らない。ただ、家族は、母は、関係を断ち切るなんてことが出来なかった。関係を断つほどの勇気もなければ、守りきろうという覚悟もなかった。
「ここだ」
「え? ここ?」
「ここが多分俺たちが死んだら入るところだ」
お寺の階段の前に車を少し止めてあの人は私にここの役割を軽く説明してくれた。無縁供養というものがあるらしい。私たちのお抱えのお寺なのだと教えてくれた。
未だに、前、書いた遺書の中身を覚えている。
あまりに恥ずかしく、そして燃やしたことがある。遺書のように形に残るものを残すのはきっとだめだったのだとおもうけれども、書いて、燃やして。その存在は私しかしらないところだった。
さっき思わず、母親にいった言葉は前の時に言いたくて、言えなかった言葉だった。感謝も幸福を願う言葉も未来への言葉も。言えなかった。それは思春期であったり、反抗精神であったり理由は様々だったが、私の後悔として記憶に残っていた。
お寺に内接されている墓地は小さなものが多い。
名前が書かれているいくつかと書かれていない多数。
無縁供養をしてくれるここには、いろんな関係者が眠っていて以前はその中にはあの人もいた。今はまだ、私の知っている人は誰もいないけれども。
知らないところで頑張ってくれていて人たちがいて、その恩恵をさも当たり前のように受けている。
そんな現状に甘んじている自分に吐き気がした。一度触れてしまった社会の構図は時間が戻っても変わることはない。あの人も私も入っていないお墓は私の知らない人ばかりでそれが少し虚しく感じた。あの時必死に生きてそしてそれは自己満足的ではあっても国を守っていた私たちを知っているものはこの世界にはまだいない。わたしだけが知っているという事実に気が狂いそうになる。
目を瞑っていろんなことを思い返していると人の気配を感じて振り向く。
同い年くらいの少女と衣を着た若い人物がそこにいた。
そこにいたツインテールの大きな目をした同い年くらいの少女をわたしはどこかで見た記憶があった。ついまじまじと少女を見ているとあちらもこちらに気がつく。
人に気が付かれてしまうように見ていたのかと、前の私ならしないであろうことをしてしまい愕然とした。
「あれ?」
柔らかな声が聞こえる。
「こんにちは、お嬢さん」
そういうと細まった目がこちらからもみえた。軽く会釈をすると2人が近づいてくるのがわかった。
「こんにちは」
再度言われた言葉にこんにちは、と返す。以前も見かけたことのあるこの人はこの小さなお寺の住職の子供だ。ゆくゆくはここを継ぐつもりなのだと聞いたことがある。ただ、私の覚えている限りこの人は暫くここを継ぐことはない。この人の名前は瀬崎と言う。瀬崎は優しげな見た目をしており、その見た目を裏切らないような柔らかな話し方をする。ゆっくりと言い聞かせるようにいつも言葉を発する。その話し方に腹立たしくなったときもあったが、その話し方に救われた時もあった。あの人がここを教えてくれてから悩んだときに先人の知恵を求めるようにひっそりとここに通うようになって暫くしてから、偶然会ったのをきっかけにたまに会っていたと懐かしさを感じながらもそれを表に出さないように気を付けた。
瀬崎の隣にいるツインテールの同級生くらいの子はみるからにスタイルも見目もよく、お人形見たいという言葉がよく似合う見た目をしていた。一度見たら忘れない見た目をしているのに、思い出せない。いったいどこで見たのかと思わず見てしまう。
「はじめまして、ですね」
にこやかな顔でいう瀬崎に、そうですね、と返す。
「お嬢さんはなんでここに?」
人好きの笑みを浮かべる瀬崎と、少しだけ強ばった表情のツインテールの子。対照的な2人だという印象をもった。
「なんとなく、足が向いてしまったので」
「そうですか」
ふむ、と1度頷いた瀬崎は少しだけ思案してから口を開いた。




