日曜日の誕生日 1
目を覚まして、少し離れたところから聞こえてくる音に耳を澄す。たぶん、アニメのオープニングかエンディングの曲が聞こえる。トントントンと聞こえる音は包丁の音だ。食欲を刺激するあたたかな味噌汁のだしの匂いがする。母の少し外れた鼻歌も聞こえてきた。前と寸分の違いもなく聞こえる耳と鼻に少しの溜息をこぼした。
この耳や鼻は、多分他の人よりも少しだけ聞こえやすく、嗅ぎわけやすい。前は仕事柄確かに便利だった面もあるが、思い返せば学生の頃はこれが嫌で仕方なかった。知らなくていいことまで聞こえてきて不快にな学生の頃に悟ったのはあまり人に期待しないということだろうか。
スマートフォンに通知がきている。
画面を開くとカレンダーに誕生日おめでとう! と書いてある。何件かきているメールは登録しているお店等からのバースデー割引の通知だ。
16歳の誕生日といってもなんにも変化のないただの365日のうちの1日だ。
着替えて今日の行動を考える。
昨日、真くんから聞いた鈴ちゃんの結婚相手のことが頭から離れない。その男がどこの誰なのか。なぜわざわざ私にその話を真くんがしたのか。疑問は残るが、私はまだ、私が死んだときと今の違いに慣れないでいる。
おはよう、と母に声をかけると珍しいものを見たような表情をされる。
「なぁに?」
「今日なにかあるの?休みなのにはやいわね」
とくになにかを決めているわけでもないので否定をする。
「ねぇ志乃」
「ん?」
「あんた何かあった?」
母の少しとまどったような顔を見た。自然と、前は公安に希望を出してからこういう顔をいっぱいみていたな、と思い出す。母からすると娘が突然距離を置くのだ。理由がわからなくて戸惑って当たり前なのだろう、と今なら思う。しかし、私はあの時、そんな戸惑いも優しさもわからず、ただただ、なぜ私を理解してくれないのかと理解しないのならほっておいてほしいと苛ついていたのを思い出す。
「なにも、ないよ」
できるだけ優しくなるように、どうかした? と聞き返すと、母は眉を下げた。
「あんたは昔からこれと決めたことはやり遂げていた子だったから信用はしているんだけどね。一人でいつも頑張る子だから、心配はあるのよ。昔から、反抗期らしい反抗期もなくて」
あたたかな朝食や言葉に涙を流しそうになりながらうん、と頷く。
「なんというか。顔がしまってきたというか。何か、決めたような顔だったから」
「そうかな?」
ぺたぺたと顔を触るとそれをみた母が笑う。
「本当に、あんたは。お父さんそっくりね」
その言葉に返事は返せなかった。
一度部屋に戻るとかばんをとる。聞こえてくる生活音がここちいい。
「今日ちょっと出かけるね」
「あんた課題はしたの?」
ジーパンにTシャツという動きやすさを重視した格好をして母に声をかけるとそんな言葉が聞こえる。
「うん、終わってる」
「あら、珍しい」
その母の態度にはははと乾いた笑いが浮かぶ。確かにこのころのわたしは勉強も嫌いで、課題なんてぎりぎりにやっていたことのほうが多かった。
「たまにはねぇ」
その言葉に少し困ったように笑う母親の顔を見る。
「なんだか急に成長したみたいだわ」
「そんなわけないって」
母のその表現にびくりと内心で驚きながら玄関に足を向ける。見送りをしてくれるのだろうか、後から追ってくる母親に向けてケラケラと笑う。そしてあ、と思い出して口を開きながら足を止める。そのまま振り向いて母と向かい合う。
「そうだった。誕生日だった。生んで、今まで育ててくれてありがとう。今後もよろしく」
軽くいうと、目を開いているのが分かった。
「志乃、あんた、やっぱり熱でもあるの?」
心配したような声に、しまったな、と自分の行動に後悔をした。




