巻き戻った時間 1
冷や汗が出た。
べったりとへばりついている寝間着に途端に寒さを感じる。蹴飛ばしている毛布のせいかと無意識的に毛布にもぐりこむ。モゾモゾと動いては引かない汗と寒さに不快感を感じた。
百メートル走を走りきったようにドクリドクリと心臓が落ち着かない。布団の中という暗闇なのに頭は嫌にさえていた。きょろりきょろりと視線を動かしてはなんの変化もないはずのその中で濁流のようにあふれてくる情報がわたしを押しつぶす。くらりと目眩がした。こんな現実、あるわけがない。
生きている。
なぜ。
なんで生きている。
違う。
そうじゃない。
だって、わたしは死んでいない。
何度も何度も思考して、2つの記憶だと落ち着いたのは体感で20分程経ったときだ。
一つは15歳までそのまま過ごした日々。もう一つは26歳で自ら命をたつ記憶だ。混ざって融けて、そして、いつしかその2つの記憶は私を混乱させることはなくなっていく。
「高校、か」
ハンガーに乱雑にかけられていて、少しのしわになっている紺のスカートと真紅のリボンは夢でない、と伝えているようであった。かつては見慣れていたその制服はわたしの記憶に残っている配色ですこしだけ記憶より新しい。
その制服の新しさも机の上にひろげられたままの教科書も懐かしいこの部屋も、どこか自分でない誰かをとおして見ているような気分になる。
感性も思考も死んだときを鮮やかに思い出させる。血の匂いも銃をひいた手の感触も、何ひとつ欠けることなく私のなかにある。あの時の苦しみも痛さも、絶望も。すべてを夢だとは思えない。
私は確かにあの時、世界に絶望したはずなのに、なぜわたしはまたここにいるのだろう。
高校1年、誕生日の前日のことであった。
「志乃? いい加減起きてらっしゃい」
「まって、今いく」
部屋のほうに向かって聞こえる若い声に反射的に答えた。母の声が若いと思う私といつものことだと思うわたしでまた少しだけ混ざり合う。
とりあえず、部屋から出て母の声のもとに向かうと母の声以外が耳に落ちた。その声は柔らかくもう随分と長いこと聞かなかった声だった。最後に聞いたのはいつだったか、ついこの間のようにも感じて混ざり合っては少しずつ違和感を消していく。
「ごめんね、あの子本当に起きなくて」
「大丈夫ですよ。そうかなぁと思いながらきましたし。時間は余裕あります」
「約束してたのに、ねぇ?」
「全然気にしてないですよ」
「そう? ごめんね、真くん」
「いえいえ、こちらこそご馳走になって。このコーヒー美味しいです」
「それはよかった」
母のご機嫌そうな声が響く。リビングにはタレ目やせ形の優しげな男が座っていた。
色素の少し薄いくせのあるふわふわの髪がふわりと揺れる。彼の名前は、夏目真、わたしの従兄弟だ。
「おはよう」
「久しぶり、志乃。元気にしてたか?」
「元気だよー、真くんは?」
「まぁ、俺も元気だな」
「ごめんねぇ、志乃ったらいつまでたっても朝が弱くて」
「まぁ志乃らしいですよね」
「そうかしら?」
「なぁに、2人して失礼だなぁ」
「志乃は実際そうじゃない。今日は珍しく一度で起きてきたけどいつもは何度呼んでも起きてこないんだから」
「でも今日は起きたんだね、志乃」
えらいえらいという真くんは柔らかく笑っていた。
「あら、何言ってるの。真くん。真くんとの約束なんだから当たり前じゃない。ねー、志乃」
「まぁ、うん」
「やぁね、この子ったら静かでどうしたのかしら。あ、わかった。真くんがかっこよくなってるから恥ずかしいんでしょ? あんた寝間着だもんねぇ」
よく動く母親の言葉にはははと笑いながら真くんを覗き見る。
どこか疑うような視線を一瞬感じたが、すぐに見慣れた優しげな目に変わった。




