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魔法使いのいる街  作者: 水瀬 瑞希
第一章 DAY BEFORE
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第二話 平和な街という虚構

 この『美沢市』は人口二十万人ほどの中都市だ。

 中心部の繁華街はそれなりに栄えているが、外れになると山と海に囲まれ、急に自然が増えてくる。

 冬に近い季節になっても、大陸からの寒気を防ぐように山々があるからか、割と暖かい。そんな気候のせいか、犯罪などもあまり起こらない。平和な街だ。

 だからこそ、昨日の事件は大きく報道されると思っていた。

 しかし、朝、テレビのローカル番組を見ても、ニュースになっていない。

 地方新聞の片隅に小さく、コンビニにトラックが突っ込んだなどの見出しで載っていた程度だ。おかしい、そもそもあれはトラック事故じゃない。

 雪城が突っ込んで壊して、そのあとに人形がさらにぶっ壊したのだ。どうして事実が隠ぺいされたのだろう。

 俺は急いで戸田に連絡をし、学校へ行きながら、事実を確認した。

 しかし、戸田は知らないの一点張り。

 昨夜の別れ際のことも、よく覚えていないようだ。

 俺が何度も同じ質問をするので、戸田は呆れ顔を見せる。


「……そんなに聞いてくるってことは、俺、何かやばいことでもしたか?」

「い、いや。何もしてない。……本当に、何も……」


 あんな状況で何もしない方がおかしいのだが。

 しかし、戸田はそれをプラスに解釈したらしく、ニヤリと笑う。


「だったら、別にいいじゃねえかよ。記憶がなくなる日もたまにあるって」

「酔っ払いでもない限り、そんな日があるか!」


 これでは雪城と別れる間際に『どうせ覚えてない』と言われたことが現実味を帯びてくる。まさか、何かの手違いで俺だけが覚えているというのか。

 いやいや、さすがにそれはない。

 なんで俺だけか覚えているのかって話だ。

 同じ話を繰り返しているうちに、いつの間にか校門の前まで来ていた。

 飛び交う生徒たちの声。その中には元気に挨拶を交わしている雪城の姿が目に止まる。ケガをしている様子が全くない。ウソだろ。

 俺は信じられず、大きな声で叫び、駆け寄る。


「おい! 雪城!」

「ちょ、赤羽っ!」


 後ろから戸田が慌ててついてきた。

 そんな俺たちの声に、雪城は体をビクッとさせ、振り返る。


「……あ、赤羽君と戸田、君。おはようございます」


 鈴の音のような優しげな声に、愛嬌と親しみのある笑顔。遠目に見ているだけでも、心臓が高鳴る憧れの女子。

 いつもの雪城だが、昨夜の出来事を思いだすと、違和感しかない。


「なあ、昨日の夜のあれは一体なんだったんだ?」

「…………はい?」


 心覚えがないのか、雪城は心底困った、という表情をみせた。

 自分の記憶に疑問が出ながらも、周りからの視線と緊張から、気持ちだけが焦っていく。なんとか思い出さないだろうか。


「俺、覚えているからな? あんなこと初めてだから、忘れられないって!」


 雪城はにこやかな表情のままだが、眉間がピクピクと動いている。何かを我慢しているかのようだ。

 そこに、戸田が興味深そうな顔で割り込んでくる。


「ちょ、ちょっと待てよ! すげー、気になる。昨日の夜、雪城と一体何があったんだ?」


 構っている場合ではないが、話せばコイツもなにか思い出すかもしれない。


「何って……手を繋いだり、くっついたり、あと、切り裂いたりもした……まあ、色々あったんだよ。血だっていっぱい出たぞ」


 おおむね間違っていないはずだが、雪城と戸田が目を丸くする。

 驚きを通り越して、驚愕していると言った様子。まずいコト言ったか。


「え? も、もしかして、雪城と初体験を済ませたってコトか?」

「初体験? まあ……あんな経験は初めてだな」

「マジかよ! ってことは、初体験同士だったのか?」

「いや、雪城は初めてという感じでは――」

「ご、誤解を招く発言しないで! け、けけ、経験なんてないわよ! って、いうか、そんなことしてないわ!」


 俺の言葉を遮って、叫んだ雪城。

 顔を真っ赤にして、小刻みに体を震わせている。

 あれ、どうして雪城は怒っているんだろう。


「ご、誤解って、相当出血ひどかったじゃないか……体はもう大丈夫なのか?」

「おいおい、赤羽。出血ってのは、初体験限定なんだぞ? やっぱり雪城は処――」

「だから! もうやめて!」


 雪城は耳まで朱に染めて、キッと俺たちを睨む。

 ザワザワと周りが騒がしくなっていく。

 通学中の生徒たちが足を止めて、遠巻きに噂をはじめたのだ。

 引きつった笑みで、戸田が俺の肩を掴む。


「あ、赤羽? 冗談ならそろそろやめようぜ……セクハラになっちまう」

「せ、セクハラ!? 違うから! 昨日のコンビニで雪城が怪我したんだよ」


 俺の言葉に雪城がキョトンと首を傾げた。


「……コンビニ? そんなところ行ってないわよ?」


 自分の記憶を一瞬疑いそうになるが、そんなはずはない。

 あんなに血の臭いを感じ、あんなに傷ついていた雪城を見た。あれが見間違いのはずがない。頭がカッと熱くなる。


「ウソをつくなよ! 俺は見たぞ! 昨日バイト帰り――」

「――って、おい! 赤羽……いい加減冗談がきついぞ? お、お前、なに言ってんだよ……はは、はははは!」


 戸田がわざとらしい馬鹿笑いを上げ、俺の首を腕できつく締め、腋に抱える。


「ちょっ、離せよ! なにすんだよ!」


 暴れる俺に戸田が小さな声で囁いた。


「お前、生徒会長の前でバイトの話する気か? 洒落じゃすまんぞ?」

「……あ」


 俺の通う『私立美沢第二高校』は、それなりの進学校で、学業優先のため、基本的にバイト禁止だ。そして、雪城は生徒会長。バレればやばい。

 俺が力を抜いたのが分かったのか、戸田が手を離す。

 雪城が怪訝な顔を俺たちに向けた。


「……バイト帰り? どういうこと?」

「わりぃ、こいつゲームのやり過ぎで、頭変なんだわ。見逃してやってくれ!」

「……そう、わかった。赤羽君、以後は発言には気をつけてね」


 雪城は人当たりの良さそうな笑顔を浮かべ、去っていく。

 昨日とは明らかに違う態度や表情にもやもやするが、普段の雪城はこっち。

 クラス内外問わない人気者。もちろん、教師からも信頼も厚い。

 生徒会長の座だって圧倒的な得票数で勝ち取ったほどだ。

 そんな雪城が、変な人形と血まみれで戦っていただなんて、誰も信じてはくれないだろう。

 雪城を見送り、戸田が心配そうな顔を俺に向ける。


「……あの雪城相手にセクハラまがいの発言はまずいぞ? 男の俺がどん引きしたくらいだ」

「違うから! それ絶対、解釈間違ってるから!」


 戸田は昨夜のコトなんて、まるで覚えていない。

 雪城からも完全に否定をされてしまった。

 今もあの刀と繋がっている感覚があるのに、本当に夢だったのだろうか。

 

 ※ ※ ※

 

 自分でも思うのだが、俺はクラス内で存在感はほぼ皆無。

 たぶん、数年後に同窓会をやっても『えと、誰?』と言われるはずだ。

 そんな俺が朝の校門で、雪城を捕まえて騒いでいたとなれば、話題になるのは避けられない。


「告白なんてしてないのに……」


 なぜか俺が告白して派手に振られたという、事実無根の噂にすり替わっていた。

 噂はどうしてこんなに、尾ひれがついてしまうのだろうか。

 身の程知らずの烙印を押された俺は、周りからの冷たい視線に晒され続けた。マジできつい、勘弁して欲しい。

 昨日のコトは気になるが、腹に空いた穴が一晩寝たら治ったとか、そんなのはありえない。夢だ、夢。夢に決まってる。

 そんなことを考えているうちに、午前の授業終了のチャイムが鳴った。

 昼休みになると、雪城の席に次から次に人がやってくる。

 一緒にご飯にしようとか、そう言う話だろう。

 しかし、雪城はそれを丁寧に断り続け、にこやかに教室から出ていった。


「雪城さんって、いつ誘っても付き合ってくれないよね……」

「まあ、生徒会の用事で忙しいってコトだから、しかたないかもね」

「せっかく同じクラスになれたんだし、友だちになりたいな」

「それじゃ、アンタも赤羽みたいに告白してみたら?」

「やめてよ。雪城さんの迷惑くらい考えられるよ。普通はね」


 キャハハと嘲り笑う。雪城を誘って断られた女子たちの声だ。

 向こうは教室の隅っこで話しているのに、なぜかハッキリと聞こえてしまう。

 何か今日はやけに耳が良い。

 陰口を言われ続けて、敏感になっているからだろうか。

 ディスられているのが、いたたまれなくなり、逃げるように教室を出た。

 廊下を歩いていると、向かいの校舎の屋上に人影が見える。

 フェンスに背もたれ、髪が風で揺れるのを防ぐためか、左手を耳に当てていた。

 ――雪城? なにやってんだろう。

 太陽の光を浴びながら、屋上に塀に腰掛けている。

 ただそれだけなのに、思わず見とれてしまう。

 アイツって、なにをしていても絵になるな。

 雪城が俺の視線に気がついたのか不意に振り返り、目が合う。

 最初は不思議な顔をしていた雪城の顔が、だんだんと険しくなっていく。

 気がつけば、まるで俺を睨んでいるかのような表情だ。

 むしろ殺気立ってると言っていい。


「やばっ……」


 慌てて俺は視線を逸らすと、購買部に向けて、逃げるように立ち去った。

 めっちゃくちゃ怖かった。

 ケンカ相手以外から、あんな表情を向けられたのは初めてだ。

 それほど、嫌われているのだろうか。

 俺のせいで変な噂が立って、迷惑しているに違いない。

 非常に申し訳ない気持ちになってしまった。

 雪城には、二度と近づかないほうが良さそうだ。

 

 ※ ※ ※

 

 購買部へ向かいながら、自分の体がおかしいことに気がつく。

 いや、調子が良すぎると言うべきか。

 例えば、さっきの屋上の人物。どうして雪城だってわかったのだろう。おまけに凄い表情をしていたのもハッキリと見えた。

 俺ってそんなに目が良かったっけ。むしろ、ゲームやマンガで目を酷使しているからメガネコースのはずだ。

 他にも、廊下で周りの声がやたらと耳につく。

 文句を言われていて敏感になっているだけかと思ったが、廊下を歩いているだけで、よその教室の会話が聞こえてくるのだ。少し聞こえすぎではないだろうか。

 まさか眠っていた真の力が目覚め――


「――いや、それはないな」


 厨二病じゃあるまいし、その考えはさすがに恥ずかしい。

 おそらく気のせいだろう。

 そんなことを考えているうちに購買部へ到着。

 すごい人混みにうんざりとしていると、後ろから声をかけられる。


「あ、先輩、こんにちは」


 そこには白峰しらみね 詩子うたこがいた。

 小学校に入る前から付き合いのある一つ下の後輩。いわゆる、幼なじみというヤツだ。抜群の美少女なのだが、どことなく儚げで脆そうだ。

 髪はやや茶色で、前髪には赤いリボンがついている。

 控えめで遠慮がちな性格ながら、豊満な胸の膨らみは自己主張が強い。細身の体つきに、その爆乳は反則だろう。

 アンバランス感を含めて、守ってあげたくなるような愛らしさだ。


「詩子。お前も飲み物でも買いに来たのか?」

「はい。先輩もですか?」

「いや……俺は……」


 気まずくなり、俺は眼をそらす。

 幼なじみに、クラスに居づらくなったから逃げてきたとは言えない。


「あ、あの……もしよかったら、一緒に――」


 詩子が何か言いかけたときに、いきなり肩をドンとぶつけられ、俺は倒れそうになる。振り返ると、そこには見るからに目つきの悪い三年の四人組がいた。

 進学校なのに、不良まがいのコトをしている頭とたちの悪い奴らだ。


「いてぇなっ! こんなところでイチャイチャしてんじゃねえよ!」


 俺にぶつかった一人が因縁をつけてくる。

 面倒な奴らに絡まれたなと思いながらも、素直に頭を下げる。


「すみません……」

「ぶつかっといて、すみませんですむとか思ってねえだろな?」


 自分からぶつかってきて、因縁をつけてくるとかヤクザか、コイツらは。

 横目に詩子を見ると、青白い顔をしていた。

 とっとと終わらせた方が良いな。


「ほんと、すみません。勘弁してください」


 もう一度、頭を下げると、今度は一人が俺の胸ぐらを掴んでくる。


「だからっ! すみませんじゃねえんだよ」


 だったらどうすれば良いんだよ。

 軽く頭を下げたまま考えていると、詩子の声が響く。


「や、やめてください!」


 その声に俺は、慌てて顔を上げた。

 三年の一人が急に詩子の腕を掴んでいる。


「この娘、超かわいいじゃん。こんな奴とじゃなくて、俺たちと昼食べようぜ?」

「い、イヤです……離して……」


 このバカたちは……学校でナンパとか、頭おかしいのか。

 どこの田舎ヤンキーだよ。


「ちょ、ちょっと、先輩たち、いい加減に――」


 俺がそれを止めようとすると、後ろから思いっきり蹴りを入れられ、前のめりに倒される。


「せ、先輩! は、離してください!」


 詩子の大きな声が響いても、その三年はエロい顔で離そうとしない。

 辛そうな詩子の顔に、だんだんと怒りがこみ上げてくる。

 その怒りに応じて、体中は不思議と力に満たされていく。なんだこの力は。

 そんな疑問が浮かびながらも、詩子の今にも泣きそうな顔を見て、怒りが増すばかりだ。ぶん殴ってしまえと、拳に力がこもる。

 俺はゆらりと立ち上がり、殴ろうとした。

 その時――


「――やめなさい!」


 怒号のような大きな声が木霊する。

 俺たちを取り囲んでいた野次馬の人垣が一気に割れていく。まるでモーゼの十戒のようだ。その先にいたのは雪城。

 普段の雪城からは考えられないほど息を乱し、動揺している。

 急いでここまでやってきたのだろう。

 雪城の出現で騒然としていた辺りは一気に静まり、三年たちは気まずそうに詩子から手を離す。詩子は俺の元に駆け寄って、俺の腕にしっかりと捕まった。

 雪城が大きく深呼吸をして、人だかりを抜けてくる。

 その顔は非常に思い詰めていて、恐怖すら覚えてしまう。

 そして、なぜか俺の目の前で雪城は止まった。


「何をするつもりだったの!?」


 廊下がビリビリと震えるほどの怒声に、眉間には深いしわが寄っている。

 いつもの雪城とは違いすぎて、まわりも戸惑っているほどだ。


「せ、先輩は悪くありません! 先輩はこの人たちが絡んできたのを助けてくれるところだったんです!」


 俺が答えるよりも早く、詩子が三年の四人組を指さす。

 雪城は恥ずかしそうに周りを見渡し、コホンと咳をした。

 それから、雪城は詩子が指さした三年を見る。


「本当ですか?」


 その声はいつものやさしげな雪城だった。

 雪城の問いに、三年は気まずい顔を見せる。

 さすがに生徒会長がやってきて、粋がってはいられないだろう。

 一年女子を無理矢理ナンパなんて、下手をすれば停学ものだ。

 雪城は返事をしない三年を見て、状況を悟ったらしく小さく息を吐く。


「話はわかりました。とにかく解散してください。これ以上の問題は、生徒会長である私が許しません」

「ちっ……行くぞ」


 三年は舌打ちをすると、その場を立ち去ろうとする。

 しかし、そいつらに後ろから跳び蹴りをかます奴がいた。戸田だ。

 三年が次々に、ドミノ倒しのように倒れていく。


「赤羽っ! ケンカするなら、呼んでくれよ!」


 戸田は倒れた三年たちにガスガスと蹴りを入れながら、楽しげな声。

 見てる方がかわいそうになるほど、一方的に蹴り続ける。


「戸田、君? 何をやってるのかな?」


 雪城の声にぎくりとして、戸田の背筋が伸びた。

 にこやかな笑みを浮かべる雪城。

 それなのに、さっきまでの何倍も怖く思える不思議な表情だ。


「ゆ、雪城……」

「副会長が率先してケンカとか、私の前でよくできるわね?」


 そういえば、戸田はけんかっ早く暴力的で、女癖が悪いが、生徒会の副会長なのだ。会長に睨まれれば、ああなるのだろう。

 戸田が泣きそうな顔で俺に視線を向けてきた。俺は素知らぬ顔で眼をそらす。

 すまん、戸田。それは無理だ。怖すぎる。

 

 ※ ※ ※

 

 放課後になり、戸田が昼休みの暴力行為で生徒指導部へ呼び出された。

 俺はそれを待っていたが、時間がかかりそうだ。

 戸田には悪いがバイトに間に合わないので、俺は先に帰ることにした。

 靴を履き替えて、人気のない昇降口を抜ける。

 その時、真上からの妙な落下音に気がつき、避けるために軽く前に飛ぶ。

 本当に軽く飛んだつもりだった。

 しかし、思ったより強く踏み込んだのか、勢いがつきすぎて、バランスが取れずに、顔から地面に着地してしまう。


「いててて……」


 痛みでそんな情けない声を出し、頭を上げる。

 目の前には驚いた顔の雪城がいて、目を丸くしていた。

 顔が一気に熱を持つ。派手に転んだところを見られてしまった。

 恥ずかしい気持ちで頭がいっぱいになり、俺は慌てて立ち上がる。

 雪城は俺に一歩近づき、ジッと俺の顔を見てきた。


「赤羽君、怪我は大丈夫?」

「あ、ああ。平気、平気」


 俺は照れ隠しで努めて明るく声を出す。

 見つめられると照れるので、視線を昇降口に向けた。

 だが、その場所の異常さに、思わず目を細めてしまう。

 俺が危険を察して、前に跳んだところの地面が異常にヘコんでいるのだ。

 まるで何かで強く踏みつけたかのように。俺がやったのか。

 その近くには、柔らかそうなボールが落ちており、おそらくアレが落ちてきたのだろう。誰も取りに来ないし、どこから降ってきたんだ?


「今日はおかしいことが色々あるな、とか思ってる?」


 雪城の視線も同じ場所に向けられていた。


「え? ……まあ、な」

「そうよね……」


 雪城は全てを見透かしたような顔を見せて、言葉を止める。

 気まずい沈黙が続き、俺は耐えきれず声を出す。

 とりあえず、今日のことは謝っておこう。


「何か今日は色々とすまない……」

「……ん? なんのこと?」


 雪城はかわいく小首を傾げた。

 たったそれだけの動きで、顔が火照り、胸がドキドキする。


「い、いや、俺のせいで、クラスで変な噂されたり……昼休みとか……」

「ああ、それね。それは別に良いわよ。気にしないで」


 にっこりと天使のような笑顔。


「あと……セクハラまがいの発言……」

「――それは許せないわ! 二度としないで!」


 天使のような笑顔が一瞬にして、悪魔に変わった。

 やはりかなり印象の悪い会話だったようだ。


「わ、わかった。明日から雪城のそばには近づかないようにする……」

「……明日か。そうね、明日があればそうしてもらおうかしら……あれば、ね」


 妙な言い回しに、引っかかりを覚えるがそれ以上、会話が続かない。

 なんとか雪城と楽しい会話に持ち込みたいところだが、残念なことにバイトの時間が迫ってきている。

 俺が時計を気にしていると、雪城は肩を竦めた。


「これから用事があるのかしら?」

「ま、まあ……ちょっと……」

「そう。最近、物騒なことが多いわ。帰り道には気をつけてね。それと――」


 雪城はにこやかにつぶやき、ボールを拾うと、俺の隣を通り抜けていく。

 ふわりと辺りを舞う、雪城の甘い匂いに惑わされ、反応が一瞬遅れた。

 気がつけば、雪城はすでに校門を過ぎている。

 『――今日はコンビニに寄ったりしないようにね』

 はっきりと雪城がそう囁いた。

 アイツ、やっぱり昨日のコト……覚えていたんだ。


「つーか、さっきのボール、雪城が投げたのか!」


 俺を試すかのような行動。一体何のために。

 平和で安全な街だと思っていたこの美沢市が、取り繕った――まるで学校での雪城のように、全てがウソと偽りの虚構に思えてしまった。

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