第47話
「私…アルベルトの言葉を聞かずに、ひとりで突っ走って」
「いえ……こんな状況では無理もない」
私は静かに答えた。
そしてエカテリーナを解放すると同時に立ち上がり、MASTERを見据えた。
彼の白翼がゆっくりと広がると、その度合いに合わせて周囲の大気が歪む。
膨大な魔力が渦巻いている。
「まだ、やれますか」
「…もちろんよ」
私たちは互いに目を合わせ、短く確認した。
そして一歩踏み出す。
この圧倒的な威圧感の前にしてもなお──私たちは戦わなければならない。
…今は全力を尽くすしかない。
そして私たちは再び戦闘態勢に入った。
私とエカテリーナが警戒を強めたその刹那
「挨拶が遅れた」
静寂が切り裂かれた。
MASTERと名乗る男は、指先についたブロンクスの血を舌で舐め取りながら私たちを見下ろした。
その眼差しは冷たく、獲物を品定めする捕食者のそれだ。
「私の名はMASTER。今までお前たちが出会ってきた玩具たちの生みの親だ」
その言葉に、背筋が凍る。
玩具────
その一言で、これまで我々が相手にしてきた者たちが思い出される。
あの狂気じみた笑みを浮かべていたブロンクスも、無惨な姿となったダイキリ。
そして……コロナリータとして玩具に改造されたであろう憎き妹リリィも。
「親……ですって?あんたが、あいつの言ってたMASTER?」
エカテリーナが一歩踏み出し、MASTERを見据える。
「その通りだ、よくぞここまで来た。まあ、ブロンクスは失敗作だったがな」
彼は無造作に言い捨てた。
まるで壊れた人形を捨てるかのような口調で。
「……あなたは、一体何を企んでいるのですか」
私が問いかけると、MASTERは薄く笑った。
その微笑みには狂気とも言うべき何かが潜んでいる。
「企み?そんな不純なものではない。ただ……お前たちには未完成なのだよ。まだまだ足りていない部分がある」
「あんたみたいな奴に判断されることじゃないわよ!」
エカテリーナが激昂するが、私はそれを制した。
ここでの戦闘はリスクが大きい。
「何が不足しているというのでしょう?」
冷静さを装って問う。
MASTERは愉悦混じりの表情で答えた。
「それは君が1番解っているだろう?アルベルト」
「…なにがでしょう」
「自分自身が不足している。にも関わらず、君は突然自我を思い出したようだ、ブロンクスの魔法の影響か」
「…!……それが、なんだと言うのですか」
「理性や感情は不要。ただ破壊することのみを求める純粋な力────それこそが理想の玩具だ」
「君が賢いままアルベルトという器として事務的にいれば容易に操れたところだが…君はもう不要だな」
……ブロンクスの魔法の影響で確かに私の自我は戻りつつある。
その隙間を突かれてこうも侮辱されるとは───
「私も同じ気持ちです。貴方のような方の玩具になる気は更々ありません」
「そうだろうとも」
彼の羽が大きく広がる。
世界が歪むほどの魔力が放出され、周囲の大気すら震えている。
「だが、隣の女はどうだ?」
その瞬間
エカテリーナの目が見開かれる。
「な……なによこれ!?」
彼女の周囲に複数の見えない鎖が絡まり始めていた。
「彼女はなかなか興味深い素材だった。だが暴走する可能性もある。ちょうどいい……新しい試作品として使わせてもらおう」
瞬間、エカテリーナの体から膨大な魔力が溢れ出した。
私がすぐに彼女に近づこうとしたところで
土の下から這い出てきた人間らしき手に両足を掴まれ、強力な魔力で拘束される。
「無駄だ」
MASTERが軽く指を振る。
「ぁ゛……あ゛っ、あ゛あ゛あ゛っ!!あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ゛っ!!っ!」
鎖の拘束力が強まったのか、彼女が苦悶の悲鳴を上げた。
「く……エカテリーナっ!!」
彼女の体が空中に持ち上げられる。
私は土の中から伸びてきた手の魔力で拘束されており、全く身動きが取れなかった。
「やめてください…玩具なら私がなります……っ!!彼女だけは……!」
私の懇願にも耳を貸さず――
「諦めろ」
冷たい声が響く。
「────「絶対王政」
MASTERがそう口にした、その直後────
エカテリーナの体を覆っていた鎖が一斉に収縮し……
彼女の悲鳴とともに、凄まじい閃光が辺り一面に迸った。
その光景を呆然と眺めるしかなかった。
彼女がどのような末路を迎えるのか想像することさえ憚られる。
「終わりだ」
MASTERの声と共に世界が歪んでいくようだった。
瞬きの間にエカテリーナが地面に落とされた。
地面に叩きつけられたエカテリーナの姿に、思考が停止した。
「エカテリーナ!!」
足首を掴んでいた土の中の手を乱暴に振り払い、私は全力で彼女の元へ駆け寄った。
地面に横たわる彼女の傍らに膝をつき、肩を揺さぶる。
「無事ですか……!起きて、目を覚ましてください……っ!」
必死の呼びかけに、瞼がゆっくりと持ち上がった。漆黒の瞳が私を捉える。
「…っ!」
安堵が込み上げる。彼女は生きていた。
「よかった……何ともありませんか……っ?」
その言葉を口にした刹那
ひやりとした金属の感触が喉元すれすれに触れた。
エカテリーナの右手に握られたナイフの刃が、寸分の狂いもなく私の呼吸を阻む位置にあった。
息が止まる。
理解が追いつかない。
ついさっきまで意識を失っていたはずの彼女が目覚めた瞬間に、仲間であるはずの私に凶器を向けている。
「な……っ」
混乱する私をよそに、MASTERが口を開いた。
「いいぞ女、そのままその男を殺せ、そしてまた絶望するがいい」
その言葉に背筋が凍る。
咄嗟に、彼女が私に向けてきたナイフを取り上げて地面に落とし、彼女の手を握る。
「…エカテリーナ…っ!あんな言葉に耳を傾けてはダメです……!」
震える声で問うが答えはない。
代わりに耳に届いたのは
「分かりました、MASTER」
エカテリーナの唇から漏れ出た低く乾いた声だった。
いつもの、偉そうで、憎たらしいほどに愛らしい声とは似ても似つかない。
そこには人間味どころか温かみすら感じられない。
完全なる憎悪と敵意だけが籠もった声音だった。
彼女は私を殺す気だ。
確信に近い恐怖が全身を駆け巡る。
「待ってください……私ですよ…エカテリーナ、わかるでしょう…?今まで、ずっと──」
言葉は空虚に響き渡るだけだった。
エカテリーナの表情は虚ろで焦点が合っていない。
かと思えば、腰ポケットから二丁のリボルバーを取り出すと、銃口を私の方へ向けてきた。
トリガーに指が掛けられるのが見え
「エカテリーナ…私の声が聞こえていないのですか…っ」
私はそう訴えかけるが
「……」
「フハハハハッ!無駄なことだ、そいつは私の命令しか聞けなくなったのだよ。私のユニーク魔法、アブソリュード・コマンドによってな」
返ってきたのはMASTERの冷酷無比な一言のみ。
指先に力が込められるのが目に見えたそのとき
エカテリーナのリボルバーが火を吹いた。
私は咄嗟に避けたが、その場で耐え忍んだ。
味方がいなくなった中でも、私は考え続けるしかなかった。
いや、エカテリーナは味方だ。
大事な人間なんだ。
今ここで私が諦めて、倒れるわけにはいかない。
そして何より───操られているとはいえ、彼女を手にかけるなど到底できない。
彼女に危害を与えることなく、できる限りで戦わなければならない。
「……必ず救います。……エカテリーナ」
私が腰の剣を抜くと、エカテリーナは、私の足元目掛けて弾丸を撃ってき
私は逃げ回ることでなんとか回避し、スラムの建物に隠れて息を潜めるが
避けることに必死でうまく彼女を救う方法を見つけ出せない。




