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悪役令嬢と悪役令息、地獄行きのディストピア  作者: 猫塚ルイ


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第44話

視界が赤く明滅し、鼓動が耳の奥で早鐘のように打ち鳴らされていた。


「ぁ……ぁぁ……」


嗚咽が、枯れ果てた喉から不格好に零れ落ちる。


唇を噛み締めすぎて、口内には鉄の味が充満していた。


だが、その痛みすらもダイキリの喪失という絶望の前には無に等しい。


(こんな……こんな終わり方なの?)


母の仇を討つために、地獄を這いずり回ってきた。


それなのに、母の仇を討つどころか


私を信じてくれた唯一の仲間を、妹のように愛おしかった彼女を、自らの手で屠った?


現実を拒絶しようとする脳が強制的に思考をシャットアウトしようとするが


腕の中に残るダイキリの肉体の、急速に失われていく体温がそれを許さない。


「アルベルト……嘘だと言って……お願い、これはまだ、あいつが見せている悪い夢なんでしょ……っ?」


掠れた声で問い掛ける。


だが、返ってくるのは冷酷な沈黙と、スラムを叩く雨の音だけ。


アルベルトは何も言わず、ただ、苦痛を耐えるように目を伏せていた。


「ダイキリ……ごめんなさい。……ごめんなさい……っ」


涙が止まらない。


体中の水分が枯れ果てるほど泣き続けているのに、溢れ出す悲しみという名の毒液は尽きることがない。


やがて嗚咽が静まり、代わりに底なしの虚脱感が私を支配した。


「ダイキリは…私が守るって、絶対に守るって約束したのに……っ」


膝をついたまま、震える手で、もう動かないダイキリの頬に触れた。


泥と血に汚れ、驚くほど冷たくなった肌。


もう、彼女は笑ってくれない。


私とアルベルトの仲を茶化して、キャーキャーと騒いで、場違いなほど明るい声でカクテルを提供してくれた


あの愛すべき日々は、私の指が引き金を引いた瞬間に永遠に失われたのだ。


「無様だなぁ、エカテリーナ。最高に滑稽なバッドエンドじゃないか」


頭上から降り注ぐ、父・ブロンクスの自嘲するような笑い声。


その瞬間、心の奥底で何かが決定的な音を立てて粉砕された。


これまで私を支えてきた信念も、復讐者としての矜持も


すべては砂の城のように脆く、父の嘲笑という風にさらわれて消えていく。


「……っ、黙れ……」


乾いた、感情の死んだ声が漏れた。


元々壊れていた心の一部が、再び、より修復不能な形に壊れたのを感じる。


ダイキリの無残な姿。


父の勝ち誇った顔。


私はもう、何も分からない。


善も悪も、喜びも悲しみも、全部どうでもいい。


ただ一つ、はっきりしているのは


この男を、この世界から跡形もなく消し去らねばならないということだけ。


私は、もう一度『死体操作デッドリー・マリオネット』を起動する。


魂を削り、魔力の残滓をかき集めて、無理やり術式を編み上げる。


「許さない」


復讐の念だけを燃料に、自らの命を燃やす禁忌の魔術。


これを使えば、天国で待つ母に顔向けできなくなるだろう。


けれど、構わない。


私はもう、とっくに地獄に落ちているのだ。


この魔法が終わり、すべてを焼き尽くせば──


「そうだ、それでいい。感情のままに、醜く、俺を殺しに来い!」


狂喜する父へ向かって踏み出そうとした私の肩を、強い力が引き留めた。


アルベルトだった。


「エカテリーナ……っ! ダメです、これ以上は……許容量を大幅に超えて、貴方が魔女化してしまう!」


「魔女化……?そんなの、どうでもいい……っ、私がどんな想いで、何を引き換えにここまで来たと思ってるの?母を奪われ、そして今、私はダイキリを殺した!!私が魔女になってあいつを倒せるなら、魔女にでもなんにでもなってやるわ……っ!」


私は、自分を引き留めるアルベルトを怒鳴り散らした。


彼を責めることに意味がないことなど分かっている。


けれど、今の私の内側で暴れ狂う黒い衝動を


誰かにぶつけなければ、その瞬間に私は破裂してしまいそうだった。


「エカテリーナ、一度魔法を解除してください……っ! まだ間に合います!」


「無理よ! あいつだけは、あの男だけは生かしておけない! 母や、ダイキリの命がもう二度と戻らないのなら、せめてこいつの魂をバラバラに引き裂いてやらなきゃ!」


「ですが二人で協力しなければ、このままでは貴方諸共……っ!」


「心配してるの? いつも事務的な人形でしかなかったくせに、今さら急に人間くさいこと言わないでよ!」


「それは……先程の魔法で、記憶が───」


「うるさい……っ!私がどうなろうと勝手でしょ!? あんたも私も、ただの人殺し…同じ穴の狢に過ぎないんだから……っ!」


私はアルベルトを乱暴に突き飛ばし、魔力を限界まで流し込んだ二丁のリボルバーを構えた。


そのまま、地面を蹴って宙へ跳ぶ。


重力すらも魔力でねじ伏せ、父・ブロンクスの眉間を目掛けて、一心不乱に引き金を引いた。


(早く、早くこいつを殺さなきゃ……!)


(ダイキリ……ごめんね、今すぐ終わらせるから)


叫びながら弾丸を撃ち続ける。


銃弾が尽きても、指は止まらない。


空になった薬莢を吐き出す音さえ聞こえないほど


私は魔力を直接、薬室へと流し込んで爆発させた。


「───っ!」


突然、背中に肋骨が砕けるような衝撃が走った。


父が放った魔弾の追撃。


体がくの字に折れ、視界が真っ白に染まる。


そのまま腐ったコンクリートの壁に叩きつけられ、私は大量の血を吐き出した。


「があっ……! はぁ……はぁっ……」


肺が押しつぶされ、酸素を求めて肺が喘ぐ。


骨が軋む音が脳髄を貫き、意識の端が暗闇に溶けかける。


それでも、指はまだリボルバーを、呪いの道具のように握りしめていた。


「エカテリーナ!」


アルベルトの声が響き、私の目の前に透明な結晶質の盾が展開される。


父のさらなる追撃が、盾を打つ鈍い音を響かせた。


「邪魔を……しないで……っ!」


私は、血を吐きながら叫んだ。


だが、身体が言うことを聞かない。


壁に凭れたまま崩れ落ち、視界の端が赤黒く染まっていく。


「貴方はすでに、限界を超えています……っ」


「うるさい……黙っててよ……っ」


震える手で銃を掲げ直そうとした。


だが、腕は鉛のように重く


血管を流れる魔力はもはや灼熱の毒液となって私を内側から焼き、爛れさせていた。


「ふはっ……」


泥濘の向こうで、父が嗤う。


「やはり所詮はその程度か。母親譲りの、脆く儚い欠陥品め」


「っ! ……黙れぇぇぇ───ッ!!」


その言葉が、私の最後の理性を焼き切った。


残された全生命力を魔力へ変換する。


体中から魂を搾り取られる感覚。皮膚が裂け、毛穴から鮮血が噴き出す。


筋肉が捩じ切れ、神経が焦げつく。


「ぁ……っ、ぁぁぁあああっっ!!」


魔力の許容量が臨界を突破した。


肉体が制御不能に陥り、意識が、暗く冷たい深淵へと真っ逆さまに堕ちていく。


だがその闇の底で、かつて感じたことのない強烈な「万能感」が産声を上げた。


「……エ、エカテリーナ……?」


アルベルトの声が、恐怖に震えている。


だが、今の私には、彼の声さえも遠い世界の雑音にしか聞こえない。


理性も、倫理観も、自分という人間を形作っていたすべてが消え失せ


後に残ったのは、ただひたすらに、純粋な殺戮への渇望。


私は、ゆっくりと立ち上がった。


足元が崩れ、膝が悲鳴を上げても関係ない。


血濡れのリボルバーを拾い上げ、硝煙と鉄


そして腐敗した魔力の臭いの中に立ち尽くす。


「ほう……ついに『魔女化』か? 面白い、実に面白いぞ!」


父が狂ったように笑い、手を広げる。


答える必要などない。


私はただ、この暴走する魔力の奔流を、すべてあの男の心臓に叩き込みたい。


(すべて……壊してやる)


視界が紅く染まり、世界の流れが極限まで遅滞していく。


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