第31話
きっかけさえあれば、黒いペンキの下に隠された真実が、染み出すように蘇る可能性は十分にある。
ふと、窓の外に目をやった。
夜の帳が降り、街のネオンが遠くで冷たく瞬いている。
あの灯りの中に、アルベルトにとって唯一の「帰るべき場所」があるのだろうか?
……いいや、違う。
彼の魂は、今もあの青いテープに記録された地下室で、鎖に繋がれたまま泣いているのだ。
この計画は、ただの調査ではない。
「救出作業」になるのかもしれない。
「いいと思うわよ……それこそ、ダイキリのお父様やお母様の秘密を見つけられる可能性だって、ゼロではないかもしれないじゃない?」
「……そうですね。行ってみる価値はあるかも……しれません。ですが、準備もあります。そう急がず、出発は明後日にしましょう」
アルベルトがそう答えた瞬間、照明に照らされた彼の足元の影が
確かに、一瞬だけ濃く、蠢いたような気がした。
彼の足首に絡みつくような、重苦しい粘り気を持った影。
けれどそれは、瞬きをする間に消え去り
いつものように壁に沿って静かに佇む、主を模しただけの形に戻っていた。
「はい! 何があるか分かりませんし、準備は万端に整えておきましょ!」
ダイキリの能天気さは相変わらずだが、それが彼女なりの、必死の励ましであることは伝わってきた。
彼女の放つ言葉の熱が、冷え切った酒場の空気を、僅かに溶かしていく。
「全く、騒がしいんだから……。でも、そういうことなら頼りにしてるわよ、ダイキリ」
私が無理に微笑んで見せると、ダイキリは照れ臭そうに、けれど誇らしげに笑った。
「えへへ、お易い御用です!」
こうして私たちは、アルベルトの忌まわしき起源であり、失われた過去の眠る場所──
「スラム」へと、足を踏み入れることになったのである。
◆◇◆◇
約束の日
私たちは、華やかな中央区の喧騒を背に、地図から塗り潰されたかのような灰色の街──
スラムへと足を踏み入れた。
高く聳え立つ防壁の向こう側。
そこは、陽光さえも汚濁した空気に遮られ
常に湿った鉄の匂いと腐敗した何かが混ざり合う、この世の果ての異界だった。
肺に吸い込むたびに、喉の奥がざらつくような錯覚に陥る。
「……ここ、ですかね?アルベルトさんの情報と一致しそうな場所」
案内役を買って出たダイキリの声も、心なしかいつもより低い。
彼女は鼻先をマフラーで覆いながら、泥濘んだ路地を慎重に進んでいく。
その足取りには、いつもの天真爛漫さはなく、どこか怯えを隠そうとするような硬さがあった。




